(舛添 要一:国際政治学者)

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 新型コロナウイルス感染者や死者の数を国際比較すると、台湾のように見事な対応をした国を除けば、日本は世界でも優等生の部類に属する。しかし、日本国内では、安倍政権の対応に厳しい批判が集まっている。

 市中ではマスクの値崩れが起こっているほど供給が過剰になっているのに、アベノマスクがまだ届いていない地域が多々ある。10万円の現金も休業補償も支給が迅速ではなく、生活のため、自粛要請があっても営業しなければならない店が出てきている。それが、夜の歓楽街での感染者を増やし、「東京アラート」の発動となった。新型コロナウイルスの感染で命を落とすか、生活費が枯渇して命を絶つか——そんな究極の選択を国民に強いるのはあまりに酷である。

検察は威信回復のため、河井案里議員の捜査を徹底的に行う

 欧米をはじめ諸外国では、強力な都市封鎖を行った場合には、迅速に生活支援を行っている。それに比べれば、日本では緊急対策の意味がなく、旧来の日本的官僚システムの悪弊が露呈している。ボトッムアップで対応すれば、時間はかかるし、責任が明確ではない。政治の力で、トップダウンによる決定こそが必要なのであるが、ぬるま湯の中で長期政権を謳歌してきた安倍晋三首相は、そのような創造的リーダーシップを発揮することはなかった。積年の病弊であり、それが国民の不満と不安をかき立てている。

 そして、重用してきた東京高検の黒川弘務検事長の辞任である。検察庁法に違反してまで任期を延長させた本人が、外出自粛中の賭け麻雀報道で身を引くことになってしまった。検察内部の権力闘争を含め、週刊誌報道に至る真相は不明であるが、安倍政権に対する信頼性を大きく損ねたと言わざるをえない。

 稲田伸夫検事総長が勇退を拒否し、河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反事件の捜査を指揮しているが、国会閉幕後には夫妻の逮捕もあると見られている。参議院の広島選挙区には、現職の溝手顕正議員がいた。

 彼は、2007年の参議院選で自民党が敗退したとき、防災大臣として、安倍首相を「過去の人」とこき下ろした。私は、当時参議院自民党の政審会長であり、この選挙で苦戦したが、溝手候補の応援に広島まで行っている。

 選挙後、安倍首相は敗退の責任はとらずに続投し、私は年金記録問題に対応するため、安倍首相から厚労大臣に任命されたが、溝手は安倍批判が影響したのか防災相の再任はなかった。

 このような事情をよく知っているので、昨年の参議院選挙で、官邸が河井案里候補を擁立した理由がよく分かる。建前は、「広島県自民党は二議席独占できる」というものだったが、実は岸田派の溝手を追い落とし、安倍側近の河井の妻を勝たせようという魂胆であった。

 河井案里候補側には、自民党本部から1億5000万円もの資金が提供され、それが買収資金に充てられたとみる検察は、党本部への捜査を開始し、担当職員が事情聴取を受けている。黒川辞任で権威が失墜した検察は、世論の支持を得るためにも、捜査の手を緩めることはあるまい。森友・加計問題に対応した官僚のような、忖度はないであろう。つまり、検察もすでに安倍政権を見限ったとみてよい。

内閣支持率も軒並みダウン

 国民もまた、安倍政権を厳しい目で見ているようだ。最近行われた主要メディアの世論調査によると、内閣支持率が軒並み下がっているのだ。

 毎日新聞世論調査5月23日調査)によると、安倍内閣支持率は27(-13)%、不支持率は64(+19)%となっている。この変化は驚きである。支持率30%台は黄信号、20%台は赤信号である。アベノマスクや休業補償などが届かないコロナ対策の不備に加えて、黒川検事長の辞任が大きく影響している。黒川検事長を「懲戒処分にすべき」が52%である。また、内閣支持率に連動して、自民党支持率も25(-5)%と下落している。これは、これまでの自民党なら、党内から首相交代論が出てくる状態である。問題は、石破、岸田という従来からの総裁候補はいるが、党内外の支持もまだ安倍首相には及ばないことである。

