「自粛解除」はこんな形でも現れました。「京アニ犯」の逮捕です。
5月27日朝、京都市内の病院に入院していた青葉真司容疑者(42)の逮捕状が執行されました。
昨年7月18日の事件から10か月以上、実に314日が経過してからの逮捕、京都アニメーションを筆頭に、遺族のコメント、ファンのリアクションも報じられています。
これとほぼ同じタイミングで、地球の裏側、米国時間の5月26日、米国のドナルド・トランプ大統領のツイッターに初めて「要事実確認」のマークがつきました。
一見すると、全く無関係に見えるかもしれない、この2つの出来事をつなぐものがあります。「テラハ」自殺です。
3者をつなぐもの、それは「ヘイト」憎悪です。
「テラハ」ことフジテレビ系列の人気番組「テラスハウス」が出演者の女子プロレスラーを自殺に追い込んだ「誹謗中傷」は、現実には会ったこともない人に対して、画面上の錯覚に過ぎない「感情移入」や「八つ当たり」をむき出しにしたものでした。
その結果、リアルな存在である若い女性に自ら命を絶たせるところまで追いつめてしまいました。
京アニの青葉容疑者は、逮捕まで事件の犠牲者数を知らなかったことが報じられました。「2人くらいかと思っていた」そうです。
「謝罪も反省の言葉もない」といった定型句が早い時期から伝えられていましたが、ストレッチャーで運ばれる容疑者の手や指をご覧になったでしょうか。原型をとどめていません。
神経の集中したああした部位をあの程度損傷する火傷を負えば、致死率95%、延命しても半年ほどは人事不省は当然で、マスコミが調味料を振りかけた情報で本当の姿は見えてきません。
ガソリンの危険性も認識していなかったようで、自身もモロに火炎に包まれて、利き手でしょうか、右腕に火がついてしまった。
恐怖に駆られて建物の外に逃げようとしたけれど、新鮮な空気がふんだんにある屋外で火だるまの常態となり、結局民家の前で力尽きて倒れ、収監されました。
このような一連の愚行を単に「狂気」の一語に封じ込めてしまってはなりません。
明らかな計画犯であり、重大な刑事責任を追及されることになるでしょう。
しかし、ここでは「動機」や「真相」以上に、この愚かな人間が何をどの程度までしか考えず、このような取り返しのつかない犯罪を犯したか、コロナ・ストレス状況下の全世界人類に、隠れなく知らしめることが重要です。
およそ、悟性をもった正気の行動とは言えません。
人がおかしな憎悪感に憑りつかれると、どこまで愚かな行動に突っ走れてしまうのか。容疑者の、行動の詳細がこれから明らかになっていくでしょう。
それを可能にした医療チームは、奇跡的な回復の実現、本当に尽力されたと思います。だからといって、取り返しがつくことではない。絶対に類似犯の再発は防がねばなりません。
現在、全世界は「コロナ・ストレス」のハイテンション状況にあります。
ストレス状況下でメディア・ユーザーが陥りやすいヒステリーと、正気を保つポイントを概説します。
京アニ事犯とトランプ情宣の共通点
以下は、あくまでメディアに関わる振る舞いとして、学術的な観点から考えるものであることを最初にお断りしておきます。
ネットワーク上で「ドナルド・トランプ」アカウントが示す挙動は、京都アニメーション放火殺人事件の容疑者が供述で述べる内容と、いくつか一致が見られます。
それと、生身のトランプ本人は、また別の人格であることをまず分別しておきます。
最初に、トランプ大統領の方の「実物」から観察してみましょう。ツイッターのアカウント(@realDonaldTrump)は5月26日、一切の根拠を示すことなく「郵送投票は選挙詐欺につながる」と一方的に主張しました。
リアル・ドナルド・トランプというハンドルネームが、ある意味皮肉のようにも思われます。
さて、これに対してツイッター社は事実確認が必要だと警告リンクを添付、クリックすると読者はファクトチェックページに案内され、そこにはトランプ氏のツイート内容に何の根拠もないことが冷静に示されている。
このような措置が取られたのは、初めてのことでした。
ツイッター社に痛いところを突かれたトランプ・アカウントは、例によってですが、逆上して見せ、罵詈雑言を浴びせかけます。
