(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役

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 1918年から1920年に流行したスペイン風邪は全世界で患者数約6億人に達し、2000万人から4000万人が死亡した。

 その後の研究により、スペイン風邪は元来鳥類を中心に保有されていたウイルス(A型インフルエンザウイルス)がヒトや他の動物へと感染が拡大する中で遺伝子を大きく変化させ、現在知られている香港型やソ連型に変異してきたと報告されており、今さらながらに新型コロナウイルスとの類似点に瞠目せざるを得ない。

 しかも、スペイン風邪流行のピークは冬の時期を中心に3年間にわたり毎年繰り返され、少なくとも最初の2回は日本国内だけでも死者4000人以上という甚大な被害を出したことに注意が必要である(下のグラフ)。

 つまり、ウィズコロナアフターコロナによる経済の混乱と低迷は少なくとも今後2年以上は続く可能性が強く、ヒト同士が接触する飲食業、観光業、航空、鉄道などの旅客業やそれらに関連が深い業種は年単位での不確実性に向き合うことを覚悟しなくてはならないだろう。

 そんな中、最近話題になっているのが、主に大企業が主体となって推進している、テレワークを前提とした「半分在宅」や社員の「副業」解禁といった、アフターコロナ時代の新しい働き方の導入である。

 特にテレワークを前提とした「半分在宅」は、前回の連載(「デジタルで一変する『コロナ後』ニューノーマルの姿」)で紹介したように運用次第では経営者・従業員の両者にとってWin-Winとなる取り組みである。

 しかし、著者は、特に経営サイドが組織マネジメントの舵取りを誤ると、企業の持続的発展に大きなリスクを抱え込んでしまいかねないことを肝に銘じるべきであると考えている。そこで今回は、アフターコロナ時代、企業が打ち出す働き方のニューノーマルに潜むリスクとその処方箋について、社員の視点と経営者の双方の視点から考察してみたい。

大手企業が主導する働き方のニューノーマル

 今年(2020年)4月の緊急事態宣言以降、社員の「原則在宅勤務」(工場での生産や社会インフラ維持に関わる社員を除く)を続けている日立製作所(以後:日立)は、2021年4月から社員3万3000人の約7割を週に2~3日は在宅勤務にすると発表した。

 日立は世界共通の人材管理基盤構築(2011年~)や職務を明確に定義した上で管理職を対象に適材を配置・処遇する「ジョブ型」人材管理(2014年~)など、グローバル市場を見据えた攻めの人事施策の導入で定評がある

 日立は在宅勤務の比率を50%に設定した。なぜ50%かというと、日立の米国の子会社IoTラットフォーム「Lumada(ルマーダ)」のグローバルソリューションを推進する日立ヴァンタラ社(Hitachi Vantara Corporation:本社カリフォルニア州サンタクララ)が平時でも在宅勤務が6割程度を占めていることや、緊急事態宣言以降の在宅勤務の成り行きを加味すると、日本でも5~6割の「半分在宅」は可能であろうという判断があったと言われている。

(参考)「日立が『半分在宅』を新常態に」(「日経ビジネス2020年6月8日

「半分在宅」と並行して、日立では「光熱費マスクなどの費用として全社員に月3000円の手当の支給」や「モニター作業用の机などの備品購入の補助」といった福利厚生の追加を行ったり、押印の電子化など業務ルールの見直しを進めたりするようだ。

 時を同じくして富士通も、緊急事態宣言が全面解除された後もオフィスへの出勤率を最大25%に抑えると発表した。社員の出勤を必要最小限にとどめ、原則在宅勤務を継続するほか、クライアントとの面談・打ち合わせについてもオンラインによる遠隔での実施を推奨、海外や国内の遠隔地への出張も原則禁止する方針という。

(参考)「富士通、在宅勤務を継続 出勤率25%に」(「日本経済新聞2020年5月25日

 富士通コロナ以前の「平時」においても、事業拠点や民間のシェアオフィスを社員のリモートオフィスとして機動的に活用することが社員の働き方として定着しており、経営の大胆で迅速な判断の背景にはそういった日頃からの積み重ねがあったことを忘れてはならない。

