破門と絶縁の違いは? 入社2週間で実話誌編集長にさせられて知った暴力団の基礎知識 から続く

 新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは―― 著作「潜入ルポ ヤクザの修羅場」(文春新書)から一部を抜粋する。

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初めての拉致

 編集長になってすぐ、私はさっそくこの編集長のパスポートを使うハメになった。受話器を取ると、いきなり「殺すぞ!」と凄まれた。

えっ? 誰を、ですか?」

「お前、責任者なんだろう」

「はぁ……一応」

「だったら決まってるだろう。お前だ!」

 山口組直参組織の若い衆は、『実話時代BULL』に連載中の実録小説に、我が親分を誹謗中傷することが書いてあるとがなり立てた。3ヶ月前に入社した私は、連載の取材に同行していないばかりか、当事者さえ知らない。私の頭にあったのは、とにかくさっさと片付けたいという一念だった。電話では埒らちがあかないと思ったので「会いませんか?」と持ちかけた。

「いい度胸だ」

「仕方ないんです」

「なんだと!」

「いや、こっちの話です」

 交渉の場は新宿京王プラザホテルのロビーに決めた。人の多い場所なら危害を加えられずに済むだろうと思ったからだ。問題の記事が載っている『実話時代BULL』を鞄に入れて地下鉄に乗った。せめて相手に会う前に、問題の記事だけは読んでおかねばならない。

「その連載は読んだことすらないんです」

 などと言えば、火に油を注ぐだろう。

 ムキになって飛び出したのはいいが、私は途方に暮れていた。弁護士会などがまとめた企業向けの暴力団対策本などをみると、私のとった行動は最悪のパターンとされている。

●1 暴力団とは1人で会わない

●2 要求には即答しない

 実体験から導き出された二大原則を無視したのだから、交渉がうまくいくはずはない。

テープレコーダーを取り出すヤクザ

 京王プラザに3人の男たちが入ってきたとき、特段、服装を教え合ったわけでもないのに、すぐそれと分かった。暴力団には特有の威圧感があると初めて知った。

 組員たちは同年齢で、ブカブカのジーンズに派手なチェックのシャツを着ており、アメリカのプロバスケットチームキャップを被っていた。3人組は私を見つけると、玄関先に横付けした車を差し、「これに乗ってくれ」と指示した。人目の多い場所で会えば安全だろう、という唯一の正しい選択はこうして水の泡と消えた。

 拉致された場所は同じ西新宿の、車でわずか1、2分の距離にあるホテルだった。意外だったのは、相手がテープレコーダーを取り出したことだ。いきなり直接的な暴力を行使し、恫喝してくると思っていた。録音するということは、とりあえず荒っぽいことはしないのだろう。私も自分のバッグからテープレコーダーを取り出した。組員たちは眉間に皺を寄せたまま渋い顔をしていた。

 表面上、組員たちは丁寧だった。要求は訂正文を載せろということで、これなら問題なく呑めると思った。編集部に連絡すると専務が電話に出た。

「訂正文を載せて欲しいとのことです」

Aさん(問題になった実録小説の主人公)に聞いてみるからあとで電話してよ」

 10分後、再び電話をした。

Aさんは書いてあることで間違いない、事実だって言ってるから断ってくれる?」

ヤクザと会社の板挟み

 仕方がないので、組員たちに「出来ないそうです」と伝えた。

 静かに喋っていた組員は態度を急変させた。テープレコーダーのスイッチを切り、またも「殺すぞ!」と凄んできた。「そう言われても……」「殺すぞ!」「私の判断でそれ以上は……」「殺すぞ!」「先方はそれで事実だと言っているらしいです」「殺すぞ!」

 恐怖心はあったし、監禁されていることも理解していた。ただなんの伏線もなかったので実感が湧かない。いくら怒鳴られても他人事のようで、自分自身を遠くから見つめているような感覚だった。初めてみるヤクザの恫喝はあまりに仰々しくて、理解が追いつかない。許されるなら笑いたかった。組員の歪んだ形相が書き損じのヤクザマンガのようだった。

