―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―


自民党5月26日ネット上の中傷や権利侵害への対策を検討するプロジェクトチームを発足。しかし、座長に就任したのが、安倍首相を批判した野党議員に対して「恥を知れ」と発言したり、たびたびその発言が議論を呼んでいる三原じゅん子議員であったために、危機感を示す人も多い

◆ホスラブ・アクチュアリー/鈴木涼美

 ホストやキャバクラの客が情報交換(という名の罵り合いや自作自演込みの暴露)をする通称・ホスラブという匿名掲示板があって、業界ではその掲示板を見ることすら恥とされるためか、掲示板で情報を得た人も「友達が言ってたんだけど」などと白々しい嘘をつく。

 匿名書き込みと一口に言っても両極端な典型があると私は思っていて、片方が嫌がらせやノイズ作りが主たる目的で、前述のように自分が書き込んだ事実が恥となるもの。もう片方は、内部リークや権力批判、セクハラ告発など、書き込んだ事実が不利益や実害をもたらすもの。

 当然、前者は発信が大きなノイズの中に溶け込むことを祈り続け、後者は内容が無視されないことを祈る。そして両者の間には、どちらの要素をも持つものがグラデーションのように横たわり、その曖昧さの許容が、自由に生きることの権利と条件であると私は信じている。

 ネット上で攻撃を受けていたとされる若い女子プロレスラーの死に直面し、時に過熱するネット上での誹謗中傷や嫌がらせについての議論が、飛び火しながら本格化している。パンデミックによる営業休止や解雇、学費未納などで苦しむ人への支援策は後手後手と批判された自民党は、議論が巻き起こってから一週間も待たずしてプロジェクトチームを発足させ、悪意ある匿名書き込みを抑止する制度改正を検討すると発表した。

 チーム座長についた三原じゅん子議員は「批判と誹謗中傷はまったく違うと示していく」「(批判は)何の問題も無い」としたが、自民党らしくないこの超スピード感に、政権批判の封じ込めや言論統制への匂いを察知している人は多い。

 匿名書き込みによる批判や誹謗中傷は、手紙やメールのように、伝えたい相手に直接向けられるだけでなく、その攻撃を不特定多数の眼前に晒すため、しばしば「公開処刑」などと揶揄され、自尊心の喪失や恐怖、羞恥など複合的なダメージを作って個人を追い詰めていく。公開範囲の広さとその暴力性は便所の落書きの比ではない。

 だからこそ、暴力が発生した際に迅速な情報開示ができる環境整備は必要だが、それを嫌がるとしたら、自分の書き込みが犯罪もしくは大恥と知っている人と、権力の暴走の歯止めが不十分で怖いと感じている人であろう。本来、規制はその怖さを取り除くべく、権力を縛るほうに向くべきなのだ。

 規制作りに多くの人が危機感を持つ理由は、三原座長自身が示している。彼女が「まったく違う」と断言する、維持されるべき批判と撲滅されるべき誹謗中傷の、誰もが納得する「違い」を説明できる者などいないからだ。

 嫌味を込めた批判、悪口に見せかけたエール、意に反した攻撃、それらで埋め尽くされたグラデーションの海を、彼女が断言するようにハッキリ白と黒に分けて規制する場合、私たちは正義と悪の基準を公権力に明け渡すことになる。言論の海に引かれる公的な線は最小限に留めるべきだし、三原座長には流行の韓国ドラマ『愛の不時着』でも見て、監視社会がどんな悲劇をもたらすのか勉強してほしい。

写真時事通信社
※週刊SPA!6月2日発売号より

【鈴木涼美】
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。
著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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