1990年代後半の北朝鮮を襲った大飢饉「苦難の行軍」。国の食糧配給システムが機能しなくなったことで餓死者が大量発生した。その数は数十万人とも言われる。その後、市場経済化の進展などで食糧供給は安定し、そうそう餓死者が出るような状況ではなくなった。

しかし、例外もある。朝鮮人民軍北朝鮮軍)だ。以前から食糧配給に問題があり、栄養失調にかかる兵士が続出している。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋は、最近になって状況がさらに悪化していると伝えた。

今月中旬、三水(サムス)郡に駐屯する朝鮮人民軍42旅団で、兵士5人が死亡した。死因は栄養失調だ。5人は数ヶ月前から体に浮腫が生じていたが、まともな治療を受けられず、与えられる食事はトウモロコシ飯に塩漬けの大根ばかり。何度か下痢をした後で、2日間寝込んだ末に死んでしまった。このような飢餓に陥っているのは亡くなった5人だけではなく、部隊のほとんどの兵士が栄養不足の状態にある。

北朝鮮軍では、普段から国からの食糧配給をまともに受けられず、栄養失調になる者が続出。軍は治療が難しい場合、養生のために実家に帰宅させていた。

しかし現在は、新型コロナウイルスの拡散防止のため国内の移動が厳しく制限されている。だからといって治療する薬もなければ、栄養のある食べ物も十分にはない。かくして、兵士がバタバタと倒れていくというわけだ。

食べ物欲しさあまりに窃盗、強盗に走る者も後を絶たず。住民の間からは「元帥様(金正恩委員長)の軍隊が犯罪集団になってしまった」との嘆きの声も聞こえる。

そんな中、部隊が取った「対策」はトンチンカンな隠蔽工作だ。話が外部に漏れないように、亡くなった兵士の家族にすら死亡通知を出していないのだ。後日通知する際には、栄養失調ではなく事故死したことにせよとの命令まで出されたという。

そんな状況に、兵士の間から不平不満が出ないはずがない。情報筋は、彼らのこんな声を伝えた。

栄養失調になった者に食べさせるものが、皮や胚芽が混じってモソモソするトウモロコシ飯に塩漬けの大根が唯一のおかずとは。消化ができず塩の毒に当たって死んでしまった」
「戦争で死ぬなら悔しくないが、栄養失調で死ぬのは悔しい」
「これが栄誉ある軍の服務なのか」

栄養状態が劣悪なのは、既にまともに機能していない計画経済システムに依存し、軍の食糧確保を協同農場からの供出に頼っているからだ。北朝鮮においても、市場経済化の進んだ民間社会では、軍のような深刻な食糧不足は起きていない。

それに加えて、新型コロナウイルス遮断のために国境を封鎖し、密輸を厳しく取り締まる当局の措置が、兵士たちの暮らしに甚大なる影響を与えている。当局は、兵士の食糧配給に力を入れるはおろか、むしろ締め付けに躍起になっている。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋は「国境警備隊の部隊の管轄区域は固定されていて、同じところを同じ人がずっと警備する方式だったが、最近になって一部地域で、管轄区域が随時変更されるようになった」としている。

多かれ少なかれ、何らかの形で密輸に携わっている地域住民は、国境警備隊の兵士と時間をかけて関係を築き、ワイロを渡して密輸に便宜を図ってもらっていた。住民は密輸で利益を得て、国境警備隊はワイロで利益を得る。共存共栄で地域経済が回ってきたのだ。また、除隊を前にした兵士にとって、ワイロは除隊後の生活費や商売の元手を稼ぐ重要な手段だった。

当局は、そんな癒着関係を断ち切ると同時に、外部からの韓流ドラマなどの非社会主義要素流入と、国内情報の外部流出を遮断するために、管轄区域を随時変更することにしたものと思われる。

違反者には厳罰が下されることもあり密輸は激減、国境警備隊も地域住民も生きて行く術を失ってしまった。

朝鮮人民軍の第1524軍部隊を視察した金正恩氏(2018年6月30日付朝鮮中央通信)