曰く「ツイッター社は大統領選挙に干渉している」「言論の自由を自分は大統領として認めない」(https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1265427539008380928)など。
いずれも頭ごなしで根拠不明、罵声と恫喝を繰り返す「メディア露出」が観測されます。
ただ、そのようにトランプ本人が怒り狂っているかどうかは定かでなく、SNSですから彼本人が打っているかどうかも分からない。
ここに1枚の「虚実を分ける被膜」をしっかり認識できるか、という一線が「メディア・リテラシー」と呼ばれる重要な判断力にほかなりません。
虚実の区別がつかない京アニ事犯
この行動と、京アニ事犯の青葉容疑者の行動との間に、物理的には大きな隔たりがあるのは間違いありません。
しかし以下のような構造は指摘することが可能でしょう。
すなわち合理的な根拠を示さず、一方的におかしな主張を繰り返し、自分は100%正しく、相手は100%間違っている。それを許さない正義を自任するオレが許さない・・・。
「トランプのアカウント」はあくまでアカウントですから、合衆国大統領本人が頭から湯気を出しているかどうかは、誰も知りません。
しかし「京アニに自分の小説を盗まれた」か、何か被害妄想に陥った容疑者は、合理的な判断もへったくれもなく、ガソリン放火殺人事件を引き起こしました。
しかも、思いつきでガソリンを購入、罵詈雑言同様「ぶちまける」ことだけ考え、揮発したガソリン火炎に包まれて自分自身が燃えること、素手でガソリンを撒けば腕に火がつき指をも失うといった因果応報なども、何も考えていない。
直情径行、短絡的で破滅的な犯行としか言いようがありません。そういう愚かな行動に、切羽詰まった人間、あるいは社会は容易に突っ走ってしまう。
歴史がそれを如実に示しています。
そこまで大げさなつもりはなかったに違いありませんが、「テラハ」ファンの視聴者は虚実の分別、つまりメディアリテラシーの能力を完全に欠いて、スタッフが演出した「ヒール」悪役プロレスラーの振舞いに過剰反応してしまった。
番組は、行動自粛などコロナストレスで憤懣の溜まっていた視聴者に、格好の「八つ当たり」はけ口を与える格好になってしまいました。
本稿を準備するにあたって、亡くなったプロレスラーのアカウントを確認しましたが、子猫と映っている22歳の女性は、ごくごく普通の意味で優しい気持ちもたくさん持った、喜怒哀楽豊かな「普通の女の子」に見えます。
その精神を崩壊させ自殺に追い込んだ事実は、京アニ事犯と対比して、全く過分でない。つまりごく当たり前のネットユーザーが、その自覚なしに「京アニ事犯」に比肩しうる暴挙が働けてしまう。
その事実を戦慄をもって確認しておく必要があります。
この「コロナストレス」状況下です。何が起きるか分かりません。
リアルではない「リアリティ」番組
京アニ事犯と「@realDonaldTrump」アカウントの共通点をもう一つ付け加えるなら、根拠を欠く理不尽な「怒り」の対象が、メディアを媒介して見えないところでワンバウンドし、「現実の企業」会社に向けられていることが共通しています。
京アニ事犯の「怒り」は、アニメーションというフィクションの世界で自分の小説が盗用されたという被害妄想を経由して、現実の「京都アニメーション」に物理的な放火という危害を加え、取り返しのつかない事態を引き起こしました。
また@realDonaldTrumpアカウントの「憎悪」はツイートに紐づけられた「要事実確認」というリンクを通じて、「ツイッター社」という現実の企業を憎悪し、アメリカ合衆国大統領という絶大な権力を持つ公人の立場にありながら「ただごとではすまないぞ」と脅している。
トランプ氏の場合は、リアルな権力者がバーチャルとリアルの境目が曖昧なところで、むき出しの憎悪を投げつけており、大変タチが悪いと言わねばなりません。
しかし、そのようなトランプ氏の行動は、実は「学習」され「演じられ」て強化されてきたものであることが知られています。
実は現在のドナルド・トランプというキャラクター自体が「リアリティ番組」というウソから出ています。
つまり「テラハ」のヒール役女子プロレスラーと同じく、テレビが作り出したバーチャルな存在で、それに大衆が投票して、本来は泡沫であったはずの2世金持ちボンボンの老人がホワイトハウスに入ってしまった。
