宮城県南三陸町歌津地区のガソリンスタンド経営者・三浦文一さん 東日本大震災による地震と津波で甚大な被害をうけた宮城県南三陸町。その中にある歌津地区で、がれきの山のなか、ぽつんとたたずむガソリンスタンドがある。経営者・三浦文一さんに話を聞いた。

 沿岸に位置する歌津地区は津波の被害が特に甚大だ。記者が訪れた5月上旬、復興からほど遠く、自衛隊のみが復旧活動にあたっていた。車の交通量は意外にも多かったが、道路も一部損壊したままで、交通整理員の姿がみられる。あたり一面がれきだらけで、言葉を失った。

 南三陸町対策本部によると建物1430戸のうち約7割にあたる996戸が津波または地震による被害をうけていることが3月16日の調査で判明。5月20日現在、64人の行方不明者と78人の死者をだしていることが明らかになっている。

 ガソリンスタンドは、そのようながれきが広がるなかにあった。スタンドの大部分は津波で流され、建物の骨組みだけが残っていただけ。記者が訪れた日に、水道がようやく通った。

 三浦さんは、震災から2日後の3月13日に店を再開した。自分の安全確保もままならず、電気やガスなどのインフラも復旧していない状況にもかかわらず店を開いた理由について、

「この店は地域の人が45年も支えてくれた。そんななか、震災があって地域の人はガソリンがなくて困っていた。病院にいけなかったり、遺体を捜せなかったり、40・50キロある火葬場にも行けなかったり。そしたら誰かがやらないといけないでしょ。建物はやられたけど、地下タンクにガソリンがあったし、まず第一歩。とにかく行動を起こしたかった」

と語る。以来、仙台に避難している三浦さんは車で3時間かけてガソリンスタンドに通う。営業時間は8時から15時まで。日曜日のみ休業。店は妻と二人で経営している。従業員は6人いたが、震災後まもなくして全員やめた。

「ついてこれなくって。それだけじゃなくて、給料払えません。社会保険かけられません。彼らにも生活かかっている。恨んではいない。むしろ彼らを支えられなかった俺の責任。それでも俺はやめない。地域のみなさんを困らすわけにはいかない。おれがやめると(ガソリンがなくて)陸の孤島になってしまう」

 そんな自らの信念を貫く三浦さんには、元気の源があった。演歌歌手・大江裕の「のろま大将」という曲だ。携帯を取り出し、聞かせてくれた。

 どじでのろまと嘲笑うけど、一生懸命生きてます――歌はこのような歌詞から始まる。

「いい歌詞だよね。おれは毎朝目覚ましにして聞いてるんだ。千里の道も一歩からだからだなと。そしたらその一歩は俺から踏み出してやろう。朝聞いて、『よっしゃー今日も俺はやれるぞ』ってなれるんだ」

と意気込みを見せていた。

松本圭司丸山紀一朗

宮城県南三陸町歌津地区のガソリンスタンド経営者・三浦文一さん