日本国内での全面的な緊急事態宣言が解除された今、少しずつではあるが、冷静な目で各国の新型コロナウイルス感染拡大への対応策を振り返ることができるようになりつつある。

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 新型コロナウイルス感染拡大の中、各国は危急の「自国ファースト」策を講じてきた。WTO世界貿易機関)の調査によると、4月末時点で80カ国(以下、地域も含む)において新型コロナウイルスに関連する輸出禁止や制限措置が導入された。

 例えば、「フェイスマスク・ゴーグル:73カ国」「保護服:50カ国」「手袋:47カ国」「消毒液:28カ国」「薬:20カ国」「食品:17カ国」「医療機器(人工呼吸器を含む):10カ国」「新型コロナウイルステストキット:6カ国」という具合で、多くの国や地域が自国の人命と健康を第一とする「囲い込み」政策を発動したのだ。

 WHOによる発信を疑い、独自の政策によるコロナ封じ込めに成功した台湾では、1月からマスク輸出停止を表明し、マスク生産を全面的に政府管理下において市民が平等に購入できるシステムを構築した。これが初動として大いに有効だったとされている。

 米トランプ大統領が就任以来打ち出している「アメリカ・ファースト」の通商政策には各国からの批判の声が上がった。だが、世界的パンデミックの最中にあって、各国は当然にして「国民の生命・健康優先」での「自国ファースト」措置を講じるのに迷いはなかった。

 この「自国ファースト」政策、どこまでが「正当化」されるのだろうか。

第二次大戦の反省と「例外」条項

 1929年のウォール街での株価大暴落は、米国に依存していた世界経済に甚大な影響を与えた。特に影響の大きかったドイツは約3人に1人が失業。ドイツから第一世界大戦の賠償金を取り立てていたイギリスフランスにも波及し、世界恐慌となった。

 経済がどんどん先細る中、主要国はせめて自国の輸出ルートだけは確保しようと自国の植民地や政策的に近い先進国とのグループを作った。そのグループ内では低い関税率で貿易し、外からの輸入には高い関税をかけて産業を保護したのだ。これが「自国ファースト」が暴走した姿、「ブロック経済」だ。

 結果、世界の貿易量はその後わずか3年でなんと3分の1まで縮小した。窮した国々が新たなブロック圏の構築を画策し、これが第二次世界大戦の惨禍とつながっていく。

 この反省から生まれたのがWTOやその前身であるGATT(関税及び貿易に関する一般協定)だ。

 米国や2001年に加わった中国を含む加盟国全てが合意したはずのWTO協定では、自国と他国の待遇を差別することは禁止している。「自国ファースト」の貿易制限措置は禁止されているのだ。

 では、コロナ対策としての医療用品の輸出制限措置はなぜまかりとおるのか。自由貿易の維持と拡大を目指しつつも、WTOには自国ファーストを認める「例外」ルールが存在するからだ。

輸出制限が正当化される例外規定

 各国がやむを得ず実施する輸出制限が国際的なルール違反ではないとする根拠になるのが、WTOにおける例外規程としての「正当化事由」と呼ばれるものだ。

 この常套手段が、「GATT20条(一般的例外)」の適用だ。

 コロナ対策としてのマスクや消毒剤の輸出制限措置は、この20条(b)の「人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置」に該当するという主張となる。

 ちなみに、同じくこの20条(一般的例外)には他にも、宗教上の理由からイスラム圏の国々で豚肉や酒類の輸出入が禁止されるようなケースの「(a)公徳の保護のために必要な措置」や、「(e)刑務所労働の産品に関する措置」「(f)美術的、歴史的または考古学的価値のある国宝の保護のために執られる措置」などが含まれる。

 しかしながら、この度のコロナ感染の危機に直面し、この「正当化」の運用は大いに乱れた。

 WTO事務局の調査によると、新型コロナウイルスに関する貿易制限措置を実施したという事実をWTOに通報する義務を果たしたのは、4月末時点で、80の国や地域の中で13カ国(EUを1とした場合)だけだったとされる。

 そもそもこの「正当化事由」は、各国が主張すればいつでも認められるものではない。

 実は、WTOの紛争解決制度において、GATT20条(b)「人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置」に関する紛争で「正当化される」と認められたのは、2001年のフランスによる人体有害なアスベスト(石綿)製品の輸入禁止措置のわずか1件(事件番号DS135)のみ。それ以外はすべて「正当化されない」として却下されているのだ。却下の理由の多くは、その措置が具体的に人命や健康の保護のために必要であることを立証できなかったことによる。

 今回のコロナ対策の緊急措置としてのマスクや消毒剤の輸出制限措置の多くは、おそらくこのGATT20条(b)の「正当化事由」を満たすものだろう。だが、「アフター・コロナ」で打ち出される措置が同じく「正当化」できるとは限らない。

