新型コロナウイルスへの警戒が少しずつ緩和されつつある。

JBpressですべての写真や図表を見る

 ただ米国の感染者総数は約170万、死亡者総数は約10万で、現在でも1日でおよそ2万人弱の新規感染者が出ている。

 世界最大の感染者と死亡者を出している米国で、新型コロナウイルス感染者が出ていながら閉鎖されず、操業が続いている工場がある。

 そこは米政府からの製造を請け負っている場所だ。

 米ロッキード・マーチン社は最新鋭戦闘機F35」をテキサス州フォートワース工場で生産している。

 政治誌「イン・ディーズ・タイムズ」によると、同工場では4月下旬の時点で、12人の新型コロナウイルス陽性者が出ているが、操業中止にはいたっていない。

 約1万8000人の従業員の半数にあたる約9000人がテレワークで仕事をしているが、残りの人たちは相変わらず製造現場で作業をしているという。

 しかもマリリン・ヒューソン経営最高責任者(CEO)は株主に対し、「製造工場は稼働したままで、従業員も作業を続けます」と、操業継続の固い決意を株主たちに告げている。

 工場の規模にかかわらず、12人もの感染者が発生したら操業を中止にする判断が妥当ではないのか。従業員の中には初期段階から経営側に不満を抱いていた社員もいた。

 だが最初に会社に対して行動を起こしたのは、ある従業員の妻だった。

 ジェニファー・エスコバーさんは工場の操業中止を求めて嘆願書を作成し、従業員たちから署名を集めた。

 すると5000人以上が「操業を中止して従業員たちを自宅に戻す」案に賛同、署名した。

 この署名運動の動きはカリフォルニア州にある同社パームデール工場にも伝わり、同様の署名活動が行われた。

 しかし、すべての従業員が署名したわけではない。

 署名したのは全従業員の半分にも満たず、エスコバーさんは「会社側から何らかの仕返しされるのが怖いから」とその理由を推測する。

 新型コロナウイルスに感染した患者さんと、感染者と作業場を共有していた従業員は自宅待機か医療施設に入ったが、それ以外の人たちは相変わらず作業を続けていた。

 工場閉鎖の嘆願書が出されても、会社側が操業を中止することはなく、5月下旬になっても操業は続いている。

 それに対して会社側は、前出の「イン・ディーズ・タイムズ」誌に次のように返答している。

「同工場の清掃チームはクリーニングをより頻繁に行うようになりました。特に多くの人が使用するロビー、トイレ、休憩室、エレベーターなどは徹底してやっています」

「また契約した専門の清掃会社が作業場とその周辺、出入口など工場全体の清掃を行っています」

 実は同社フォートワース工場では亡くなった方も出た。

 会社側は今後、操業ペースを落とすとしているが、全面的な操業中止の決断をしない。

 外野から眺める限り、慎重さに欠ける経営判断と言わざるを得ない。操業を中止できない理由があるのか。

F35」の製造について調べると、4月17日に国土安全保障省のサイバーインフラ安全保障庁(CISA)のクリストファー・クレブス長官が政府内関係者に対してメモを送付していた。

 19ページに及ぶメモの主旨は、「新型コロナウイルス蔓延のなか、極めて重要なインフラ作業を行う従業員を特定し、引き続き操業を行うように促す」というものだった。

 対象は連邦政府だけでなく、州政府、地方自治体、さらに民間企業にも及ぶ。

 公衆衛生の拡充とともに、経済活動と安全保障活動を継続することが重要であると記されている。

 コロナ騒動の最中でも、警察や救命・救急、さらにエネルギー供給や公共交通機関などを止めることができないことは当然である。

 だがメモの中にある「極めて重要なインフラ作業を行う従業員」の中に、「F35」を製造する人たちも含まれていたのだ。

 メモには特定企業名は記されていないし、「F35」という戦闘機名も出てきていない。

 だがロッキード・マーチン社のフォートワース工場がコロナ死亡者・感染者を出しながらも操業を継続するのは、こうした連邦政府からの「ゴーサイン」がでているからにほかならない。

 メモの18ページ目に軍事産業についての項目がある。

 国防総省とエネルギー省が契約を交わしている民間企業、外部委託企業、さらに下請け企業に勤務する社員を「極めて重要なインフラ作業を行う従業員」と記している。

 さらに「同盟国や友好国に国防関連品やサービスを輸出する事業」も重要であるとの指摘があり、コロナによって中断されるべきではないというのが政府側の立場。

「イン・ディーズ・タイムズ」誌は、コロナによってロッキード・マーチン社が「F35」の国外輸出を制限しているわけではないと記す。

 同機は1機あたり最低8900万ドル(約95億円)で、受注はむしろ増えている。

 実は「F35」を含めた米国製の軍事品を2019年、最も購入しているのが日本なのだ。

 米首都ワシントンにあるシンクタンク「国際政策センター(CIP)」がまとめた報告書「トランプ効果:武器売却の潮流」によると、日本は2018年、世界で3位だったが、2019年にはトップに躍り出ている。

 それはドナルド・トランプ大統領安倍晋三首相の関係が良好であることを意味するし、トランプ大統領の営業手腕の成果とも受け取れる。

 同報告書にはこういう記述がある。

「武器売却がトランプ政権の最大の関心事であることは、政権発足直後から変わっていない。トランプ大統領は武器売却を雇用創出と経済の活性化のカギと捉えている」

 大統領が軍需産業に前向きな姿勢でいる限り、コロナが蔓延したからといって、すぐに操業を停止させるとは考えにくい。

 ましてや自らはマスクしない態度を貫き、内外からコロナウイルスを軽視しているとも指摘されている。

 安倍政権は2018年、「F35」を105機も追加購入することを決めた。

 フォートワース工場の操業を止める時間も考えもないというのが、トランプ大統領の本音だろう。

 米国と日本とでは国民の感染症に対する意識の違いもあるが、トランプ氏は感染者が170万人にまで膨れ上がる前に、様々な手立てを打てたはずである。

 その一つが「F35」製造の一時中止ではなかったのではないだろうか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  コロナの夜明け:千載一遇の好機と果敢な投資始まる

[関連記事]

感染者数が東京の72倍、ニューヨークは何が悪いのか

失業者は既に1700万人超、米国襲うコロナ不況の怖さ

米ユタ州の上空を飛行するF-35 A戦闘機(3月12日、米空軍のサイトより)