4月よりアニメ放送中、2000年代初頭の日本を舞台にリアリスティックかつ繊細な人間ドラマが描かれる『イエスタデイをうたって』。原作は1998年から2015年にかけて長期連載された、冬目 景によるマンガ作品だ。デビュー以来一貫してアナログ作画にこだわり続け、時にファンタジックな設定も交えた多彩な作品を発表してきた同作者。アニメで初めて氏の名前を知った人にもおすすめしたい、「冬目 景 入門」としておすすめの単行本をご紹介。

文 / 兎来栄寿

◆才能の萌芽を見る最初期短編集

■『僕らの変拍子
1992年、「コミックバーガー」(後の「コミックバーズ」)の9月22日号に掲載された「六畳劇場」でデビューした冬目 景。『僕らの変拍子』は、そのデビュー作を含む1992年1994年の間に描かれたキャリア初期の短編が7篇収録された短編集です。冬目 景という作家の淵源を窺い知ることのできる一冊となっています。

演劇の道を諦め、同じ道を目指していた彼氏とも別れて普通のOLとして働く夢破れた女性を描くデビュー作の「六畳劇場」、彼女と同じ大学に入るために努力していた浪人生に大きな転機が訪れる二作目の「こんな感じ」など、恋愛という関係性の中で葛藤したり翻弄されたりするキャラクターの話がこの頃から多く見られます。

三作目の「銀色自転車」は、友人たちが社会人として働く中でひとり留年し続けバイト生活を送る青年が元カノにある報告を受ける話です。

これは、大学卒業後も就職できずコンビニアルバイトをする『イエスタデイをうたって』の主人公・陸生に通ずる境遇です。陸生の同級生で思い人であるしな子が教師という堅実な職業に就いており、男性として負い目を感じる状況にあるのも共通しています。

表題作「僕らの変拍子」で描かれる、日常で様々な抑圧を感じて生きる男子高生が自由に生きる同学年の少女に出逢い心惹かれる物語にもまた後の作品に繋がる匂いを感じ取ることができます。

他方で、1993年に発表された五作目の「現国教師RC-01」では、女性型アンドロイドの現国教師と男子生徒の交流と断絶が描かれます。1994年の『A・Iがとまらない!』、1997年の『To Heart』、1998年の『まほろまてぃっく』、2000年の『ちょびっツ』など日常×美少女アンドロイドの物語がその後ひとつのムーブメントを形作っていきますが、それらに先駆けてこういった作品を描いているところには作者の先進的な感性を見て取ることができます。

若者が現状と未来に対して抱く漠然とした不安や不満、不合理だと解りながらも時に犯してしまう過ちとそれに対する後悔。冬目作品全体に通底するある種の郷愁を呼び起こす叙情性や、ルサンチマンを帯びた文学性は既にこの頃から確立されています。他の冬目 景作品を読んで興味を抱いた方は読んでみるとさまざまなルーツを発見できて楽しめることでしょう。

◆美しく悲しい背徳と退廃のラメント

■『羊のうた』
1996年2002年にかけて連載され、実写化OVA化もされた冬目 景の『イエスタデイをうたって』に並ぶ代表作です。

それぞれ左と右に泣き黒子がある目で違った方向を物憂げに見つめる制服の姉弟。帆布に描いた油絵のような、ラフさを残したタッチ。それらに対して非常にポップタイトルロゴが不思議な世界観を演出している表紙を捲り本編に入ると

羊の群れに
紛れた狼は
さみしい牙で
己の身を裂く

という一文が漆黒に覆われた最初の一ページ中央上部に浮かび、切なさや悲しさを予感させる物語の世界へといざなわれていきます。

冬目 景の最大の魅力は何といっても絵でしょう。多摩美術大学の油画専攻であったということに納得感を覚える、独特の雰囲気を描き出す卓越したセンス。抑揚の大きい主線が生み出す存在感は生々しさすら感じさせ、とりわけ女性キャラクターの射抜くような眼力や多彩で魅力的な表情は、それだけで世界を構築し作品として成立させる力を持っています。