 例えば、「アフター・コロナ」で加速すると見られる動きが環境対策だ。

各国の環境対策に潜む自国ファーストの芽

 新型コロナウイルスにより経済活動が停止した結果、国際エネルギー機関(IEA)の試算では世界の2020年のCO2排出量は前年より6%減少する見通しだ。これはインドの年間電力需要で排出される量に相当する。

 だが、今後はむしろ経済活動の回復を優先し、気候変動対策に逆行する動きが増えることが懸念されている。米トランプ大統領環境保護基準を緩めており、石油や石炭の価格が暴落したことの反動で、中国などが化石燃料の消費を増やす可能性も指摘されている。

 温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は2020年から本格的に運用が始まる予定だったが、これを具体的に前進させるための第26回国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)はコロナ影響により延期された。国際的な枠組みに対する不信感やコロナ対策における各国の独自政策の成功体験から、今後は環境対策についても各国が独自の政策に沿った貿易制限的な措置を講じる可能性も目されている。

 このときに、何らかの「正当化」が必要になる。この不安定な国際情勢にあって、他国から後ろ指をさされることは避けたいのが真っ当な国の判断だ。

 プラスチックの排除であれ特定化学物質の禁輸であれ、環境政策のための貿易制限措置を、前述のGATT20条(一般的例外)で「正当化」しようとすれば、まずこの中の適用条件のひとつ「(J)有限天然資源の保存に関する措置」に目が向かう。だが、これは「ただし、この措置が国内の生産または消費に対する制限と関連して実施される場合に限る」としており、必ずしも気候変動対策には向いていない。

 そこで各国が活路を見いだそうとしているのが、コロナ対策のときに乱発した20条(b)「人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置」だ。いわゆる「サステナビリティ」のための貿易制限措置を、生命・健康保護のためとして「正当化」しようと考えている。

 だが、これは容易に認められないだろう。過去のWTO判決ではこの論調に「NO」が言い渡されている。

 かつて中国がボーキサイトなどの原材料で輸出規制を実施した際に、それが正当だと主張する論拠として、中国は「環境対策が人々の健康に資する」という論調を用いた。ボーキサイトなどの輸出規制は輸出向けの需要減少をもたらし、それが国内の需要減少につながり、最終的には原材料採掘に伴う汚染減少につながり、人々は健康になる――というストーリーだ。しかし、WTOはこれを立証に足らずとして却下した。

 ブラジルは再生タイヤの輸入禁止に際し、「廃タイヤの堆積がマラリアデング熱の媒介となる蚊の温床となること」や「廃タイヤの堆積による火事が有害物質を排出すること」という人体影響を理由とした。この主張自体は認められたものの、南米の近隣国からの輸入は認めるという措置が「差別的」とされたことで、この措置もWTOは却下している。

 ブロック経済に起因した戦禍の反省から生まれたWTOは、貿易制限をすることには至極厳しいのだ。

WTOを骨抜きにする伝家の宝刀

 こうして自国の政策を「正当化」したい各国が最後に手を伸ばす可能性が高いツールが、最終手段である「GATT21条(安全保障例外)」だ。自国ファーストでの保護主義で独自に進む米トランプ政権が、近年その手に馴染ませつつある宝刀だ。

「GATT21条(安全保障例外)」は、これまで述べた「GATT20条(一般的例外)」とは条文構造が異なる。

「21条(安全保障例外)」については、WTO加盟国自身が「自国の安全保障上の重大な利益」の有無を判断できるとされており、「20条(一般的例外)」のように発動のために満たさなければならない条件が細かく設定されていない。それゆえ「言ったもの勝ち」の側面があることは否めない。

 新型コロナウイルス感染拡大の前から米国が発動してきた通商拡大法232条による鉄やアルミの関税アップは、このGATT21条を論拠としている。これに米国が今後より多くの品目を――それが国際社会から見て安全保障に関係なさそうに見えたとしても――対象に加えても、それは自国の判断として「正当化」され得る可能性がある。

 コロナ対策では国際機関としてのWHOの判断に従わず、独自の政策を採った国こそが称賛された。この経験から、各国が今後、グローバルな統一ルールとは異なる貿易制限措置を増やす可能性が指摘されている。

 そのときに、「使い勝手がよい」という理由で「安全保障例外」が濫用される未来は恐ろしい。

 本来は環境政策や産業保護の観点で構えた通商政策だったにもかかわらず、その貿易制限措置を「正当化」するために「安全保障例外」を主張したからには、こじつけられた大義名分が独り歩きする。それが新たな国際社会の火種となるのだ。

 世界的な新型コロナウイルス感染拡大の最中の5月半ば、WTOアゼベド事務局長は突然、任期満了を待たずして8月末に辞任することを表明した。米トランプ政権は、WTOが中国を「途上国扱い」し優遇しているとして批判する姿勢を強めている。

 ますます地政学的な覇権争いの様相が強まるWTO改革の中で、「国際ルール協調」と「例外」としての各国主権をどうバランスさせるかに注目が必要だ。

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