韓流ドラマ「愛の不時着」の北朝鮮生活はどこまでリアル?《韓国随一の北専門記者が解説》 から続く

 世界的にブームになっている韓流ドラマ「愛の不時着」で描かれる北朝鮮生活は、どこまで事実なのか。韓国で最も有名な北朝鮮専門のジャーナリストで、「中央日報」記者のイ・ヨンジョン氏に聞いた。(前編はこちら)
(*以下の記事では、ドラマの内容が述べられていますのでご注意ください)

Q5 セリが出かける「市場」の実態とは?

 日本の終戦直後の闇市を思わせる「チャンマダン」での取引が、北朝鮮ではいまだに盛んに行われている。北朝鮮に不時着した韓国有数の財閥の令嬢・セリ(ソン・イェジン)も出かけることになるチャンマダンとは、いったいどんなところなのか?

「現在、北朝鮮全域で280300あまりのチャンマダンがあります。中国国境に近い地域ほど大規模な市場が形づくられていて、両江道恵山市が最も規模が大きい。『苦難の行軍』と呼ばれた1990年代の景気低迷期に、住民が市場で金になる品物を売ったのが本格的な始まりでした。かつてはチャンマダンでの取引は違法だったが、金正恩時代に入って合法化され、政府が建物を建てて、賃貸料を受け取っている。

 チャンマダンには北朝鮮や中国の製品だけでなく、中国経由で密かに持ち込まれた韓国や日本の製品も裏で取引されている。日本製品の中では医薬品と化粧品、ソニービデオカメラ、録音機などの電子製品が人気を集めています」(イ記者、以下同)

 ドラマでは、セリがチャンマダンの質屋に高級時計を預けるのだが、ブランドではなく時計の重さだけを基準に金額を決められるシーンがある。

北朝鮮の銀行には現金が不足しているので、現金を借りるために銀行ではなく質屋を訪れる住民も多い。ちなみに、時計の重さを量って金を貸す場面はドラマの演出で、事実ではないと思います」

Q6 ダンの「ロシア留学」「母がデパート社長」はありえる?

 ヒョンビン演じる主人公北朝鮮の軍人、ジョンヒョクの許嫁がソ・ダン(ソ・ジヘ)だ。ダンはロシア留学の経験があり、母親は平壌のデパートの社長とされ、豪華な暮らしをしている。社会主義国家の北朝鮮で、こんな家庭はあるのだろうか。

「ダンとジョンヒョクの関係は、北朝鮮における政界と経済界の政略結婚の現実を描いています。北では、ダン一家のような階級を“赤い資本家”と呼びます。彼らは労働党幹部の家系出身で、外国との貿易に従事したり、北朝鮮内の流通網を独占したりしながら富を蓄積している。北朝鮮では個人がデパートを所有することができないので、ダンの母親が社長という設定には無理がありますが、総支配人のような立場だとしても、資本主義国家の社長に勝るとも劣らない富を所有しているでしょう。

 資本家の子女や国の幹部の子女は、ダンのように党の推薦によって中国やロシアヨーロッパなどに留学することができます。留学が禁止されている地域は、実は米国、韓国、日本、イスラエルらい。現在、200~300人くらいの学生が海外留学しているとされています。金正恩委員長の夫人、李雪主も中国留学の経験者で、芸術を専攻していました。理工系や芸術・体育系の場合は、家柄がそれほど良くなくても才能さえあれば海外留学が可能です。もちろん北朝鮮の留学生は全員、国費留学生となります」

Q7 北朝鮮の都会と田舎は格差はどのくらい?

 ドラマでは、休戦ラインに程近い田舎にある貧相な社宅村と、高級デパートホテルが建ち並ぶ首都・平壌の激しい経済格差や生活水準の違いが描かれているが、実際はどうなのだろうか。

北朝鮮の全人口(約2500万人)の10分の1にあたる250万人が、平壌で暮らしています。平壌は、党と軍、政府の幹部級と資本家階級などの特権層が暮らす都市です。ドラマの中の平壌の街やホテルから見える風景は、金と物が集中している特権層が住む地域ならありえます。最近、平壌のニュータウンにはタワーマンションが建ち、洋風レストランコーヒーショップ、ピザ屋などが次々に出店しています。

 平壌とそれ以外の地域の生活水準の格差は、日に日に広がっています。ドラマの中の社宅村は、むしろ現実に比べてはるかに洗練され、住みやすく描かれています。ドラマで描かれている社宅村は開城地域にあると推測されますが、現実と最も異なるのは『町が明るすぎる』ということ。国境村は電力供給がほとんど行われていませんから、街の街灯はありません。また社宅は粗末で古ぼけた住居が多い。ドラマの中のジョンヒョクの社宅はロマンチックで、ちょっと現実的でないように見えます」

Q8 本当にあんなに頻繁に停電するの?

 このドラマで、北朝鮮らしい場面として象徴的に描かれているのが「停電シーン」だ。社宅村の人々が停電に慣れてしまっている姿、平壌の最高級ホテルで急に停電する場面、車で2時間の距離なのに停電の影響で17時間かけて列車で移動する場面もある。北朝鮮の電力事情はそこまで劣悪なのだろうか。

「国際社会からの経済制裁などによって、北朝鮮の電力不足はますます深刻になっています。供給先として優先されるのは、平壌の中核施設、その次が産業や軍事施設など。地方の住宅地や、民間人が利用する列車向けの電力はかなり後回しにされています。そのため、ドラマのように停電で10時間以上も列車が止まっている場合が多く、両江道のような北方の地方だと、平壌まで出るのに2、3日かかることもよくあります。脱北者の話では、平壌のタワーマンションでは停電でエレベーターが止まってしまう日が多いといいます。

 ドラマの中では、停電の状況がまるでおとぎ話のように幻想的に描かれていますね。中でも、ジョンヒョクとセリが停電で止まった列車から降りて焚火を前に野宿をする場面は、このドラマを代表する印象的な名シーンです。北朝鮮の暗鬱な現実をロマンチックシーンに作り変えた作家たちの想像力は見事です。

 ただ、ドラマを楽しんでもらう一方で、この冷酷で困難な状況に今日も耐えている北朝鮮住民がいることも、少しばかり知ってほしいと思います」

(金 敬哲/Webオリジナル(特集班))

北朝鮮に不時着した韓国有数の財閥の令嬢・セリ(左)と、北朝鮮の軍人、ジョンヒョク(Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中)