 若い衆の三白眼を見ているうち、私同様、若い衆も親分の代理であり、「断られました」では帰れないのだろう、と気づいた。

「お互い、代理で交渉していても平行線ですよね。こっちは“うん”と言えないし、そっちも“分かった”とは言えない。最終責任者と話して下さい」

 組員は納得し、私を解放してくれた。

 翌日の午後、彼ら3人が改めて編集部にやってくることになった。社長は事情を聞き、「Aさんがそう言っているなら訂正文は出せない」と頑なだった。社員一同は社長がどう対応するのか興味津々でみていた。これまで数々の武勇伝をきき、尊敬していたからだ。

 翌日……組員たちが現れ、社長が出迎えた。昨日と同じ3人組だった。

「殺すぞ!」

編集部の電話に残されたポスト・イット

 社長はあっさり訂正文の掲載を承諾した。それも1ページの全面謝罪文だ。さじ加減のわからぬ私は、明らかに突っ張り過ぎていたのである。若い衆が帰るとき、「あんたもやるねぇ」と言った。賞賛をそのまま受け取るほどウブではないが、暴力団取材を続けていけるかもしれない、という希望は持てた。最初のクレームが直接的な恫喝を伴う厳しいものだったことは、私にとって最大の幸運だったろう。真綿で首を絞められるように徐々に難易度アップしていたら、途中で投げ出していたはずだ。実際、その数週間後、取材先から編集部に戻り、電話にこんなポスト・イットが貼ってあっても、あまり動揺せずに済んだ。

「用件=PM4時。●●組の▲▲様より電話有り。内容=殺すぞ」

 個人的な感想だが、暴力団は「殺す」という言葉を多用しすぎではないか? まるで挨拶のように「殺すぞ」と連続使用されると、言われる側も次第に麻痺してくる。

深夜の恫喝電話

 その後はしばらく無難な日々を送ることができた。外出が多かったので、ご指名の電話以外はほとんど出ずに済んだ。しかし夜中、1人で編集部にいると、そうもいっていられない。校了日という雑誌の最終締め切りの時をのぞき、夜中の電話はまず間違いなく、のっけから激しい怒声を浴びせられる。一番多かったのは、「××組長の電話を教えろ!」というものだった。もちろん断る。「偉そうなこと言いやがって。いまからそっち行ってやろうか? そのとき指を詰めたって遅いぞ。分かってるのか、この野郎!!」

 面倒になって電話を切っても、すぐまたかかってきて仕事が中断してしまう。飽きるまで恫喝してもらい、相手が満足するのを待つのがベストだ。反論するなど愚の骨頂である。台風は身を潜めて過ぎ去るのを待つしかない。

 一番困るのはポン中――覚せい剤を使用している……と推測される相手からの電話である。のっけから聞き慣れない周波数で怒鳴っているし、言っていることが支離滅裂なのですぐそれと分かる。

「この前の5月号……一番最初に●●が載ってたよなぁ?」

「そうです」

「今月、6月号を買ったら、また●●の同じ写真があってよう、記事もそっくり同じじゃねぇか。ふざけるな、殺すぞぉぉ!」

「たぶん……書店に在庫があって、同じ5月号を買ったんじゃないですか?」

「俺が買ったのは6月号だ!!」

 こんなときは意識を取材目線に変えるのがいい。どんな恫喝も後々なにかに使えると考えメモを取っていると、精神的なストレスが少なくて済む。それにポン中の電話は内容が突飛で面白い。100回生まれ変わっても創作できない類の話が多くて飽きない。

マイケルジャクソンと会合中に電話をくれるHさん

 毎週木曜日の午前3時、決まって電話をかけてくる常連に「ノーベル暴力賞受賞のHさん」という人がいた。これほど世界的に有名な俺をなぜ取材しないのか、とHさんは毎回怒った。反面、気がいいところもあって口が軽かった。住所も電話番号も、そして所属している組織も教えてくれた。どうせ適当だろうと思って裏を取ったら本当で、その組織は薬局(覚せい剤を密売する組織をこう呼ぶ)として有名だった。

 Hさんの電話は怯えたり怒鳴ったりを周期的に繰り返し、平均1時間ほどで切れるのだが、あるとき「いまマイケル・ジャクソンと一緒なんだ。ちょっと待ってろ」と言われた。「ポゥ! ポゥ! ウァオ!」

 なぜ録音しておかなかったのか今でも悔やむ。

(鈴木 智彦)

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