(PanAsiaNews:大塚智彦)

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 フィリピンでは、ドゥテルテ大統領が進める麻薬関連犯罪捜査によって、司法手続きによらない「超法規的殺人」が横行している。そしてその過程で、人違いや巻添えとなって死亡した子どもがこれまでに約100人にも上るという。5月27日、人権団体が公表した報告書の中で指摘した。

 同団体は、こうした麻薬犯罪と直接無関係の子どもの犠牲に関し、国連人権理事会(UNHRC)など国際社会やドゥテルテ政権に対し、子どもの人権保護と、子どもを巻き添えにした捜査に関与した治安当局者への捜査と法による公正な裁き、被害を受けた子どもやその家族への経済的・精神的支援を求めている。

 米ニューヨークに本拠を置く国際的な人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は27日、『幸せだったぼくの家族はもういない。フィリピン、麻薬戦争に苦しむ子どもたち』と題する48ページの英文報告書を発表。ホームページ上では同じ内容の報告が日本語でもアップされている。

(参考)ヒューマン・ライツ・ウォッチHP
<フィリピン:「麻薬撲滅戦争」に苦しむ子どもたち>
https://www.hrw.org/ja/news/2020/05/27/375156

超法規的殺人には人権侵害の批判も

 ドゥテルテ政権の麻薬捜査はフィリピン国家警察が中心となって麻薬取締関連当局などと共同で進められているが、身分が判然としない私服の捜査員による捜査も多いとされる。さらに、麻薬組織の内紛や対立組織同士の抗争、さらに麻薬犯罪とは直接無関係の犯罪容疑で「逮捕、起訴、裁判」という通常の司法手続きのよらない現場での射殺という超法規的殺人が横行しているといわれている。

 警察は「麻薬犯罪容疑者の逃走、抵抗などによりやむを得ない緊急避難あるいは正当防衛」として現場での射殺を釈明、正当なものとの主張を繰り返している。

 しかし、フィリピンの人権団体やキリスト教関係者などからは「無抵抗で非武装の容疑者が殺害されているケースも含まれている」との指摘がなされ、欧米を中心とした国際社会からはドゥテルテ大統領の麻薬対策を「人権侵害の疑いがぬぐえない」と批判の声が絶えない。

 しかしフィリピン国内では、常に約80%という高い支持率を背景に、ドゥテルテ大統領は従来の麻薬犯罪対策を依然として進めている。国際社会からの「人権侵害の可能性」との指摘も、一貫して「無視する姿勢」を続けている。

人違いで射殺、父親が目の前で殺害

 HRWの報告書に戻ると、ドゥテルテ大統領が就任した2016年から2018年までの間に進められた麻薬関連犯罪の捜査過程で101人の子どもが死亡したと指摘されている。加えて父親や保護者などが犠牲となった結果、家庭環境、経済状況が一変したことにより、通学を断念して家計を支えるため仕事をしたり、路上生活を余儀なくされたり、精神的に不安定になったりといった「子どもの被害」が増加しているという。

 以下はHRWの報告書に記載されている実例である。

 2017年8月16日、キアン・デロス・サントス(17)は麻薬中毒者と誤認され、懸命の否定と命乞いにも関わらず当局者に豚小屋に連れ込まれてそこで射殺された(冒頭写真参照)。この事件はマスコミ報道などで大きく取り上げられ、当局による違法な捜査への抗議運動に発展して関与した現職警察官3人が訴追、有罪判決を受けている。

 このように射殺犯が判明するのはまれだ。キアン君のケースは、偶然設置されていた監視カメラの映像に3人が映っていたことから訴追に漕ぎつけることができた。

 キアン君以外にも8歳の少年が巻添えで射殺されたケースや、麻薬容疑者とされて射殺された父親のために家族崩壊に至った事例も報告されている。

目の前で父親を射殺された少女

 2016年にマニラ首都圏ケソン市で、父親を目の前で射殺されたジェニファーちゃん(インタビュー時12歳)はショックのあまり拒食症とストレス障害に悩み、学校でもいじめに遭うようになったという。彼女は「なぜ私の父が殺されなければならなかったのか。父は懸命に警察官の前で命乞いをしたのに警察官はそれを聞かずに射殺した。許せない」と報告書の中で胸の内を吐露している。