そんな冬目 景の絵の魅力は、キャリア初期のこの『羊のうた』の時点で既にひとつの到達点に辿り着いていると感じられます。私がこの作品を思い出す時のイメージは、何より主人公・一砂(かずな)の姉である千砂(ちずな)の凛とした表情です。悲愴な決意と覚悟の宿った瞳に狂おしいほど惹かれます。

また、一砂の思い人である八重樫は「笑わない女」なのですが、そんな八重樫が笑う数少ないシーンもまたとても魅力的に映ります。冬目 景作品はセリフがなく表情で語るコマが頻出しますが、そこに込められた情緒の雄弁さに酔い痴れます。

他の誰にも理解されない苦しみ、好きな人と自分から離れねばならない辛さ、大いなる業……この作品が描かれた世紀末という時代性も合わさって退廃的で破滅的、背徳的で危うさも感じられる内容ですが、そこがまた奥深い魅力の源泉となっています。

なお、『イエスタデイをうたって』に親しんでいる人には一砂に寄り添ってくれる優しい級友の「木ノ下」という名前と容姿に覚えがあるかもしれません。

全7巻という巻数で綺麗にまとまった名作ですので、未読の方はこの機会にいかがでしょうか。

◆少女たちが奏でる愛しき雑音

■『空電ノイズの姫君』『空電の姫君』
冬目 景の最新作は「月刊バーズ」(幻冬舎コミックス)で『空電ノイズの姫君』として始まり、雑誌休刊に伴って「イブニング」(講談社)へと移籍して『空電の姫君』として連載を再開しました。

かつて有名だったロックバンドに所属していた父譲りのギターの腕前を持つ女子中学生の磨音(まお)が、ミステリアスな美人の転校生・夜祈子(よきこ)と出逢うところから動き出す物語です。

自分のやりたいことを見つけられずにいた磨音が、夜祈子と仲良くなっていくのと時を同じくしてギターボーカルを喪ったばかりの男子大学生たちのバンドと出逢い、その音楽性に惹かれて運命共同体になっていく様子が描かれます。

冬目 景作品全体の中でもかなり明るめの雰囲気で、青春×音楽という題材が心地良く胸の中に浸透してきます。癖のあるバンドメンバーたちと共にまだ果てしない道の入口に経ったばかりの磨音ですが、この先多くの人たちを奏でる音で魅了し興奮させていくのだろうとその成長と成功に期待でワクワクします。

ただ、『空電ノイズの姫君』の最初のページは

夜祈子は最悪の女だった

という述懐から始まり、また『空電の姫君』の第一話ラストでも

夜祈子と出会い
彼女と過ごした日々
(中略)
憎くて愛おしい
忘れられない日々

という印象的なモノローグが書かれています。物語の最大の焦点は、兎にも角にも夜祈子となっています。夜祈子という少女は友達もおらず、孤高で刹那的であり達観した生き方をしている一方で人懐こい部分もあり、また優れたボーカリストとしての資質も持っていて、磨音とだけは無二の親友となっていきます。

作中には実在のアーティストの名前が複数出てきます。女子中学生としては非常に渋い趣味であるクラシックロックでの好みが一致する、というのは他に替え難いことでしょう。互いに友達のいない少女たちが少しずつ仲良くなり、家に遊びに行ったりお泊りしたり、料理を食べさせたり新学期の始業式をサボって海に行ったりといった青春を送る姿は非常に眩く尊く感じられます。

夜祈子は端々に不穏な影や危うさを感じさせます。それでも、磨音がそう思うようにそういった部分も含めて夜祈子という少女の不思議な魅力に惹かれて止みません。この先に待つものが何であれ、今彼女たちの間に流れる愛しむべき時間をただただ眺めていたくなります。

令和になっても冬目 景がアナログで面白い作品を描いていること、枠線にも生き生きとした滲みや掠れがあるマンガを読める幸せを噛みしめます。

一応『空電の姫君』からでも読める構成となっていますが、これから読む方には『空電ノイズの姫君』から通読することをお薦めします。ブリティッシュロックBGMにぜひ。

(c)冬目景/幻冬舎コミックス
(c)冬目景/講談社

イエスタデイをうたって』冬目 景が描く文学的で「危うい」世界。入門にもおすすめの単行本をご紹介は、WHAT's IN? tokyoへ。
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掲載:M-ON! Press