「1駅間だけ」「日本一高い初乗り運賃の私鉄」で知られた北神急行電鉄神戸市に買収され、神戸市営地下鉄の一部になります。長年のネックだった高額な運賃を下げるための「市営化」ですが、競合する既存のバス路線との調整も必要です。

550円が280円! 「運賃ほぼ半額」を実現した「市営化」

山陽新幹線が接続する新神戸駅と、六甲山地を隔てた谷上駅神戸市北区)とを結ぶ1駅間だけの鉄道線「北神急行線」の経営が、2020年6月1日(月)をもって変わりました。事業者である北神急行電鉄の資産を神戸市が買い取ることで、同区間は「神戸市営地下鉄北神線」になったのです。

新神戸から先の区間である同市営地下鉄 西神・山手線(新神戸~三宮~西神中央)と北神線との直通運転も、そのまま継続されます。これにより、2事業者をまたいでいた谷上~三宮間の運賃は、550円から280円と、ほぼ半額に値下げされました。

1988(昭和63)年に開業した北神線によって、谷上から神戸市街地への所要時間は、従来(神戸電鉄および新開地経由)の3分の1に短縮され、神戸最大のターミナルである三宮への直接乗り入れが実現しました。沿線住民の生活を変えるものとなるはずだった鉄道ですが、実際には利用が伸び悩み、北神急行は経営不振に悩まされていたのです。

その背景には、普通鉄道で「日本一高い」とも言われた高額な運賃水準があります。たったひと駅、7.5kmの区間ですが、その大半を占める北神トンネル(7276m)の700億円以上にも及ぶ建設費用のため、運賃は360円に設定されていました(認可上は440円で、神戸市が80円分を負担していた)。このため、所要時間10分ほどの谷上~三宮間に、550円もかかっていたのです。

しかも、谷上で乗り換える神戸電鉄有馬線の運賃水準も安いとは言えず、三宮から神戸市北神地区の中心部(岡場、道場など)に向かうには乗継割引の30円を考慮しても、1000円ほどの運賃負担を強いられ、地域人口の伸び悩みにもつながっていました。

運賃値下げを可能とした北神線の「市営化」は、北神急行の駅や車両、線路などの設備買収に198億円を費やして実現しました。しかし、神戸市が目標としている「1日6000人の乗客増」には難関が立ちはだかっています。神戸市北区から市街地への移動で、最も大きなシェアがある神戸市交通局のバス路線「64系統」からの、乗客転移が難しい状況にあるのです。

最大のライバル市バスはほぼ変化なし 利用者増える?

神戸市北区の「神戸北町」エリアと三宮を結ぶ64系統は、日の峰、大原といった戸建て住宅が多いエリアを通過し、神戸電鉄箕谷駅(谷上駅からひと駅西)の近辺から、有料道路の新神戸トンネル(8.5km)を経由してJR三ノ宮駅前に向かいます。平日朝には1時間あたり24本も運行され、年間1億円近い利益を稼ぐ、市バスの顔ともいえる路線です。

北神線の市営化が話し合われる過程で、64系統の運転本数は北神線の市営化とともに1時間2本ほどの本数削減と、谷上方面への系統新設が住民へ提案されました。

神戸北町から三宮への運賃としては、市バスから地下鉄への定期旅客向けの乗継割引を考慮すると、谷上駅および北神線経由の方が若干安くなります。しかし、いままで直通だったバスが谷上を経由することによる時間のロスは大きく、ましてやバスが通る県道15号(有馬街道)は渋滞も多発しています。また新神戸トンネル手前の巨大な駐車場に自家用車を停めバスに乗り換えるパーク&ライドの人も多く、そこからさらに谷上側へ迂回を余儀なくされるバス+北神線へのシフトは、すぐには難しいと思われます。

バスの本数削減に異論も多く見られた結果、64系統の本数はほぼ変わらず、箕谷・神戸北町~谷上駅間のバスはほぼ朝晩のみ10数本という、やや中途半端な状態で北神線の市営化を迎えることとなりました。

しかし有料の新神戸トンネルを通る64系統バスも、片道500円という高額運賃が今後のネックになるでしょう。値下げの要望は長年にわたりなされていますが、新神戸トンネルの通行料が下がらない限りバスの値下げも難しい状況で、しかも新神戸トンネルは2012(平成24)年に神戸市道路公社から阪神高速道路へ移管されています。ましてや北神線の市営化および運賃値下げに大幅投資を行ったなか、二重投資ともなるバスの値下げに神戸市が踏み切るとは考えづらい状況です。

市営化は阪急との「ギブアンドテイク」 神戸電鉄は…?

海に面し、背後に六甲山麓が迫り平地が極端に少ない神戸市は、企業や定住者を呼び込むための土地確保に長年心血を注いできました。オフィスや工場に関しては、海上にポートアイランドなどの人工島を造成してスペースを確保しましたが、定住人口を確保するため、土地に余裕のある北区や西区へのトンネル、鉄道整備が行われてきた経緯があります。

近年、西区再開発の目玉として市営地下鉄阪急神戸線の直通運転も検討されましたが、費用が2000億円を超えることから棚上げを余儀なくされており、北神線の運賃値下げによる北区の活性化に期待を寄せざるを得ない一面もあります。

また神戸市も以前から、北神急行に運賃や設備改修などの補助をしており、北神線の買収による市営化は、これらの負担を軽減する目的もありそうです。建設費の償還が重荷となり、600億円以上の負債を抱えて債務超過状態が続いていた北神急行にとっても、買収は良いタイミングであったといえるでしょう。北神急行の親会社である阪急電鉄にとっても、これ以上の出費を食い止めるための「ギブアンドテイク」が実現したともいえるかもしれません。

市営化前の北神線は、北区から神戸都心部の移動において通勤で5割のシェアがある一方で、買い物やレジャーでは2割程度と、まだまだ伸ばす余地があります。運賃が半額になったインパクトは地域の人々にとって喜ばしいことですが、同時に、現時点でシェア1割にも届かない神戸電鉄 谷上~新開地間や、粟生線(鈴蘭台~粟生)の経営問題を抱える神戸電鉄そのものにも気を配る必要があります。同社は市営化後の北神線の運行を神戸市から委託されているものの、これが安定した収益源になるか、いまのところまだ先を見通しづらい状況にあります。

1995(平成7)年、北神急行阪神・淡路大震災の発生翌日に復旧し、既存の鉄道が長期運休となるなか、阪神間の代替ルートとなった過去があります。地盤が強固な六甲の山々を貫く北神線は、20万人以上の人口を擁する神戸市北区のメインルートとしてだけでなく、有事の命綱としても必要とされているのです。市営化による運賃値下げを利用者増や生活の改善につなげるには、今後の神戸市の努力はもちろん、神戸電鉄やバスとの共存と合わせて考えることも必要とされてくるでしょう。

神戸市営地下鉄西神・山手線の駅に停まる北神急行の車両(2010年2月、恵 知仁撮影)。