2020年度前期の“朝ドラ”こと連続テレビ小説「エール」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか※土曜は月~金曜の振り返り)。5月25日~放送の第9週では中村蒼が演じる村野鉄男の恋模様が描かれ、鉄男の愛すべきキャラクターとともに中村自身も注目を集めている。そんな中村の魅力について、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)

【写真を見る】愛し合う鉄男(中村蒼)と希穂子(入山法子)。昭和初期の雰囲気たっぷり!(“素顔”の中村蒼も)

■ “ピュアで切ない”純愛パートを引き受ける

朝ドラ「エール」の主人公・古山裕一(窪田正孝)の幼馴染・村野鉄男を演じている中村蒼。第9週は鉄男が活躍している。

鉄男は、「乃木大将」というあだ名をもつガキ大将ながら、詩を愛する文学少年だった。家が貧しく苦労して、新聞記者としていまは働いている。ネタバレになるがやがて、もうひとりの幼馴染の佐藤久志(山崎育三郎)と3人で「福島三羽ガラス」として、裕一の曲、鉄男の歌詞、久志の歌で活躍することになる。

だが、第9週の鉄男は音楽(作詞)面ではなく意外にも恋愛パートを担う。相手は裕一の馴染みのカフェーで働く女給・希穂子(入山法子)。彼女とは福島で知り合い、心を通わせていたものの、急にいなくなってしまったことを心配して、鉄男は東京に何度も探しに来ていた。希穂子は鉄男に新聞社の社長令嬢との縁談があると知って身を引いたのだった。

「俺がぐずぐずしているから希穂子に見限られたんだ〜」と酔ってくだを巻く鉄男(43回)は、これまでの真面目な好青年に別の顔があることを感じさせた。

鉄男と希穂子の恋が、裕一の妻・音(二階堂ふみ)が東京帝国音楽大学で目指している、「椿姫」のヒロインの気持を理解する助けになるという趣向で、鉄男が、昭和初期のピュアで切ない純愛パートを引き受けた形となっている。黒々とした髪の毛と意思の強そうな太い眉の中村蒼と、竹久夢二の美人画のような入山法子の組み合わせは昭和の純愛模様にぴったり。きっと高齢の視聴者をも喜ばせるに違いない。

ジュノンボーイきっかけに実力派俳優へ

希穂子にもらったマフラーに顔をうずめ、東京の街を彷徨う鉄男の繊細な表情も印象的な中村蒼は、そもそも昭和男子顔というのか、日本男児顔というのか、実直さや清潔感が魅力の俳優である。

デビューのきっかけはジュノン・スーパーボーイ・コンテストでのグランプリ受賞(2005年)。いわゆるイケメンタレントを多く誕生させてきた同コンテストの受賞者は、モデルや仮面ライダー、戦隊ヒーロー、2.5次元舞台などからキャリアを広げていくことが多くなるものだが、中村のデビュー作は、寺山修司原作の「田園に死す」という舞台。

かなりマニアックな作品で、中村は、寺山修司の世界を象徴する、白い開襟シャツが似合う文学的雰囲気漂う少年役で主演した。その後は主に映画やテレビドラマで活躍しているが、2019年は、真島ひかり坂口健太郎主演のシェイクスピアの舞台「お気に召すまま」で、森で隠遁生活を送る哲学者の役を演じ、難しい長台詞もみごとに語っていた。

デビューから15年、いろいろな役を演じ、厳しい芸能界を生き抜いてきながら、演技に変に慣れた感じがまったくなく、知性、実直さ、清潔感……等を変わらず失くさないでいるところがじつに貴重なのである。

だからこそ「エール」で、働きながら和歌集を読み、詩を書いている苦労人・鉄男のような役がピッタリはまる。また、単に知的で真面目な役が似合うだけではなく、そこに何か突きつけてくるものがあるのだ。

たとえば、「洞窟おじさん」(2015年)。これは「エール」のチーフ演出家であり脚本を一部手掛ける吉田照幸の作品で、実話をドラマ化した文化庁芸術祭優秀賞受賞作である。

リリー・フランキーが演じる主人公・洞窟おじさんこと加山一馬の青年期を演じた(全4話中の第2話)。文明社会からひとり離れて山奥の洞窟で暮らしていたため人間をこわいと感じる人物が、じょじょに人間と触れ合っていく。中村が発する野性的な力強さとピュアな感性は鮮烈だった。

さらに、吉田作品の横溝ミステリー「悪魔が来たりて笛を吹く」(2018年)では極めて重要な役を演じているが説明するとネタバレになるので省略する。「洞窟おじさん」「悪魔が来たりて〜」はオンデマンドにあるので興味を持たれた方はそちらでご覧いただきたい。

吉田作品では、志村けん主演のコント番組「となりのシムラ」にも出演。こちらではコントに挑戦し、とぼけた味わいも発揮している。当時、志村けんとの共演を喜ぶコメントを発表していたが、「エール」では志村けんと再び共演する機会はあっただろうか。

■ 端正な顔立ちながらイケメン俳優枠では勝負しない

ジュノンボーイというイケメン登竜門出で、端正な顔立ちながら、若手イケメン俳優の戦場で勝負していない稀有な存在である中村。二十代のうちに結婚してすでに2児の親であるところも独自の道を歩んでいる印象である。

スキンヘッドにして肉体改造もし、別人のような役を演じた「無痛〜診える眼」(2015年)では俳優としての矜持を感じた。昭和顔ではあるが、現代の問題を描いた「詐欺の子」(2019年)では振り込め詐欺のかけ子を演じたりもしている。いずれも役の心の奥を感じさせる深い演技は見応えがある。

「エール」の第1話、裕一がオリンピックの開会式でテーマ曲を披露するとき、故郷・福島で先生(森山直太朗)の墓に参っているのが鉄男。初回から出ているのだからとても重要な役だと思う。希穂子との恋の行方も気になるが、福島三羽ガラスの活躍も期待している。(ザテレビジョン

「エール」第43回場面写真 (C)NHK