コーチビルダーが生んだ1台のプロトタイプ
フランスの中西部、トゥールの郊外に簡素なファサードを持つ建物ある。欧州のクラシックカー・ファンには、よく知られる場所だ。
この屋根の下にはドミニク・テシエが主宰の、アトリエ・オートモビルズ・アンシエンヌズ、通称3ADTのワークショップが入っている。われわれが訪問すると、1953年製のドライエ135MS CLスペシャリエのプロトタイプが待っていた。
この数ヶ月前、取材のためにドミニク・テシエへ電話をし、Eメールで何枚かの写真を送ってもらった。1台限りのドライエに、編集部は強く心を奪われた。
美しい姿が脳裏から離れることはなかった。クルマに秘められた物語も、今まで表には出ていない、興味深いものだった。
この1台のドライエを調査してくれたのは、自動車史を専門とするウィルフリッド・リロイ・プロスト。過去のアーカイブを掘り下げ、20世紀に名を刻んだ、ドライエとファセル・ヴェガ、ファジェ・ヴァルネとのつながりを明らかにしてくれた。
この3社で最も知られていないものは、ファジェ・ヴァルネだろう。かつてフランス各地に存在していた、コーチビルダーの1つ。ジャン・ファジェと、アンリ・ヴァルネの2人によって立ち上げられた。
パリ郊外のルヴァロアを拠点に活動し、上質なコーチビルドだけでなく、軍用車や商用車のボディ製造を得意とした。同時に、シトロエンやパナールなどの下請けもしていた。
創造力に長けたファジェ・ヴァルネ
ファジェ・ヴァルネの隠し技と呼べたのが、発明ともいえる創造力。1948年に、1010鋼板で総スチール製のフレームを生み出した。
この技術を活かし、木製フレームから先の制作へ進むことが可能となった。生産性は向上し、費用も大きく削減することができた。
軍事用車両の生産プロセスを、民間モデルへも投入したファジェ・ヴァルネ。未来の技術といえた、モノコックボディ構造の入り口を垣間見せることにもなった。
ボックス構造のフレームは、クーペだけでなく、カブリオレにも展開が可能だった。これらの技術を活用し、ドライエ社向けの特注ボディの生産を請け負った。
推定では、1948年から1951年にかけて6台のドライエ135カブリオレ、1948年から1953年にかけて5台のドライエ135クーペ、1951年にはドライエ235クーペを1台製造している。
他方で、フランスを代表する高級車メーカーだったドライエ社。革新的なシャシー技術と、134と138スーパー・ラックスに採用した独立懸架式フロント・サスペンションの高い評価で、1930年代には黄金期を迎えていたブランドだ。
実際、ドライエ社製のシャシーは、当時の著名コーチビルダーの多くが採用するほど。例を上げると、レトゥノール・エ・マルシャンやシャプロン、フィゴーニ・エ・ファラッシなど、そうそうたる名門が並ぶ。
エンジンとシャシーはドライエ135MS
1936年のパリ・サロンで圧倒的な注目を集めたのは、フランスのコーチビルダー、フィゴーニ・エ・ファラッシ社のロードスター。ドライエ社製の、ホイールベース2700mmの短いシャシーを土台としていた。
ボディは、著名なイラストレーター、ジェオ・ハムのドローイングに触発され生み出された。圧倒的に美しいスタイリングを持ち、驚くほどの価格が付けられた。政治家で実業家のアーガー・ハーンが、最初のオーナーとなった。
ところが、ドライエ社は数多くの事業不振を抱え、ファジェ・ヴァルネ社を巻き込んで勢いを失いつつあった。1947年のパリ・サロンではドライエ・タイプ175を発表。1954年には最後のタイプ235を発表するが、同年の7月29日、ホッチキスによってドライエ社は買収されてしまう。
ドライエが急降下していた1953年、ファジェ・ヴァルネは、今われわれの目の前に停まっている美しいプロトタイプの制作をスタートさせた。1949年製のドライエ135MSのシャシーとエンジンを用い、コタルMK35と呼ばれる電磁トランスミッションが組み合わされている。
ボディのコーチワークを進める中で、ファジェ・ヴァルネ社はファセル社へ連絡を取る。ボディパネルの在庫を確かめるために。そこで出てきたのが、フォード・コメット用のボディ。手を加える素地とした。
ファセル社は、メタロン社も立ち上げたジャン・ダニノが1939年に設立したメーカーだ。1950年代初頭、上級クーペのファセル・ヴェガはまだ誕生していなかった。
ベースのボディはファセル社から調達
ステンレスや軽量なアルミを専門としていたメタロン社は、第二次世界大戦が起きると、アメリカの航空機用部品の製造を行った。戦争が終わると、1945年にダニノはファセル社とメタロン社を合併。自動車製造と航空宇宙産業を股にかける、新しい業態となった。
シムカやドライエ、フォードなどと業務契約を取り付けたファセル社。1951年、フォードはフランスで、そのコメットを発表している。
2.2Lという小さな排気量のV8エンジンを搭載するコメット・クーペは、1950年の設計。流れるようなルーフラインは、ダニノが個人用に制作を進めていたベントレー・クレスタIIを想起させる。
特徴的なルーフに、大きく口を開いたようなグリル、二段に重なったヘッドライトにエアインテークの付いたボンネット。トップグレードのコメット・モンテカルロは、1954年に登場するファセル・ヴェガを予感させるデザインをまとっている。
ファジェ・ヴァルネ社は、フォード・コメットの要素に手を加え、135MS CLスペシャリエ・プロトタイプの制作を進めた。コーチビルダーとしての個性を付加し、美しい1台のプロトタイプを仕上げた。
最もわかりやすいのは、クロームメッキされたヘッドライトリング。後のファセル・ヴェガのトレードマークへと昇華していくデザインでもあった。
この続きは後編にて。
■ドライエの記事
ドライエ135MS CLスペシャリエ・プロトタイプ
■ファセルの記事
ドライエ135MS CLスペシャリエ・プロトタイプ
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