ぼくたちの離婚 Vol.15 夜と霧 #3】


 イベント企画会社勤務の仲本守さん(仮名/現在48歳)は、心を患っていた志津さん(仮名/現在43歳)と結婚。彼女からの束縛、被害妄想、癇癪に悩まされていた。夜、布団に潜ってプレイする携帯ゲームの『倉庫番』だけが唯一の精神的自由(詳しくは前回記事「親友からの結婚祝いも捨てる妻…『地獄の束縛』に夫が耐えたワケ」を参照)。しかし、それだけで仲本さんの抑圧は解消されなかった……。


アブノーマルポルノが抑圧のはけ口に…
「何がきっかけだったかは、覚えていません。志津が寝静まってからベッドを抜け出して自室にこもり、ネットで拾ったポルノ動画を無音で再生して自慰をするのが習慣になりました


 しかも、そのジャンルは少し変わっている。当初は「女子高生イジメもの」「断髪や剃毛を伴うSMもの」「ハードレイプもの」が中心だったそうだが、やがて性行為を伴わないハードフェチビデオや写真に手が伸びていった。



※写真はイメージです(以下同)



「包帯フェチ、ギブスフェチボンデージの拘束服、あとは……“全タイ”って知ってますか?」


 全身タイツ。光沢のあるタイツを頭まですっぽり覆う状態を見たり体験したりすることで性的に興奮する、フェチズムの一分野である。


女性の身体欠損の写真もたくさん集めました。海外サイトにはすごい写真が落ちてたんです


「身体欠損で性的に興奮した」と、仲本さんははっきり言った。


 人の性的嗜好をとやかく言うつもりはない。ひとつ言えるのは、仲本さんが挙げたポルノの共通点は概ね、ある種の支配欲と嗜虐心を満たすものばかりだということだ。これは、志津さんに抑圧され続けた日々の反動なのだろうか。


◆結婚生活で“スイッチ“が入った
「わかりません。こういうフェチジャンルの存在は20代の頃から知っていて、興味がなかったと言えば嘘になりますが、自慰に使ったことはそれまでに一度もなかったんです」


 その言葉を信じるなら、結婚生活で何らかの“スイッチ”が入ったことになる。


ハードフェチものの動画はネットに落ちていないので、通販でDVDを買うんですけど、普通のAVよりはずっと高い。1万円以上するのはザラです。ただ、家のポストに届くと大変なことになるので、会社近くの郵便局留めにして、昼休みに取りに行っていました」


◆「“狂人の嫁”と一生蔑まれる」
 この時点で、仲本さんは同棲から数えて7年近くの月日を志津さんと過ごしている。子供はおらず、作る予定もなかった。離婚という発想はなかったのか。


志津に自殺されるのが怖かったんです


 しかも仲本さんは結婚生活の地獄を、友人はおろか自分の両親にも一切相談しなかった。なぜか。


「志津に、私の病気のことは絶対に他言するなと厳命されていたからです。もし僕の両親や親族に知れたら、今後二度と法事や帰省で会うことができなくなる。狂人の嫁だと思われて、一生蔑(さげす)まれるからと言われて


無論、自分の両親や親族はそんな風に思わないと否定しましたが、私の母親がそう言ってるんだと反論されました。志津が高校生の時に家を出た母親です。志津の結婚が決まった時に、『あんたの病気のことは絶対に誰にも言ってはいけない。恥だから』と言われたと。自分の娘にそんなひどいことを言うだろうかと疑いましたが、この時の志津はいつものように怒るでも泣くでもなく、ただただ悲しそうでした。だから、妻の意思を尊重して誰にも漏らさなかったんです」



 なんと仲本さんは現在に至るも、自分の両親に志津さんの病気のことを言っていない。離婚の理由を説明していないのだ。


「妻の病気のことを誰かに話したのは、この取材を除けば、のちに僕がかかることになる心療内科の先生だけです」


 心療内科の受診。それこそが、長く苦しい結婚生活に終止符を打つきっかけだった。


◆弱音を吐いたら「共倒れになるからやめて」
「仕事で関わったあるプロジェクトがものすごいトラブルに見舞われ、僕のキャリアに大きな傷がつきました。このままこの業界にいても、たぶんもう二度といい仕事は回されない。それくらいひどい巻き込み事故に遭ったんです。ああ、僕の人生終わった。残りは消化試合だと絶望しました」