 5月23、24日に行われた朝日新聞世論調査もまた、毎日新聞と同様な結果を示している。内閣支持率は29(-4)%、不支持率は52(+5)%であり、これは2012年12月の第2次安倍内閣発足以来最低である。コロナ対策については、評価が30%、不評価が57%である。黒川辞任については、安倍首相の責任が「大きい」が68%に上るが、コロナ対策に加えて、この問題が支持率を下げていることは明白である。自民党支持率もまた、26(-4)%に下落している一方、無党派が48(+2)%と増えている。このような状況でも、野党の支持率が増えないのは悲しい現実であるが、安倍政権が危機に立っていることは否定できない。

 共同通信世論調査(29~31日)によれば、内閣支持率は39.4(-2.3)%、不支持率は45.5(+2.5)%である。元々、共同通信の調査では支持率は高めに出るが、毎日新聞朝日新聞の調査ほどは下落していない。しかし、それでも40%割れは2018年5月以来のことである。黒川処分についても、「甘い」が78.5%で、「妥当だ」は16.9%にすぎないし、再調査拒否などの首相の対応については、「納得できる」は22.3%で、「納得できない」が69.0%に上っている。コロナ対策についても、「評価する」は39.5%、「評価しない」が52.5%である。経済支援のスピードについては、「遅い」が81.2%で、「速い」はわずか12.5%である。これらの厳しい評価が支持率低下につながっていることは明白である。

 さらに衝撃的だったのは、産経FNN合同世論調査(30、31日)の結果である。内閣支持率は36.4(-7.7)%、不支持率は52.5(+10.6)%である。自民党支持率も29.6(-3.6)%と下落している。このメデイアは、安倍応援団の筆頭であり、そこでこの結果とは、相当に深刻である。黒川処分については、「納得できない」が80.6%、「納得できる」は14.8%である。コロナ対策については、「評価する」が43.6%、「評価しない」が49.5%である。

安倍首相の求心力が弱まっている

 このような世論調査の結果を総合すると、安倍退陣を前提として自民党内も動き始めているとみてよい。たとえば、9月入学は、コロナ対応の不備から国民の目をそらす目的もあって、官邸自らが打ち上げた花火のようなものであるが、結局は準備が整わないという理由で、安倍首相は撤回している。

 第二次補正予算(117兆円の追加対策)の内容についても、党の要求をそのまま受け入れるなど、官邸の力が低下しているのを感じざるをえない。つまり、安倍首相の求心力が弱まり、その分、自民党の力が強まっているようである。「政高党低」から「党高政低」へと、政治状況が変化しつつある。

 自民党議員の中には首相と心中するのは真っ平だという感情が蔓延しつつある。総理総裁を別のリーダーに替えて、自民党の支持率を回復させたいという心理である。小泉チルドレン、安倍チルドレンのように、首相の人気にあやかって当選した議員たちは、その神通力の消滅には敏感である。こういう状況こそが政権末期の特色である。

 さらに、「世界最大級」と誇る二次にわたる補正予算についても、幾つかの問題が指摘されている。

 まず、第二次補正予算案で10兆円という巨額の予備費が計上されていることである。予算は使途が明確であるべきで、これほど巨額の予算の使い道を政権に白紙委任するのでは、国権の最高機関としての国会の役割が無視されることになる。非常時とはいえ、国会の掣肘を受けない白紙小切手を発行するようなもので、官邸や役人の思惑で何にでも使えてしまう。東日本大震災のときには、被災地復興のための予算が沖縄の道路工事に使われたことを忘れてはならない。これこそ、政官業の癒着の元凶となりうる措置である。

 同様に、コロナで痛んだ業界を支援するGo Toキャンペーンの総事業費1兆7000億円の18%を占める3095億円が委託費として計上されているのも異常である。持続化給付金の再委託問題もそうである。

 以上の予算措置の三つの問題は、国民の見えないところで、政官業の癒着が進み、甘い汁を吸っている業者がいるということである。国民が、コネや賄賂が裏で横行していると疑っても不思議ではない。まさに、長期政権の膿が噴き出している。政策決定過程が極めて不透明になっている。

 10万円の現金支給について、オンライン申請を自治体が止めている。これなど、マイナンバーカードの設計そのものがミスだったことを意味し、役人の浅知恵の帰結である。民間の優秀な人材を活用することをしないと、5G時代に日本は世界から取り残されてしまうであろう。

 そのためには、日本の政治行政制度の抜本的な改革が必要であるが、安倍政権ではそれを実行するだけの国民の信頼を得ることは無理であろう。

 二階俊博幹事長と菅義偉官房長官が、猫の首に鈴をつける役目を果たすしかないのではないか。

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