 ジェニファーちゃんの母親マロウさんも「水道代が払えず水がない、電気代も払えないし学費が払えずジェニファーも学校に行けない。こんなに生活が厳しくなった」と一家の柱を失った深刻な影響を訴えている。

 また同じく2016年12月にマニラ首都圏マンダルヨン市で父親が殺害されたレナート君(15)は、3人の兄弟の生活を支えるため学校を辞めてゴミ拾いで日銭を稼ぐ毎日を送らねばならなくなった。

 彼の父親は、私服でヘルメットを被りナンバープレートのないバイクで乗りつけた男らに目の前で射殺された。以来「弟は笑わなくなった」と言いながら「兄弟たちのために自分が働くしかなかった。父親の代わりとして家族を自分が支えるしかないのだから」とHRWのインタビューに答えている。

 このほかに路上生活を送る少年たちも多く存在するなど、報告書は麻薬関連犯罪の違法な捜査の結果として、残された少年少女が過酷な生活環境に追い込まれている実態を伝えている。

 この報告書で取り上げている少年の犠牲者とその家族らの声はあくまで2018年までの調査結果であり、その後発生している同様事案の統計や証言、インタビューなどは含まれていない。

国連と大統領に調査と支援を要請

 HRWはこの報告書をまとめるために被害を受けた子ども10人を始め親や保護者23人、政府関係者やNGO、コミュニティー関係者など16人など49人への聞き取り調査を実施するとともに23件の殺害事件の具体的詳細を調査したという。

 HRWでは今回の報告書などをもとに、6月にジュネーブで開かれる国連人権理事会の会合で、フィリピン・ドゥテルテ政権による違法で人権侵害に当たる捜査手法と、多くの子どもたちがその犠牲になっていることに関して「国際的な独立調査を実施するべきだ」と提言している。

 さらにドゥテルテ政権に対しては、「子どもを脅かす違法な捜査の中止と被害に遭った子どもたちへの支援」を強く求めている。支援の中には経済的な支援のほかに心の痛手や精神的な問題を抱えた子どもたちへの心のケアといった支援も含められている。

 フィリピン国家警察は、ドゥテルテ大統領による麻薬関連犯罪への強硬な捜査手段が始まった2016年7月から2020年1月までに、捜査の過程で5601人が死亡したと発表している。しかしこの数字は警察官が直接関与した事案による統計のみで、正体不明の男たちによる射殺事件の被害者は含まれていない。このためHRWをはじめとするNGOなどではこの5601人以外に、さらに数千人が殺害されていると主張している。

 こうした数字をもとに国際社会もフィリピンNGOなどの申し立てに基づき国際刑事裁判所(ICC)が2018年2月に超法規的殺人などの人権侵害状況に関する予備調査に着手した。

 ところがそれに反発したドゥテルテ大統領がICCからの脱退を表明、1年後の2019年3月に正式脱退してしまった。

 こうした中でUNHRCは6月の理事会会合でフィリピンの人権問題を協議する予定となっており、そこではHRWの報告のほかに国連高等弁務官事務所(UNHCR)が準備しているとされる報告書などを基に各国の間での対応が注目されている。

 そこでの決議や勧告などがどうなるかに関わらずドゥテルテ政権は国民の高い支持を理由にそれを無視して現在の強硬策を今後も続ける可能性が極めて高いとみられており、超法規的殺人の犠牲となった子どもたちや家族の苦難は今後も続くことになりそうだ。

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2017年8月、麻薬の運び屋と間違われて警官に射殺された17歳のキアン・デロス・サントスさん。左は、葬儀費用のためのお金を供えにきた少年(写真:ロイター/アフロ)