 ストレスで味覚が消え、頻繁な動悸に悩まされ、常に血の気が引いてるような状態が続いた。食欲がなくなって体重が5kgほど減り、髪の生え際がどんどん後退していった。しかし驚くべきことに、志津さんはそんな仲本さんを一切いたわらなかった。


「僕の体調不良は志津も察知していたんですが、『弱々しい姿を会社の部下に晒して憐れまれたら、みっともない』と叱られました。さすがにひどいと思い、いや、本当につらいんだと志津の前ではじめて弱音を吐いたら、拒絶されました。『私にそんなことを言われても困る。共倒れになるからやめてほしい。5つも歳上なのに情けないと思わないの?』って」


◆自傷行為を責められる
 ある週末、志津さんが休日出勤で仕事に出ている間、家にいた仲本さんは衝動にかられ、もらい物のウイスキーストレートで何杯もあおった。気分が悪くなってトイレで嘔吐。その際、わざと頭を壁やタンクにぶつけて自分を傷つけた。頭には無数のこぶ、額は腫れて真っ赤。そのままトイレの床で何時間もうずくまっていると、志津さんが帰ってきた。


「姑息な方法ですが、自傷行為を志津に見せつけることで、抗議しようという気持ちがありました。でも帰ってきた志津は、ウイスキーの瓶と僕を見て、ため息をつきながら“ほとほとウンザリ”という顔をしてきたんです。『そんなことする人だったっけ? なんなの、それ』と。僕は『ごめんなさい……』と、トイレの床に額をこすりつけて謝りました


いたわってくれなんて、今さら求めません。ただ一言、大丈夫? とだけ言ってほしかったんです。ただ何か優しい一言が欲しかった。それだけなんです……」


 仲本さんは言葉をつまらせた。


◆妻が心の病気だから離婚したんじゃない
「もう限界だと感じたので、近所の心療内科を電話予約して診察してもらいました。心療内科なんて生まれて初めてです。先生はすごくいい人で、焦らずゆっくり話してくれていいですよ、と。丁寧な相槌だけを打って、僕の結婚生活の苦しみを、最初から最後まで聞いてくれました。そして『明らかに異常だと思います。よくここまで頑張りましたね』と。どばっと涙があふれました」



 抗うつ剤を処方してもらった仲本さんは、すぐに薬を飲むため近くのデニーズに駆け込んだ。


「胃が弱っていたので、石窯ブールという小さなパンをひとつだけ注文しました。頬張ったら久しぶりに味がしたんです。ものすごく美味しくて……。同じものをさらに2つ追加注文して、ありったけ口に詰め込みました。ああ、味がする、味がするって。内臓に染み込んでいく気がしました」


 通院と投薬によって少しだけ冷静に物事を考えられるようになった仲本さんは、いっそ会社を辞め、まったく違う業種に転職する可能性を志津さんに伝えるが……。


やんわり今より収入が下がるのは困る』と言われ、『転職先の仕事がもし合わなくても、私に当たるのは絶対にやめて』と釘を刺されました。応援とか激励の言葉なんて一言もありません。悲しくなりました。


 その日の夜中、ベッドで何日か前の志津の言葉を思い出しました。『私にそんなことを言われても困る。共倒れになるからやめてほしい』。ああ、この人は“病人の僕”を捨てたんだな。僕は同棲期間を含めて7年間も“病人の妻”をケアし続けたのに、この人はケアなんて一切してくれないんだ。そこで悟ったんです。最初から圧倒的に不公平な結婚だったんだと」


 仲本さんは少し間をおいて、言い直した。


僕は志津が心の病気だから離婚したんじゃありません。僕が心の病気になっても救ってくれなかったから、離婚したんです


◆「あなたの大切なものは全部奪う」
 離婚の話し合いは壮絶を極めた。わめき、叫び、怒鳴り散らす志津さん。彼女の恨み節を、仲本さんは再現する。


あなただけが傷つかないのは癪(しゃく)だから、あなたも傷ついてほしい。仕事を今すぐ辞めて困窮しろ。あるいは、罰としてあなたの能力をまったく生かせない、かつ給与の低い仕事に転職して、慰謝料を500万払え。そう言われました。理由を問うと、離婚すれば私の人生はめちゃくちゃになり、私の情緒はさらに悪化してきっと会社を辞める羽目になる。あなただけのうのうと働き続けるのは不公平だから、と」



 すさまじい言い分である。


「あなたが仕事で成功するのは許せない。絶対に阻止すると、睨みつけながら言われました」


 しかも志津さんは、仲本さんの離婚後の人生にまで口を出してきた。


再婚は絶対に許さない。もし再婚したら、その相手を必ず見つけ出して、あることないことあなたの悪行を送りつける。あなたには絶対にわからない方法で。あなたの大切なものは全部奪う


