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変わるものと変わらぬもの

70年前の1950年5月13日シルバーストンに集まった21台のレーシングマシンエンジンの咆哮を響かせながら、イギリスGPのスタートモータースポーツ新時代の幕開けを待っていた。

そして、その2時間13分23秒後、13年落ちのアルファ・ロメオ158を駆るジュゼッペ・ファリーナがフィニッシュラインを通過すると、この43歳のイタリアレーサーF1世界選手権開幕戦の勝者としてその名を歴史に刻んでいる。

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初めて行われたF1レースアルファ・ロメオは表彰台を独占している。

現在ルイス・ハミルトンが保持するワールドチャンピオンタイトルを初めて掴むことになるファリーナにとって、これが1950年シーズンに行われた7選中3勝を上げたうちの最初の勝利だった。

もちろん、シルバーストンでファリーナが初勝利を飾った70年前から、ハミルトンが6度目のタイトルを獲得するまでには多くの変化が起こっている。

初期のF1マシンは決して最先端技術の結晶などではなく、戦前のレースカーを少し改造しただけのものであり、1950年の舞台となったシルバーストンもワールドクラスサーキットというよりは、さびれた元英国空軍の飛行場にわら俵とロープで急ごしらえのコースを設置しただけの場所だった。

それでも、新型コロナウイルス感染拡大に揺れる2020年のいまその様子を想像することは難しいかもしれないが、12万人ものファンも詰めかけていたのだ…

だが、よく見れば変わっていないものの数多くある。

グリッドに並んでいたのは当時を代表する偉大なレーサーたちであり、彼らが操るのも確かに年代物ではあったが世界最速のマシンだった。

そして、集まった12万人のファンシルバーストン周辺に大渋滞を引き起こしてもいた。

繰り返される参入と撤退

だが、なんと言っても変わらないのは、グリッド上に混在していたのが英国の勇敢なプライベーターたちと、アルファ・ロメオマセラティ、そしてタルボ・ラーゴといった資金力のあるワークスチームだったということだろう。

そして、いまと同じくレースを席捲したのは、自らの思い通りにこのモータースポーツを操るべく、喜んで大量の資金を投じ、自分たちの影響力を行使しようとするこうしたワークスチームだった。

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昨年シルバーストンで行われたイギリスGPには約35万人のファンが詰めかけている。

フェラーリは賞金を巡る言い争いのなかでレースをボイコットしており、それは70年経ったいまも変わらない。

これまでの70年間でF1世界選手権は急速に発展し、いまや世界でもっとも人気あるスポーツのひとつになるとともに、その価値は数十億ポンドにも達している。

この間このモータースポーツ自動車業界と奇妙な緊張関係を維持し続けてきたのであり、自動車メーカーは自らの目的を達成すべくF1に参戦しては撤退するということを繰り返してきた。

1950年1951年タイトル獲得後に撤退したアルファ・ロメオに続き、1954年に参戦すると翌1955年シーズンを席捲したメルセデス・ベンツも、同年のル・マンで起きた事故の影響から、この年をもってすべてのモータースポーツ活動を休止している。

メルセデスワークスとしてのF1復帰は2010年まで待たねばならなかった。

この間にはBMWフォードホンダ、さらにはルノーといった自動車メーカーが勝利を飾ったり、エンジンサプライヤーやワークスチームとしてタイトルを獲得している。

さらにはプジョーランボルギーニ、そしてトヨタもF1に引き寄せられ大金を投入しているが、残念ながら満足な結果を残すことなく撤退を余儀なくされている。

スピードの追求が発展の原動力

だが、なぜ自動車メーカーはF1に魅力を感じるのだろう?

ツーリングカーラリー、それにスポーツカーレースとは違い、つねに最先端技術の結晶とも言えるF1マシンが、公道用モデルベースに開発されたことなど一度としてなかった。

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フェラーリ312T

そして、チーム自動車メーカーサーキットでのスピードを追求することによって、F1マシンはさまざまな発展を見せて来たのだ。

1950年代後半、より優れた重量配分を求めた結果、エンジンは車体後部に搭載されるようになっている。

1960年代には革新的なエアロダイナミクスによって巨大なウイングが与えられ、1970年代に入るとエンジンマシンの構造部材となり、「ウェッジ」デザインが導入されている。

1980年代になってさらなる軽量化と強度が求められると、カーボンファイバーやその他の素材が使用されるようになり、グラウンド・エフェクトデザインが一世を風靡している。

1990年代にはセミオートマティック・ギアボックスとフルアクティブサスペンション、そしてさまざまなドライバーアシストが試されることとなった。

21世紀に入ると、主催者側はスピードを抑制する方向へと向かっているが、コンピュータシミュレーション技術の発達によりエアロダイナミクスはますます複雑化し、さらに大胆な新素材の活用も進んでいる。

そして、市販モデルで使用されているハイブリッドとの関連性はあまり見られないものの、近年F1でもハイブリッドパワートレインが採用されるようになっている。

技術的恩恵は確実に存在

こうして発展してきたF1テクノロジーだが、市販モデルで採用されている技術と偶然の一致を見せることはあっても、実際にはほとんど関連性などなかった。

自動車メーカーが電動化と排ガス削減に向け急速に歩みを進めるなか、現在のF1マシンが積む1.6Lハイブリッドターボは市販車とはまったく関連のないものとなっている。

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1980年代のF1マシン

それでも、F1はいまも世界中の主要な自動車メーカーの関心を集め続けているのだ。

何故だろう?

まず言えるのは、例え一見関連が無いように見えても、F1や他のモータースポーツから市販車にもたらされる技術的な恩恵というものが確実に存在しているということだ。

もちろん、それがもっとも明白な形で表れているのがハイパーカーの世界だ。

間もなく登場するアストン マーティンヴァルキリーメルセデスAMGプロジェクト・ワン、そしてゴードンマレーのT50(彼が1978年にF1で提唱した「ファンカー」コンセプトの現代版だ)は、まさにお金に糸目をつけない「公道に降り立ったF1」プロジェクトの最新例と言える。

そして、こうした超希少なモデル以外でも、F1由来のテクノロジーは驚くほど多くのモデルで目にすることが出来る。

番外編1:F1の起源

第二次世界大戦終結後、欧州全域ではさまざまなルールのもとレースが開催されていたが、そんな状況も国際自動車連盟(FIA)がフォーミュラAとB、そしてCの3つのクラス分けを示したことで終わりを告げている。

だが、A、B、そしてCのクラスはすぐに数字に置き換えられることとなった。

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オイルにまみれたツナギ姿から生まれたF1はハイテクの生まれる場所へと発展している。

1949年バイクの新たな世界選手権制度に刺激を受けたFIAは、翌1950年ドライバーワールドチャンピオンシップを創設している。

この年22戦が予定されていたものの、実際に選手権として開催されたのは、まったく異なるルールで行われたにもかかわらず認定されたインディ500を含め、わずか7レースのみだった。


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