「テラハ」と「トランプ」のもう一つの共通項を確認しておきましょう。
「マネーの虎」から「アプレンティス」へ
かつて「マネーの虎」というテレビ番組がありました。
旧日本陸軍の司令官で戦犯として処刑された山下奉文のあだ名「マレーの虎」をもじったもので2001年から2004年まで日本テレビ系列で放映された「リアリティ番組」です。
リアリティと銘打っている以上、実際のリアルではなく、演出されたウソであることを最初に確認しておきます。
一般人を含む「起業家」がビジネスプランをプレゼンテーションし、それを審査員である投資家が評価、出資の可否を判断するという趣向のもので、元来は構成作家がつく「ウソの世界」演出されたショーです。
民放のテレビ番組は、基本すべて企業広告費によって成立しており、ニュースも含めすべてが「演出」された「ショー」見世物であることを、最初に確認しておきます。
「マネーの虎」も構成作家が存在する「ショー」にほかなりません。
ところが、ショーの中で出資してもらい、現実に起業したところ成功を収める者なども出てくるようになり、つまり嘘から真(マコト)が出てくるようになって、社会の受容が混乱し始めます。
「進め!電波少年」とやらせ演出
この「マネーの虎」に先立って、同じ日本テレビ系列で「進め!電波少年」というバラエティがオンエアされていました。
「アポなし取材」や無名芸能人のヒッチハイク世界旅行など、現実なのかウソなのかよく分からない「演出」の番組が視聴率を獲得していきます。30代以上であれば、ご記憶の読者も多いと思います。
この時期の私は別の民放系列で「題名のない音楽会」という老舗の番組に責任を持っていました。
いまや代表的芸能人となった有吉弘行君も、当時は「猿岩石」という駆け出し芸人で視聴者の共感を呼んでいましたので、スポットゲストに呼んで番組を作りました。
当時のテレビ業界の空気として、1995年以降普及しつつあった「インターネット」の脅威を認識していたと思います。
米国発の「IT革命」が標榜され、このまま進むと視聴率を奪われテレビは終わるだろう、何とかして数字(視聴率)を取らないとやばいよこれは・・・という観測が背景にあった。
テレビ全体が地盤沈下する中で、各局とも過激な演出に走る傾向が見え始めていました。
その結果、いわゆる「やらせ」問題が多発することになりますが、これはまた別の機会に譲りましょう。
話を「マネーの虎」に戻します。「本当にお金を出す」現場を見ているような錯覚が持てるこの番組の手法は、世界の注目するところとなり、あちこちで二番煎じが発生します。
その初期の例が英国の「Dragons’ Den」(2005-)でした。
これと並んで米国NBCで制作されたのがアプレンティス(2004-)という番組です。
ホストとして番組を仕切る実業家が、自分の会社で雇用する「右腕」を選んだり解雇したりするという触れ込みで「演出」された「ショー」をオンエアします。
この「ショー」のホストとして、「お前はクビだ!(You're Fired!)」の決まり文句を連呼する、癇癪もちのホスト役を「演じた」のが、自己顕示欲の強い不動産屋の2世社長であるドナルド・トランプ氏本人でした。
キャラとして作られたトランプ像
これに先立ってトランプ氏は、54歳だった2000年に、共和党の大統領候補選に一度出馬します。
しかし、政治コメンテーターとしてメディア露出の高かったパトリック・ブキャナン氏に敗れます。
そのブキャナン候補も結局ブッシュ・ジュニアに敗れてしまいます。当時のトランプ氏は枝の枝にもなれない泡沫候補にすぎませんでした。
興味深いことに、このときのトランプ氏はむしろリベラルな主張で、移民にも媚びを売り、LGBTにも寛容など、今とは正反対のキャラクターを演じました。
ところが、ベトナム戦争世代でありながら出征していないタカ派のメディアスター、ブキャナン氏の前で、ラブ&ピースの戦後段階世代であるトランプは全く精彩を欠いていた。問題にもされず負けてしまいます。
ヘイトの方が目立ちますが、中東撤退など「世界の警察」役を降りる米国というトランプ氏の選択には、段階世代のDNAが現在もはっきり刻印されていることに注意しておきましょう。