 完全に脅迫である。激昂した志津さんはさらに続けた。


「あなたはきっと、心の病んでない普通の奥さんと結婚する。朗らかで美人な奥さんを。どうせすぐに相手が見つかるし、すぐに再婚する。それが許せない。あなただけが幸せになるのが絶対に許せない。だから傷ついてほしい。今すぐに、今ここで!! 早く!! そうヒステリックに急き立てました。


すごく怖かったし、すごく腹が立ちました。気が遠くなって倒れそうになりました。でも、ここで倒れるわけにはいかない。生き残るんだ、生き残るんだと、自分に言い聞かせました」


◆「話す価値のない、呆けた抜け殻」を演じる
 正攻法で立ち向かっては埒(らち)が明かない。そう踏んだ仲本さんは最終手段に出る。詐病(さびょう)を装ったのだ。


「志津に強く詰められた時、まともに答えるのではなく、『強いストレスで混乱し、ろれつが回らず要領をえない病人』を演じることにしました。いや、半分くらいは本当にそういう状態だったので、完全な嘘ではありません。同情を誘ってもどうせ無駄だと思ったので、『話す価値のない、呆けた抜け殻』に見えるよう、頑張って芝居しました。ずるい手を使ったと思います……」


 志津さんはそんな仲本さんの様子を見て「詰めても無駄」と感じたのか、当たりが徐々に弱くなった。離婚の話し合いは少しずつ進展し、その途上で志津さんは家を出ていくが、仲本さんに対する執拗な精神攻撃は続いた。


◆「夫がおかしくなったから離婚する」
罵倒メールと反省・謝罪めいたメールが交互に届くんです。『もっと苦しんでほしい』『私の人生を返せ』といった攻撃の2、3日後には、『私のような人間が誰かと結婚したのが間違いだった』『巻き添えにしてしまってごめんなさい』などと謝ってくる。これが何週間も繰り返されました。後になって、その時期の志津が、以前結婚パーティーに招待してくれた友人夫婦に対して、『守(仲本さん)が会社のストレスでおかしくなって私を口撃してくるので、やむを得ず離婚する』と伝えていたことがわかりました」


 やがて離婚が成立。トータル8年以上にもわたる仲本さんの地獄が、ようやく終わった。今から8年ほど前のことだ。


◆苦しむことはなにかをなしとげること
 仲本さんは3年前に再婚。子供はいない。今は幸せですかと聞くと、意外にも「うーん」と言いながら、少し遠い目をした。


今の奥さんは、気立てはいいけど“からっぽ”の人です。うん、幸せですよ。だけど僕、志津と結婚していた頃のほうが、今よりずっといい仕事をしてたと思うんです。あの地獄には二度と戻りたくないけど、あの時の方が僕の頭は確実に冴えていました。いい企画をいくつも立てたし、大きなイベントをいくつも仕切った。今は転職してイベントとは無関係の仕事をしていますが、正直、人生の第一線から退いた気分ですよ。あの頃のことは、すべて夢のように思えます」



 あの頃の自分が本当の自分だった、ということなのか。


「あの時、懸命に生きていた自分はもう戻ってこない。あの時の自分が本当の自分で今が抜け殻なのか、今が本来の自分なのかは、よくわかりません。今はぬるま湯の幸せなのかもしれない。なんだったら、人は苦しみ尽くすことではじめて何かを成し遂げられる。アウシュビッツ収容所を生き抜いた医者が書いた『夜と霧』って本に、そんな感じの一節があったと記憶しています」


 取材が終わり、翌日、仲本さんからメッセージが届いた。


「志津と結婚パーティーに行った時の写真が出てきたので送ります。15年くらい前ですが、当時の僕、今と違って痩せてたし、精悍でしたね。結構いい顔してるでしょ」


 写真には、仲本さんと出会った当初に比べてやや肉付きと顔色のいい志津さんと、対照的に青白く幽霊のように痩せ細った仲本さんが写っていた。意外だが、志津さんは温かみのある穏やかな表情を浮かべている。それに対し、仲本さんは睨みつけるような鋭い眼光でこちらを見つめている。


 一瞬、どちらが心を病んでいるのか、わからなくなった。


<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>


【稲田豊史】編集者ライター1974年生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。「SPA!」「サイゾー」などで執筆。
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