(黒井 文太郎:軍事ジャーナリスト

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 米国でのデモ騒動が急速に拡大している。

 その理由は複合的だ。もちろんその主な理由としては、黒人の人々が日頃から差別を受けていることに対する不満がある。米国の人種差別問題は、歴然と存在するからだ。したがって、こうした差別事案を引き金にした騒乱は、過去にも幾度となく発生していた。

 しかし、今回は拡大の規模が大きく、スピードも速い。そこで、まず「差別の存在に対する反発」という主要因を踏まえたうえで、今回の急速な拡大の他の要因を挙げてみたい。それは主に以下の3つである。

(1)ロックダウンで蓄積された閉塞感

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、ロックダウンが行われ、人々に閉塞感が充満していた。そのため、街頭デモの高揚感が、急速に人々に引火した側面があるとみられる。ただし、これはエビデンスが証明された話ではない。

(2)SNSの普及による群集心理

 SNSの普及で、人々が同質の意見に影響を受けやすくなっており、意見も行動も先鋭化しやすくなっている。そして、行動の呼びかけが拡散されやすく、人々が動員されやすくなっている。

(3)意見・社会の分断

 やはりSNSの普及によって、社会の分断が進んでいる。トランプ支持層とトランプ批判層の対立、白人至上主義・移民排斥といった主張と反人種差別・反グローバリゼーションといった主張の対立などが先鋭化している。

 こうした要素が、おそらくそれぞれシンクロしている。とくに上記の(2)と(3)はセットといっていい。それは昨年(2019年)に世界各地で吹き荒れた「反政府デモ」の流行の要素とも共通する(ただし、いずれもそれだけが要因ということではない。たとえば世界各地でのデモの高まりは、それぞれ固有の理由があり、固有の構造に基づいていることに留意する必要がある)。

デモの拡大と一部の暴徒化は地続き

 なお、今回の米国でのデモ騒乱で「誰が悪いか?」といえば、もちろん被害者ジョージ・フロイド氏を不当な暴力で死に至らしめたミネソタ州ミネアポリスの元警察官デレク・チョービン被告である。その犯人を速やかに摘発しなかった当局にも非がある。人々のデモに対して、一部の治安当局がかなり強権的な鎮圧をしていることも、非難に値する。

 治安当局の一部に強硬な態度がみられることは、治安当局者にトランプ支持層が多いとみられることが影響していると指摘する声もある。トランプ支持層の中枢は移民排斥などを支持する層で、その中枢は白人至上主義ともシンクロしている。警察などのこうした傾向は、米国社会ではこれまでも問題視されてきたが、トランプ政権下の社会分断で、より先鋭化した可能性がある。

 他方、デモに便乗して放火をしたり、略奪を行ったりしている暴徒も、それは明確に犯罪行為だ。彼らは政治的に正当な行動をしているとはもちろん言えないし、大多数の平和的なデモ参加者とは違う。

 しかし、デモ騒乱の拡大という現象を考察すると、デモの拡大と一部の暴徒化は別個の問題ではなく、リンクした問題だ。報道はどうしても「デモには正当性がある」「しかし略奪行為は非難すべき」という構図になりがちだ。それはそのとおりだが、両者はグラデーション(諧調的な濃淡)で地続きである。前述したように、正当に警察批判のデモを行う人々と、それに便乗して略奪を行う犯罪者はもちろん別の人々だが、実際の現象として後者が前者に便乗して騒乱が拡大していることは疑いない。その中間には、治安当局の鎮圧行動に対抗して、警察施設や警察車両を襲撃するような層が存在している。

裏にロシアの情報工作?

 そこで注目すべきは、平和的なデモが、これだけ大規模に素早い速度で各都市部での大騒動に転化していった背景だ。もちろんメインは人々の自発的な動きだが、それを誘引したものもある。

 たとえば、1つにはロシアの情報工作が考えられる。

 5月31日、元オバマ政権の国家安全保障担当補佐官だったスーザンライス氏がCNNで「自分の経験から言って、背後にロシアシナリオが含まれている」「彼らがSNSを使って過激派を扇動したとしても驚かない」「彼らが何らかのかたちで資金を提供していることを知っても驚かない」と語っている。

 こうした局面に、米国社会の分断を狙ったSNS工作を続けているロシア情報機関が、何もしないということはまず考えられない。まず間違いなく、SNSを利用した扇動工作は早い段階から実行しているだろう。

 しかし、ロシアの工作だけで、これだけのデモの大流行を誘引することは、おそらく不可能だ。ロシアの工作の効果は、デモ騒乱の要因の一部に留まるだろう。

 それよりも大きな役割を担ったのは、「アンティファ」(ANTIFA)と呼ばれる勢力だ。トランプ大統領5月31日ツイッターで「アンティファをテロ組織に指定する」と書いたことでも注目された。アンティファとはどういう「組織」なのか?

