北朝鮮で、数十万人の餓死者が出たとされる1990年代の大飢饉「苦難の行軍」時代を彷彿させる事件が起きた。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋によれば、事件が起きたのは今月1日午後11時頃のことだ。情報筋は具体的な場所に言及していないが、鉄道の線路上に設置された3300ボルトの架線が60メートルに渡り切断され、3日に復旧するまで鉄道の運行が中断する事態となった。

北朝鮮第2の都市である咸興には、重化学工場が密集しており、労働者の通勤、資材や完成品の輸送のために鉄道網が張り巡らされている。1986年に出された朝鮮地理全書によると、貨物輸送に占める鉄道の割合は90.7%、旅客輸送は74.8%で、鉄道が輸送全体に占める割合が極端に高い。それだけあって、3日間の停電が工場の操業に重大な支障をきたしたことは想像に難くない。

こうした事件は、「苦難の行軍」時代に頻発し、犯人は多くの場合、公開処刑となった。

この時代、人々は餓死を免れるためにありとあらゆるものを売り払った。家財道具に始まり、勤務先の設備、さらには公共の設備を盗んではカネにしていた。中でも良く狙われたのが、山中にある電線や電話線だ。人目に付かず盗める上に、中国に密輸すると高値で売れたからだ。

当局が、これを見過ごすはずもなかった。放置すれば、ただでさえぜい弱なインフラがズタズタになり、国家運営にいっそう深刻なダメージを与えるかねない重大犯罪と言えた。北朝鮮専門のニュースサイト・NK朝鮮の2001年3月23日付の記事で、脱北男性のキム・ウンチョルさん(32=同)は次のように証言している。

「最も記憶に残るのは96年、新義州(シニジュ)の飛行場近くにある公開処刑場で行われた除隊軍人の男女5人の公開銃殺だった。女性2人は20代後半の美人だった。男たちと一緒に電線を切って中国に売り飛ばして逮捕された。若い女性が杭に縛られ、銃で撃たれて死ぬ姿を見るのはものすごく気分が悪かった。電線を切ったのは大きな罪ではあるが、あのように殺す必要があるのかと感じた」

北朝鮮当局は、電線窃盗犯の悲惨な最期を見せつけることで、犯行を抑止しようとしたのだ。

今回の事件で当局は、道保安局(地方警察本部に相当)と中央検察所(最高検察庁)の指揮のもと、30数人からなる捜査班を立ち上げ、犯人を追っているという。

捜査班は、架線の重さが相当なものになることから、犯人は移動にかなりの時間を要したものと見ている。現場周辺にはトラックが通った痕跡、何者かが作業した痕跡が残ってはいるものの、容疑者を特定するような物的証拠は見つかっていない。

気になるのは、捕まれば死刑になる確率がきわめて高いにも関わらず、このような大がかりな犯罪が行われた背景だ。核兵器開発に対する国際社会の経済制裁に新型コロナウイルス禍も加わり、北朝鮮経済は息も絶え絶えなのかもしれない。それでも、「苦難の行軍」のような悲劇が再現されるようなことだけは、なければ良いのだが。

金正恩(キム・ジョンウン)氏