(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

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 木村花という女子プロレスラーが22歳の若さで急逝したというネットニュースが駆け巡ったのは、23日の土曜日のことだった。所属団体が公式サイトで発表したことを受けてのものだ。そこには、こうある。

「当社所属選手 木村花選手が本日5月23日逝去いたしました」

「詳細につきましては、いまだ把握出来ていない部分もあり、引き続き関係者間の調査に協力してまいります」

事実は「SNS上で誹謗中傷があったこと」と「彼女が亡くなったこと」

 この女子プロレスラーが、フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していたことから、ニュースは話題性を呼ぶ。「テラスハウス」は男女6人がシェアハウスで暮らす様子を放送する恋愛リアリティー番組で、昨年5月からはネットフリックスでも配信されていた。

 ところがそこへ、この番組での出演者とのやりとりをめぐって、SNS上で彼女を誹謗中傷するコメントが集まっていたこと、さらには、同日の未明にインスタグラムに本人の写真と「愛してる、楽しく長生きしてね。ごめんね」と書き込みのあったことが報じられる。

 すると、SNSでの誹謗中傷を問題視するところからはじまって、それを集めるきっかけを作った番組を批判する報道が目立つようになった。

 端的に言ってしまえば、「SNS上の誹謗中傷が彼女を自殺に追い込んだ」という見立てが前提となって情報が飛び交う。

 しかし、彼女が「自殺」したという公式な発表はない。自殺だとしても、その原因がSNS上の誹謗中傷にあるという検証もない。

 そのあたりのことを報道する側も心得ていて、どこも「自殺」とは書かない。「亡くなった」「急死」「死亡」などと表現して、あとは状況を積み重ねて、それが事実であるかのような印象で説き伏せる。

 それ以上に異様だったのは、政治家たちの反応とその早さだ。

早々に動き出した政治

 週明け月曜日の25日、菅義偉官房長官は午前の会見で、この件に触れ、報道以上のことは承知していないとしながらも、こう述べている。

インターネットでの誹謗中傷の書き込みについては、ユーザー一人ひとりが他人を傷つけるような書き込みをしないよう、リテラシー向上のための啓発を行っていくことが重要だ」

 同日、自民党の森山裕国会対策委員長立憲民主党の安住淳国会対策委員長が会談。ネット上での誹謗中傷を防ぐための対策を国会で協議していくことで一致している。

 森山国対委員長は記者団にこう語っている。

「非常に痛ましく、心からご冥福をお祈りしたい。何か助ける方策はなかったかと思う。今後このようなことがない社会を作っていくために、立法府がどういう役割を果たすかが非常に大事だ」

 はて? 「助ける」「このようなこと」とはなにを意味しているのか。

 一方の安住国対委員長

「匿名で相手をズタズタに傷つけることがあっていいわけがない。心ない中傷で、人を傷つけるようなやり方はこそくで、何らかのルールが必要だ。表現の自由を担保し、法律的な観点で本格的な議論を始め、秋までに何らかの方向は探りたい」

 翌26日には、高市早苗総務大臣がこの件に言及。衆議院総務委員会では、こう答弁している。

「匿名の者が権利侵害情報を投稿した場合に、発信者の特定を容易にするための方策について検討を進める予定でございます」

 同日、自民党インターネット上の誹謗中傷対策を検討するプロジェクトチーム(PT)が初会合を開いた。そこでもPTの座長の三原じゅん子参院議員が、この件に触れて、ネット上での誹謗中傷を犯罪と位置づけ、厳罰化を検討する考えを示している。

 いつの間にか、自殺=SNS上の誹謗中傷が原因、とする土壌ができあがっている。

 報道によると、死亡した女子プロレスラーの自宅からは、遺書のようなメモ書きが見つかっていることや、硫化水素を発生させた袋を被った自殺とみて捜査が進んでいる、とされた。だが、そのメモも母親らに宛てて「ごめんね。産んでくれてありがとう」などと、謝罪や感謝の気持ちを記したものだったというから、SNS上での誹謗中傷が原因と結び付けるものでもない。

 しかも、所属団体の公式サイトでは、26日に以下のようなコメントが掲示された。

「木村花選手のご逝去については、警察による判断の結果、事件性は無いものと伺っております」

「より詳しい死因等につきましては、ご遺族のご意向により公表を差し控えさせて頂きます」

 結局、公式見解は公表されないままだ。

 事実を裏付けるものがない、公式な検証もないうちから、政治が動き出す。どこか空気だけで規制を強化する。これだけ早い反応は、この件に便乗して、政治批判を封じ込めようという腹づもりなのではないか、そんな憶測さえ漂っても不思議ではない。SNS上の安倍晋三首相への攻撃や、野党への批判も凄まじいものがある。

 いや、それにもまして、空気だけで政治が動くのだとしたら、日本が戦争に突き進んだ時代の様相と重なって映る。あの時も世論が強硬外交と戦争を煽り、それがいつしか言論や表現の自由を奪われ、規制される方向に動いた。勝算も無視して戦争に突入し、無謀な作戦が繰り返され、最後は竹槍でB-29爆撃機)に勝てると説いた。

政治は、彼女の死を利用していないか

 本当に彼女は自殺に追い込まれたのか、それがネット上の誹謗中傷と因果関係があるのか、誰も明確に語らないまま、阿吽の呼吸と空気だけで法が変わることは危険だ。今回は言論封殺にもつながりかねない。

 逆に、彼女の死がきっかけで法改正に乗り出すのなら、詳細な検証結果と事実をまず提示すべきだ。そうでないなら、国民の知る権利を侵すことになる。

 22歳の若い女性の死が、政治利用されるようなら、それこそ悲劇である。

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