「テロ組織」とは言えないアンティファ

 アンティファは「アンチファシスト」すなわち「反ファシスト」の略称である。用語的には古く、第2次世界大戦直後のドイツで使用されたが、その後、右翼に反対する運動として使われた。

 人脈的には、1990年代末頃より反グローバリズム活動としてサミットなどの国際会議反対デモ暴動を盛んに行っていた「ブラックブロック」と呼ばれた黒シャツ着用のデモ実力行使系グループに近い。米国ではとくに1987年から2013年まで、まさに今回警察官による暴行があったミネソタ州ミネアポリスを本部に北米全域でネオナチ、白人至上主義運動、妊娠中絶反対運動などに反対する活動をしていた反権力・無政府主義派の「反人種差別行動ネットワーク」(ARA)というブラックブロック系の組織があったが、それが現代的な米国のアンティファ系列の運動の方向に大きな影響を与えたとみられる。

 なお、米国でアンティファという用語を最初に組織名に採用したグループの1つが、2007年にオレゴン州ポートランドで創設された「ローズ・シティ・アンティファ」といわれている。

 もっとも、アンティファの活動は2016年まではそれほど注目されていなかった。アンティファ2017年トランプ政権発足後に、むしろトランプ支持者のいわゆるオルタナ右翼の陣営が移民排斥、白人至上主義、同性愛排斥などを強く打ち出したことに対抗するかたちで、カウンターとして急成長したという経緯をたどった。とくにオルタナ右翼グループなどの人種差別的な街頭行動に対し、反論デモを組織するという活動を開始し、現場でしばしば両者は衝突した。

 ただ、アンティファは統率された組織体というものではなく、指導者やメンバー、綱領などが確立されているわけでもない。コアなメンバーは右翼との対抗では限定的な暴力行為も否定していないが、そこは各人それぞれ考えが違い、強硬か穏健かという尺度でいえば、こちらも様々だ。アンティファが主導する反右翼デモに賛同する人々の中には、あくまで非暴力を貫く穏健リベラル派も少なくない。

 もっとも、彼らのデモはときに暴徒的なものになるとはいえ、殺人や本格的な破壊活動を目的とするようなことはない。デモの過激化といった程度の範囲内であり、そういう意味では「過激派」と言えなくはないが、トランプ大統領が言う「テロ組織」にはあたらない。

 したがって、今回の件で、反対陣営から白人至上主義派に近いとみられているトランプ大統領が、一方的アンティファをテロ組織に認定しようとすることは、より米国社会の分断を促進することになるだろう。

「流行」はいずれ収束に向かう

 今回の米国のデモ騒乱では、警察の人種差別的な姿勢を批判する非暴力なデモ参加者から、過激な示威的行為を行うアンティファ、あるいはそれに近いメンタリティの参加者、さらにデモに便乗して略奪を行う悪ノリ犯罪者まで、さまざまな人々がいる。ロシア情報機関のSNS工作や、アンティファなどの人脈による扇動もあるだろうが、それだけでこれだけの大騒動までは急速に拡大はしないだろう。

 結局、冒頭で述べたように、原因は複合的なものだ。とくにトランプ政権下で進行していた社会の分断を背景に、ロックダウンの閉塞感が起爆剤になり、SNSで群集心理が扇動され、デモ現場の高揚感がさらなる騒乱を誘導していった現象とみていいのではないか。

 これは要するに「流行」現象ともいえる。そして、それはたまたま偶然に流行したわけではなく、流行の条件が揃っていたといえる。

 今はまさに大流行のフェーズだが、流行現象は長続きしない。今回、前述したデレク・チョービン元警察官は5月29日、「殺人の意図はないものの、きわめて危険な行為で殺人に至った」という第3級殺人罪で起訴された。有罪となるのは確実で、25年以下の禁錮刑となる。こうした状況となったので、いずれは人々の高揚感も薄れ、騒動も収束に向かうだろう。

 ただし、トランプ政権が一方的な立場から反対派をテロリスト呼ばわりしたり、軍の投入を拡大したりすれば、それが大きな反発を呼び、逆に流行を長引かせることになりかねない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  米国で勢力を広げる謎の組織「アンティファ」とは

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