ただこの「敗退」を機に、トランプ氏の見かけ上の「芸風」は確実に変わっていったようです。強いインパクトを持たねばならない。そこからアクの強いキャラクターを演出したショーアップが生まれていきます。
また、先ほど触れたように2004年「マネーの虎」二番煎じのアプレンティスで「お前はクビだー」とがなり立て、知名度を増し、人気を得、結局票を得て当選してしまった。
この過程で、パブロフの犬よろしくヘイトその他を「強化学習」したのが「@realDonaldTrump」というバーチャル・キャラクターであるといえるでしょう。
生きている老人の、本当の本音がどこにあるかなどは全く分かりません。明らかなのは、2世のぼっちゃんらしい、叩き上げ経験の欠如と異常な自己顕示欲程度です。
2016年、最初は(私も含め)大勢が冗談出馬と思っていた泡沫候補トランプ氏が、なぜ選挙戦を制したかは、様々な議論がありますので、ここでは別論に措きましょう。
間違いなく言えることは、トランプ氏が「リアリティ番組」というウソから出た大統領候補として、本当に選挙戦を制し、あろうことか合衆国大統領に就任してしまったという事実です。
まさにポスト・トゥルースに本腰が入ってしまった転機でした。
「コロナ・ストレス」とヘイト炎上
ドナルド・トランプ氏の政治的プロパガンダの手法は、分かりやすい仮想敵を作り、それを叩いて見せるポピュリズムにあります。
人種差別(racism)、外国人嫌悪(xenophobia)、女性蔑視(misogyny)、他者憎悪(hate)・・・階層社会で恒常的にストレスのかかった米大衆に、こうしたスパイスを利かせて、トランプ氏は大統領選を制した。
そしてこうした手法が、かつてないほど危険性を帯びているのが、全世界が「コロナ・ストレス」に覆われている現在の状況にほかなりません。
そうしたヘイト感情は、どこに向けられるのか?
例えば「緊急事態宣言」で行動自粛が広まった結果、警視庁に寄せられた110番通報が3割減ったという報道がありました(https://www.news24.jp/articles/2020/05/27/07651186.html)
しかし、隣家の物音がうるさい、といった苦情は約1万件増えて2万8000件ほどになっているという。
過去の警察資料を確認してみると(https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/about_mpd/jokyo_tokei/tokei/k_tokei30.files/ktd007.pdf)1か月間の110番は15万件ほどで、有効な通報が12万件強、3割減ということは4万件ほど減ったはずなのに、騒音苦情などは1万件増えた。
つまり、もしそれがなかったら、5万件ほどの激減で、静かな連休であったはずが、実際には「隣家の工事がウルサイ」「子供が騒いでやってられない」といった内容で110番通報している。
警察を呼ぶわけですから相当なストレスと言うべきでしょう。コロナ・ストレスが甚大であるゆえんで、もっとも悲惨な形で直撃を受けた一人が「テラハ」の女子プロレスラーであったと考える必要があります。
このケースについて、例えばネット上で攻撃した匿名ユーザーが、あるいはテレビ局や番組制作者が、被害者遺族からどのような賠償請求を受けるか受けないか、全く分かりません。
ただ、やっていることが、相当ひどいのは間違いなく、このまま曖昧にすませてよい話でないのも、まず間違いありません。
本稿の結びとして、「コロナ・ストレス状況下では、簡単にヘイトなどが急炎上~爆発し、取り返しのつかないことになりかねない」という事実をまず認識する重要性を強調しておきましょう。
いま全世界は、かつてないほどメディア・リテラシーと真剣に向き合う必要に直面しています。
比較するとすれば、1933年のドイツにおけるナチスの政権奪取が挙げられるかもしれません。その基本前提で、私たちはミュンヘン工科大学AI倫理研究所とこの問題を検討しています。
一過性の熱狂は実に容易いもの、冷静を保つのは本当に難しいことです。
しかし、その至難を問われているのが、2020年、新型コロナウイルス感染症パンデミックに襲われている私たちにほかなりません。
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