襟を正してテレビの前に座るのは、波乱万丈の展開が待ち受ける後半戦から。

 そんな朝ドラに対してのスタンスを、放送開始から1カ月の「エール」に変えられてしまった。

 なんたって志村が出るのだから当然だ。

 5月1日。いつもより早めに朝食を取り、食器を食洗機に放り込み、洗濯機を回し、7時50分にソファに着席して第25話を見るべくテレビをつける。「志村けんさんは3月にお亡くなりになりました。謹んで哀悼の意を表します」のテロップと共に志村けんクレジットが出るだけでグワッとこみ上げてきた。

凄まじい威圧感を放出する志村

 第25話は、関内音(二階堂ふみ)と共に初の演奏会に臨む古山裕一(窪田正孝)の行方もさることながら、どこで志村が出てくるのかも気になって仕方がない。そして8時14分、こちらに背を向けて立つサスペンダーを着けた男が……。秘書から渡された裕一の国際作曲コンクール二等受賞の新聞記事に「それがどうした……」と面倒そうに目を通し、「本物かまがいものか、楽しみだね」と言い放って新聞を投げる。凄まじい威圧感を放出して作曲界の大重鎮である小山田耕三を演じる志村は、これまで見たことのなかったものだった。

志村けんらしくない、こんなこともやりますよってところを見てもらえれば、うれしいね」と、撮影時に彼が語っていたというコメントを同日の放送後にNHKが発表。その言葉を噛みしめる一方で「でも、ついつい何かしたくなっちゃう」という発言もあったことから、ひょっとしたら以降の出演では笑わせてくれたりするのかとも思った。しかし、そんなことはまったくなかった。

 第28話(5月6日放送)では、レコード会社“コロンブスレコード”のディレクター廿日市古田新太)を呼び出し、直立不動する彼に「どうした、汗かいて。暑いか? うん? 君のところでな、契約してほしいんだよ」と裕一の新聞記事を見せる小山田=志村。おだやかな表情を浮かべながらも全身から放射する、手のひらですべてを転がすような全能感に慄いた。

睨むような視線や冷たい一瞥も

 第34話(5月14日放送)では、裕一の来期契約料を下げられたことに憤慨してコロンブスレコード録音室に飛び込んできた音と出くわす小山田=志村。慌てふためく廿日市を制して「こちらは?」と尋ね、裕一の妻だと知ると瞬時に顔をこわばらせ、また瞬時にやわらかな顔に戻って「いやぁ、構わんよ。帰るところだからね。じゃ、また明日」と出ていく。詫びる廿日市の秘書・杉山(加弥乃)を無視し、録音室を振り返る際の睨むような視線に寒気がした。

 第35話(5月15日放送)では、ついに裕一と対面。コロンブスレコードサロンで談笑していた小山田=志村は、専属作曲家でありながら一曲も採用されずに悶々とする裕一に声を掛けられる。尊敬の念を伝え、同社の青レーベル(西洋音楽部門)で曲を書けるようになりたいと所信表明する彼に、冷たい一瞥をくれつつ「赤レーベル(流行歌部門)ではどんな曲を出したのかな? 君は赤レーベル専属の作曲家だよね。うん?」と言い放つさまに身震いした。

 第38話(5月20日放送)は、なかでもきわめつけ。作曲家の才能があることを示そうと裕一が書き上げた楽譜を渡される小山田=志村。渾身の交響曲「反逆の詩」の楽譜をまともに読まないうえに批評もせず「……で?」と投げ捨てる、あまりに冷酷な態度に背筋が凍った。

“笑い”を完全封印した演技

「君は赤レーベル専属の作曲家だよね。うん?」「で?」といった台詞には裕一にひとりよがりを捨てることで作曲家のあり方を悟ってほしいとの想いも込められている気もするが、すべての登場回で“笑い”を完全封印した演技を繰り出すおっかない志村に圧倒された。どれも台詞はわずかながら、その佇まいや表情でコミカルな回やハートウォーミングな回の空気を一変させ、シリアスな回ではより緊張感を横溢させていく力量に唸らされたわけだが、そもそも彼には非凡な演技の才能があったことを思い出した。

志村けんのだいじょうぶだぁ』に「シリアス無言劇」と呼ばれるコーナーがあった。台詞を一切排除して描かれるのは、さまざまな男女、家族、夫婦、親子に待ち受ける哀しい物語。むりやりなカツラを被っていたりするので笑ってしまいそうなものだが、言葉を用いない渾身演技に毎回ことごとく泣かされていた。「ヒゲダンス」「ウンジャラゲ」「パイのパイのパイ体操」などの体技も活かしたものから「アイーン」やワナワナ震えまくる「ひとみばあさん」まで、志村の“笑い”は動きも大きな要素だったが、それを“泣き”でも活用してしっかりと機能させたことに驚いたものだった。

高倉健が志村に『鉄道員』出演を依頼した理由

 90年代には高倉健たっての願いで映画『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)に出演。酔って廃坑への怒りをぶつける炭坑夫を切々と演じ、作品に深みを与えると同時に高倉健や小林稔侍ら大物を相手に堂々と渡りあえる俳優であることを証明した。高倉健から志村に直接、出演依頼の留守電が残されていたというから、『志村けんのだいじょうぶだぁ』の「シリアス無言劇」における“泣き”の演技を目にして直々にオファーしたのかもと憶測もしてしまう。いずれにせよ、彼は志村が俳優としても秀でたものを持っていることを見抜いていたのだろう。

 以降は俳優の活動はなく、こちらもコント道を貫くのかなと思っていたが、2018年NHKで『スペシャルコント 志村けん in 探偵佐平60歳』が放送された。コントと銘打たれたもののドラマ仕立てで、志村が演じるのは警察で経理だけを務めてきた“元警官”の木野塚佐平。定年を機に探偵業を始めた彼が何者かに誘拐された金魚を探すという話だが、女房の尻に敷かれる男の惨めさ、娘のような年齢の助手のほうが頭脳明晰というダメ探偵の情けなさを見事に醸し出したペーソスあふれる演技に、コメディアンと俳優の双方で新たな地平を切り開こうとする意気込みを感じた。

エール」台本は読み込みすぎてボロボロ

 そして「エール」である。撮影初日に携えていた台本は読み込みすぎてボロボロだったという報道(「女性セブン2020年5月7・14日号)から、どれだけ打ち込んでいたのかが窺えるし、それは演技を見れば明らかだ。この「エール」の後には、山田洋次監督とのタッグ作『キネマの神様』が控えるはずだった。『志村けんのだいじょうぶだぁ』で倍賞千恵子ゲストに迎えて『男はつらいよ』のパロディコントを披露したこともあった志村だけに、こちらにも賭けていただろうし山田監督と新しい“なにか”を生み出して見せてくれたはずだ。つくづく悔やまれるし、いまだに泣きそうになる。

 これまで見たことない志村を、これからも見たかった。

 本格派の俳優というフェーズに移行していたはずの彼に、僭越ながらエールを送り続けたかった。

(平田 裕介)

志村けんさん