飲食店にとって最大の武器にして魅力となりうるのは味。食べた人間を惹きつけてやまない料理を提供できれば、店の評判が広まり、新たな集客につながるからだ。

 しかし、にわかに信じがたいが美味さではなく不味さをウリにしている店もごく稀に存在する。かつて都内にあったラーメン店『彦龍』もそのひとつ。“日本一不味いラーメン”としてテレビで何度も取り上げられ、覚えている人も多いはずだ。

◆違う意味で味自慢?

 東京・千駄木にあったお店は2010年1月に閉店。店主の原憲彦さんも2015年に亡くなったが、筆者はまだお店が営業していたころに何度か取材させてもらったことがある。バラエティ番組に出演した際に見せた大物芸人相手に一歩も引かない強烈すぎるキャラそのままで、今でもよく覚えている。

 当時はグルメ記事も書いており、どの店でも味へのこだわりについて尋ねると、「こだわりだぁ? そんなもんねぇ!」の一言で終わり。通常の飲食店取材では絶対に出てこないコメントだが、予定調和はクソくらえと言わんばかりの展開が逆に面白かった。

 テレビで紹介されて以降、番組を見た視聴者が食べに訪れるようになったことについても「放送直後は大勢来やがるから忙しくて嫌になる」とボヤく始末。

 店はカウンターだけの7席で、創業した1989年から原さんがずっと1人で切り盛りしていた。大好きなパチンコをしたいからという理由で、お店を開けるのは昼のランチタイムと夕方以降のみ。昼の部が終わった後は近くのパチンコホールに行くのが日課で、大当たりが続いている場合はそのまま打ち続け、店を開ける時間が遅くなったことも珍しくなかったそうだ。

◆「不味くない」に店主激怒!

 ちなみに肝心のラーメンだが、見た感じでは普通の手順で作られており、ゲテモノ食材や怪しい調味料が入っているわけではない。

 筆者が取材時に食べたのは『特製彦龍ラーメン』(800円)。あっさりしょうゆ味の中華そばに、キャベツタマネギ、豚肉などを炒めた肉野菜炒めモドキを載せたお店の看板ラーメンだ。

 ネット上には「(炒めた具が)半生っぽかった」などの書き込みもあり、たまたまなのかは不明だが食べたときはちゃんと火は通っていた。スープは炒めた具材から出た汁と混ざったのか濁っていたが、食欲が失せるようなニオイを発していたわけでもない。

 テレビではビートたけしに「キムチをドブ川に入れたような味」と絶賛(?)されていたが、不味いと腹を立てるようなものではなかった。同行した編集者も「ビックリする不味さだと思ったら意外とフツーでしたね…」と話しており、筆者の舌がおかしかったわけではないはずだ。

 だが、正直にそのことを原さんに話すと、「バカヤロー! そんなこと言われてもうれしくねぇんだよ!」と怒鳴られてしまった。

テレビ見て食べに来た客の中にもお前みたいに『全然不味くないじゃないですか』『結構いけますよ』とかぬかす連中もいたけど、こっちは日本一不味いっていうのをウリにしてんだよ。お前が言ったのは、ウチの店にとっちゃ営業妨害と同じだからな!」

◆常連客は意外と多かった?

 全国広しといえど、味を誉めて逆に怒られるというお店はまずないだろう。でも、彦龍にとってはこれが日常で、原さんに怒られたくて食べに来た者もいたようだ。

「ほかの店みたいに仕込みに何時間もかけないし、スープや具に凝ってるわけでもないからなぁ。それでもこんな店に通ってくれる物好きな客もいるんだよ(笑)

 不愛想っぽい見た目に反して話好き。また、1日10万アクセスを記録した人気ブロガーでもあり、ネット番組にもたびたび登場。今も健在ならきっとユーチューバーとして活躍していたに違いない。

 不味いラーメンを自らウリにしていた変わり者といえ、同時に多くの人から慕われていた原さん。彦龍は名店ではなかったのかもしれないが、愛すべき迷店ではあったようだ。<TEXT/トシタカマサ>

【トシタカマサ】
ビジネスや旅行、サブカルなど幅広いジャンルを扱うフリーライター。リサーチャーとしても活動しており、大好物は一般男女のスカッと話やトンデモエピソード。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。

―[店員が語る困ったモンスター客]―


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