緊急事態宣言が解除されても、依然として続く自粛ムード。在宅ワークに休校と家族が家のなかで共に過ごす時間が急増し、家庭内暴力や虐待の深刻化が懸念されている。たとえ暴力を振るわなくても、ストレスや不安で赤ちゃん返りする子どもに、「仕事があるのに」とついイラっとしてしまう親も少なくないはず。

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 思い起こされるのは福山雅治が父として戸惑う姿を描いた『そして父になる』の一場面である。

様々な家族模様を描いてきた是枝作品

 ホテルのような高層マンションの一室で、体力と時間を持て余した男の子が恨めしそうに外を眺め、感情を爆発させる。面食らった父親は思わず、「静かにしなさい」と声を荒げてしまう。子どもは父親と外で遊びたかっただけだった。だが、子育てを妻に任せきりの彼には子どもとの距離感がわからない。

 上司から「家族のそばにいてやれ」と異動を命じられても、困惑するばかりの仕事人間。

「自分にしかできない仕事がある」とがむしゃらに働いてきた彼は、「負け組」と見下していた男から「父親は取り換えのきかない仕事だろ」と諭される。

 この『そして父になる』やカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを獲得した話題作『万引き家族』など、是枝裕和監督はさまざまな家族を通じて、私たちがドキッとする名台詞を突き付けてくる。

「産んだら、みんな母親になれるの?」。虐待された子どもを見かねて保護した女性が問いかける『万引き家族』。

「私が幸せになっちゃいけないの?」。子どもに「勝手だ」と責められた母親が逆切れする『誰も知らない』。

「楽しそうに見えて、子どももいろんなことを我慢してるんや」。親の別居で家族がバラバラになった息子が父親に本音をぶつける『奇跡』。

「父親になろうとするなら、なぜ一緒にいる時にそうしなかったの」。離婚してから、父親面する男に元妻があきれる『海よりもまだ深く』。

 今回は是枝作品のなかでも特に家族について考えさせられる5本を紹介。かつて観たことがある作品でも、いまの心境で向き合ってみると、また違った発見があったりする。

まやかしの家族が作った、本物の幸せ

 まずはいまだにレンタルビデオのランキング上位に入る『万引き家族』。小さな平屋に寄り添うように暮らしている老いた母と娘姉妹、姉の夫とその息子の5人の家族。だが、彼らは老婆の年金目当てで転がり込んだ夫婦を中心に誰一人として、血が繋がっていない。ある日、虐待されていた幼女を見かねて連れ帰ったことから彼らの小さな幸せは少しずつ脅かされる。

 世間からは認められない集団が家族として過ごした束の間の日々を描いた『万引き家族』。まやかしの家族が作った、本物の幸せに目がくらむ。

子ども置き去り事件の実話をモチーフにした『誰も知らない』

万引き家族』は年金を不正に受給していた家族が逮捕された事件に着想を得たものだが、巣鴨子ども置き去り事件をモチーフにしたのが『誰も知らない』である。

 母と息子の二人暮らしと偽り、引っ越してきた一家には四人の子どもがいた。小さな子がいると部屋が借りられない。母親は長男以外の子どもたちに「大声を出さない」「ベランダ、外に出ない」というルールを課す。ある日、「好きな人ができた」と母親が出て行ってしまい、子どもたちだけの暮らしが始まる。

 社会からはみ出したり、埋もれそうな人々にいろいろな角度から焦点をあてる是枝作品は、ニュースや報道で見聞きした有名な事件を扱いながら、全く違った印象を受ける。もしかしたら、自分のそばで起きたかもしれない、いや自分がそうだったかもしれないと他人事ではいられない。

 それほど、世界観に引き込まれてしまう要因の一つに子どもたちの生き生きとした表情が挙げられる。大人の前では決して見せない子どもの世界ならではの顔。安藤サクラが「子どもほど、空気の変化に敏感な生き物が自然でいられる現場の空気づくりがすごい」と感心していたが、カメラは親すら見過ごしそうな、子どもたちの瞬間を逃さない。

 監督は「うちの現場に来た子役の子たちはそれ以降、台本を覚えなくなってしまうらしいです」と苦笑していたが、是枝作品は作り物の演技とは無縁。『誰も知らない』では主演の柳楽優弥が史上最年少14歳でカンヌ国際映画祭主演男優賞に輝いた。

誰も知らない』で特に見てほしいのは、家に籠っていた子どもたちがいそいそと外に飛び出していく際の晴れやかな面持ちだ。ステイホームがどれほど子どもに負担なのか。大人は知っているようで、実は理解しきれていないのではないだろうか。

