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 大阪・西成に残る歓楽街飛田新地」。大正時代から続く旧遊郭であり、「ちょんの間」と呼ばれる風俗街として知られている。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、飛田新地料理組合に加盟する全料亭は休業しているが、従業員に対する抗体検査を実施、休業要請の解除とともに営業を再開する意向を示している。なぜ全従業員の抗体検査に踏み切ったのか。料理組合の徳山邦浩組合長に聞いた。(聞き手は篠原匡)

感染者を早期に見つけることが目的

──飛田新地料理組合は加盟する162店の料亭で働く従業員に対して、新型コロナウイルスの抗体検査を実施すると決めました。料亭の営業再開に向けた地ならしという理解でよろしいでしょうか。

徳山邦浩組合長(以下、徳山) 最初に言うておきますが、今回の抗体検査は飛田新地が安全だというお墨付きを出すために実施するわけではありません。新型コロナは潜伏期間が長く、感染しているかどうか分からないまま、他人にウイルスをうつしてしまうリスクがある。そこで、定期的に抗体検査を実施し、感染している女性がいれば速やかに治療してもらう。あくまでも、初期の段階で感染者を見つけ、感染の広がりを防ぐことが抗体検査の目的です。

 検査の頻度は月2回。料亭で働く従業員だけでなく、地域の方々にも幅広く検査を受けてもらえるよう、月2000人分の抗体キットを準備しています。近隣の商店街の方に抗体検査のお声がけをさせていただいていますが、「自分のお店から感染者を出したら閉店になってしまうから怖かってん」と、おっしゃる方がいました。みなさん喜んでくださっています。

 秋以降の感染第2波を想定し、少なくとも来年2~3月ごろまでは抗体検査を実施するつもりです。

──従業員に対する抗体検査の実施はいつから考えていたのでしょうか

徳山 2月末です。年明け以降、中国・武漢の感染状況を見ていて、日本でも間違いなく感染が広がると確信しましたので、海外の情報を集めると同時に、感染症の専門医と議論を重ねてきました。その中で、営業を再開する場合は従業員に対するPCR検査が重要だと考え、実際に準備も進めました。

 ただ、医療機関でPCR検査の人員が不足している状況を踏まえると、飛田新地PCR検査を実施すると医療機関に迷惑をかけてしまう。その後、いろいろと考えましたが、われわれが今できる最善の策は抗体検査だと判断、定期的な抗体検査に踏み切りました。

──2週間に一度という話ですが、飛田新地はいわゆる「ちょんの間」で、接客行為は濃厚接触そのものです。検査後に女性が感染し、お客さんにうつすということも考えられますが・・・。

これが飛田新地の感染防止ガイドライン

徳山 最初に申し上げたように、「抗体検査を実施しているから飛田新地は安全です。ぜひお越しください」などと言うつもりは全くありません。現在、大阪府は「接待を伴う飲食店」に休業を要請しています。休業要請が解除された後、営業を再開するにあたり、何の対策も打たずに再開するのは社会的に見ても受け入れられない。そう考えたからこそ、今の自分らにできることを始めようと考えたわけです。

 実際、大阪府は休業要請の解除の条件として、業界団体などがガイドラインを作成し、感染防止対策を徹底することを求めています。抗体検査を実施した上での営業再開というのは、われわれが作ったガイドラインそのものです。

 先ほど申し上げたように、感染者が見つかればすぐに治療してもらいます。お客様の協力を得られるかどうかは分かりませんが、濃厚接触者として跡を追えるようお客様に情報を登録してもらうことも考えています。

 今回、大阪府飛田新地の料亭にも休業要請支援金を支払うと決めました。これはかなりの政治判断だと理解しています。正直、われわれのような歓楽街反社会的勢力に近い扱いを受けています。そんな飛田新地の料亭に対しても支援金の支給を決めた。そんなお金を自分たちのためには使われへんと思うてます。今回、飛田新地周辺の住民にも広く検査を開放したのも、感染の早期発見を通して、地域社会に幅広く貢献したいという思いからです。

──新型コロナの感染が広がる中、飛田新地料理組合は「営業すれば除名」という厳しい対応を取ってきました。

徳山 緊急事態宣言に先がけて4月3日に全店舗休業に踏み切りましたが、その前には「このままだとつぶれてしまう」「女の子の生活はどうすんのや」などさまざまな意見がありました。とりわけ、私よりも上の年長者は休業にも抗体検査にもみな反対でしたわ、正直なところ。休業すれば売り上げは減るし、抗体検査で支出は増える。それも理解できます。

 ただ、飛田新地が今の時代までこうして残っているのは変化を恐れずに変わってきたからだと思うています。われわれのような歓楽街は社会や行政の変化を捉えて常に変化する必要があります。児童福祉法や青少年健全育成条例など、社会に新しい規範ができればしっかりと守る。暴力団対策法や暴力団排除条例ができれば、どこよりも早く対応する。

 今回、われわれの料亭は休業支援金をいただくことができましたが、通常は行政の補助金もなければ、金融機関の借り入れも受けられません。その中で、この街が今も残っているのは、世の中の変化にいち早く対応してきたからです。

──近隣の空き物件を買い取って防災倉庫にするなど、地域の防災活動を重視しているのも社会の理解を得るためでしょうか。

徳山 見てもらえれば分かるように、飛田新地があるエリアは古い木造建築が集まっており、ひとたび地震や火事が起きれば被害は甚大です。地域の高齢化も進んでおり、災害時の人手も足りない。われわれは組合に参加する人間に地域での防災活動を義務づけています。

 歓楽街はお金と若者が集まる場所。今回のような有事の際に、社会に奉仕するのは当然です。社会が安定していなければ、われわれのような歓楽街は存続できません。

「働きたいという方の生活にも寄り添う」

──コロナの感染拡大を抑えるためには接触削減を進める必要があります。飛田新地の再開については批判も上がるのでは?

徳山 われわれは大阪府の方針に従うだけです。感染者をいち早く見つけ、感染が広がらないように検査を実施する。目の届くところでやれることをやる。経済を破壊せず、ここで働きたいという方の生活にも寄り添う。われわれが新型コロナに真摯に向き合っていると思うかどうかはお客様の判断やと思います。

 飛田新地料理組合のある建物はかつて肺結核を検査する施設でした。遊郭と言えば淋病を思い浮かべるかもしれませんが、昔の軍部は淋病よりも、軍内における肺結核の蔓延を恐れていました。飛田新地には感染症に備えてきたという歴史があります。私は13代目の組合長として、新型コロナに対してできる最善の対応を取ります。

※ 筆者は大阪市西成区にある「あいりん地区」、通称「釜ヶ崎」とその周辺に生きる人々のドキュメンタリーやルポルタージュを制作しています。関心のある方は以下「Voice of Souls」の記事をごらんください。

Voice of Souls
釜ヶ崎、人間再生の街
孤独死をつむぎ直す

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