新型コロナウイルス感染症の余波で急浮上した、学校の9月入学構想。しかし、議論が始まって1カ月余りで、2021年度からの導入は見送られる見通しとなりました。一方、下村博文・元文部科学相らは議員連盟を立ち上げて、引き続き導入を求める姿勢を示しています。感染拡大の第2波、第3波も懸念されており、再び休校措置が取られれば、いつ議論が再燃するか分かりません。

 ここで改めて、経緯やその狙い、課題を振り返っておきましょう。

一部知事に押され、首相が前向き

 発端は、3月以来続いていた学校の臨時休校が最長3カ月にも及ぶ見通しとなった、4月末にありました。それまでも、与野党で入学・始業時期を9月にずらす案が持ち上がっていましたが、一気に現実味を帯びてきたのは一部知事が声を上げてからでした。

 村井嘉浩宮城県知事が4月27日の定例記者会見で、政府に検討を要請したいとの考えを表明。翌28日の「日本創生のための将来世代応援知事同盟」(有志17知事で構成)緊急共同メッセージに盛り込まれました。

 これに、小池百合子東京都知事や吉村洋文大阪府知事、山本一太群馬県知事ら知事同盟メンバー以外からも賛意が示されると、安倍晋三首相は29日の衆院予算委員会で「前広(まえびろ)にさまざまな選択肢を検討していきたい」と発言。政府部内でも、関係省庁の次官級による具体的な検討が始まりました。ただし、同日開かれた全国知事会の会議では異論もあり、意見の一致を見ませんでした。

 それが5月に入って、日本PTA全国協議会(1日)、日本保育協会など保育関係3団体(20日)、全国市長会(25日)など関係団体から慎重な検討を求める意見が相次いだことで、徐々に風向きは変わっていきました。公明党のプロジェクトチームや自民党のワーキングチームで見送りを求める意見が強まると、安倍首相も「拙速は避けなければならない」(25日の記者会見)とトーンダウン。これにより事実上、見送りは決定的になりました。

莫大なコスト、覚悟はある?

 背景の一つには、4月の入学・始業を9月に5カ月間後ろ倒しすることで莫大(ばくだい)なコストが掛かることがあります。文部科学省は、家庭の追加負担が小中高校生で約2兆5000億円、大学生などで約1兆4000億円になるとの試算を国会で答弁。厚生労働省も、5カ月間で保育士1万7000人の増員が必要で、約1400億円の予算が必要になると試算しています。

 また、苅谷剛彦・オックスフォード大学教授(教育社会学)らの研究グループも、2021年度に小学校入学者の学年の区切りを再編すると、▽国全体で少なくとも2600億円の歳出拡大が見込まれる▽近年の倍率低下が懸念されている公立小学校の教員採用試験も、全国平均で1倍を下回る▽4~8月に全国で26万5000人の待機児童が発生する――などとする報告書を公表しています。

 9月入学への移行論は、休校が続いた学習の遅れを取り戻すとともに、グローバルスタンダードに合わせるという一石二鳥を狙ったものでした。しかし、それには行政や家庭ばかりでなく、半年近くの授業料収入を失う私立学校や新卒人材を確保しにくくなる企業、そして何より、移行期に教室不足や教員不足が起きた場合、その影響を直接受ける子どもたちなど、社会の広範囲に「痛み」を伴います。

「社会改革」(小池都知事)というからには、それだけの覚悟を持って「前広」に検討する必要があるということを、白日の下にさらした1カ月間だったと言えるでしょう。

教育ジャーナリスト 渡辺敦司

9月入学に関する提言書を公明党PTから受け取る安倍晋三首相(2020年6月、時事)