 子どもは親が思っているよりずっと大胆で繊細。そんな子ども時代の気持ちを呼び起こしてくれるのが『奇跡』だ。

 両親の別居によって、離ればなれに暮らすこととなった兄弟。彼らは以前のように一緒に暮らすことを夢見て、上下新幹線がすれ違う瞬間に願い事を叫べば叶うという奇跡の瞬間を求め、子どもたちだけで旅に出る。

 大人になると、子どもは気楽でいいなと勘違いする。子どもの頃の方がずっと些細なことで傷つき、思い悩んでいたというのに。別居している息子に「お母さんに会いたくないの?」と問いかける母親に、「お母さんは僕のこと、お父さんに似てるから、あんまり好きじゃないのかと思ってた」と息子が応える。「そんなこと、あるわけないじゃない」と母親はショックを受けるが、些細なことで、親は自分のことを好きじゃないのかな、嫌いなのかなと胸を痛めてしまうのが子どもだ。

「パパはぼくたちのこと、好きなのかな」と息子に言わせ、「親父は自分の人生、どうしたかったんだろう」と自問する。『海よりもまだ深く』の主人公は惑う父親であり、悩める息子でもある。

 小説家だった良多は離婚した元妻のことが諦めきれない。月に一度の息子との面会日。なんとか父親として、かっこつけようとするが、元妻には既に新しい恋人ができていた。祖母に懐いている息子はそれでも足掻き続ける父のことも嫌いになれない。

 父親でもある監督が実際に子ども時代を過ごした団地で撮影された本作。なりたかった大人に誰もがなっているわけではないというテーマが身に染みる。「誰かが誰かの役に立っている」とどんな息子でも見捨てない母役の樹木希林の言動が自然で、まるで彼女自身のキャラクターのようだが、台詞は監督が母親から言われた言葉をそのまま、一語一句、変えずに使っているそうだ。

ずっと迷いながら、手探りで親を続けていくしかない

 できない子でも親には愛おしい。そんな母親の慈愛に満ちた視線にほだされる。ちなみにこの作品だけでなく、是枝作品で途方に暮れる父親が登場する時、名前が決まって良多である。くすっと笑える家族のドラマ「ゴーイング マイ ホーム」や『歩いても 歩いても』、そして『そして父になる』

 大手建設会社のエリートで、都心のマンションに妻と息子の三人で暮らす野々宮良多はある日、産院からの電話で、自分の息子が取り違えられていたと聞かされる。本当の子どもは群馬で小さな電気店を営む斎木夫婦のもと、大家族でにぎやかに暮らしていた。両夫婦は互いに育てた子どもに情を抱きながら、結局は血のつながった子どもとの生活を選ぶ。

 野々宮夫妻は田舎でのびのび育った子どものためにおうちキャンプを開催する。お金をかけた趣向に子どもは楽しそうにして見せるが、子どもにとっては安物でも父とその辺の空き地で凧揚げをしていた時の方がずっと幸せだった。

 最終的には子どもに「パパなんてパパじゃない」と言われる羽目に。社会的には勝者であっても、父親として優秀であるとは限らない。誰もがきっとそうであるように、これからもずっと迷いながら、手探りで親を続けていくしかないのだった。

 多様な家族が登場する是枝作品。知らない家族の話のはずがいつだって、子どもの思い、親の事情に感情移入せずにはいられない。そうして、不安定な暮らしのなかで溜まってしまった気持ちの澱が自ずと浄化されてゆくのだ。知らずにたまったイライラや不安。誰かにぶつける前に、まずは映画を介して、自分と向き合うことをお勧めしたい。

万引き家族2018
リリー・フランキー 安藤サクラ 松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ 緒形直人 森口瑤子 山田裕貴 片山萌美 柄本明 高良健吾 池脇千鶴 樹木希林
監督・脚本・編集:是枝裕和

誰も知らない(2004)
柳楽優弥 北浦愛 木村飛影 清水萌々子 韓英恵 YOU 岡本夕紀子 加瀬亮 遠藤憲一 寺島進
監督・脚本・編集:是枝裕和

奇跡(2011
前田航基 前田旺志郎 大塚寧々 オダギリジョー 夏川結衣 阿部寛 長澤まさみ 原田芳雄 樹木希林 橋爪功 
監督・脚本・編集:是枝裕和

海よりもまだ深く(2016
阿部寛 真木よう子 小林聡美 リリー・フランキー 池松壮亮 中村ゆり 高橋和也 小澤征悦 吉澤太陽 峯村リエ 松岡依都美 古舘寛治 黒田大輔 葉山奨之 立石涼子 ミッキー・カーチス 橋爪功 樹木希林
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和

そして父になる(2013
福山雅治 尾野真千子 真木よう子 リリー・フランキー 風吹ジュン 國村隼 樹木希林 夏八木
監督・脚本・編集:是枝裕和

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「家族」を描いた作品を多く手掛ける是枝裕和監督(写真:The Mega Agency/アフロ)