 またこれらの動きに追随する形で、通信の最大手であるNTTグループも総務や人事など管理部門や研究開発部門を対象に、在宅での勤務の比率を50%以上にする方針を示した。

大企業でも導入が加速する社員の「副業」

 もうひとつの働き方のニューノーマルが「副業」である。実は副業解禁を加速するきっかけ(注)となったのは、2018年1月の厚生労働省による2つの発表、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」と、企業が就業規則などを作る際の雛形になる「モデル就業規則」改訂版だった。

(注)日本でもリクルートロート製薬、ITのサイボウズなど数少ない企業では2018年はるか以前に「副業」を解禁している。

 特に後者の「モデル就業規則」改訂版では、労働者の遵守事項の「許可なく他の会社などの業務に従事しないこと」という規定が削除され、実質的に社員の副業や兼業が容認されたのである。

 以降、大企業では、社員のスキルアップだけでなく、優秀な社員の引き止めやリクルート対策などの目的で、新生銀行(2018年4月)、みずほフィナンシャルグループ2019年6月)、アサヒビールライオン(ともに2020年1月)が相次いで社員の「副業」を解禁してきた。

 また2020年2月には、大日本印刷、パーソルキャリア、富士通が主体となり、丸の内のビジネスパーソンを対象に「副業」の希望者をマッチングするサービスの実証実験を行っている。

 緊急事態宣言後の動向をみると、中小企業が売上の急激な減少の中で社員の雇用を守るため社員の「副業」容認を先行させている。だが、大企業でも冒頭に述べた、ヒト同士が接触する飲食業、観光業、航空、鉄道などの旅客業などの業界では、年単位での給与・賞与減少による優秀な社員の流出を防止する目的で「副業」を積極的に容認するケースが増えることは自然な流れだろう。

社員から見た「半分在宅」「副業」のチャンスとリスク

 それでは、アフターコロナ時代、企業が打ち出す働き方のニューノーマルに潜むチャンスリスクはどんなものがあるだろうか?

 まずは社員の視点から見ていきたい。

 チャンスについては、「半分在宅」の恩恵で「長く不快な通勤時間」や「参加する必要のない会議」から解放されることによって、仕事の生産性が大きく上がる(個人的に感覚ベースでは30%以上と思われる)。

 効率化によって空いた時間で「副業」が可能になり、「パラレルワーカー」として社員が収入を大きく増やすことが可能になる。

 しかも、バイネーム(by Name:指名)で仕事が舞い込むような特に優秀な社員は「副業」を通じて人脈や自らの評判の拡大という好循環を呼び込むことで、さらに自分自身のブランド力の向上が期待でき、キャリアアップのための転職も容易になるだろう。

 逆に社員の側が注意しなければいけないのは、人事制度、中でも評価・報酬制度とニューノーマルな働き方とのミスマッチ(軋轢)である。

 日立のように「ティール(進化)型」の組織のお手本が身内の米国グループ会社に存在し、なおかつお膝元でも職務の明確な「ジョブ型」の人材管理が定着・浸透していれば、「評価と報酬のものさし」がオープンであることが保証され、会社と社員の間でミスマッチ(軋轢)は起きにくい。しかし、日本の企業の多くは旧態依然としてマネジメント職が部下を管理する「ヒエラルキー(階層)型」のままである。緊急事態宣言下にも売上達成が目標(ノルマ)として残り、さらに悪いことにはリモートワークマネジメント職と部下の社員の直接的なコミュニケーション量が低下傾向にあるというのが実情だろう。

 社員自身すら自分の持つ本来の力を100%発揮できているかどうか懐疑的な中で、「あいつは副業に精を出しすぎて本業がおろそかになっている」と悪い噂が立つようなことがあれば、その社員の人事評価もマイナス方向にバイアスがかかり、結果として仕事に対するモチベーションも大きく低下してしまうおそれがある。

試される大企業の組織マネジメント

 同時に企業の視点で見た場合にも、働き方のニューノーマルにはチャンスリスクがある。

 まずチャンスとしては、労働生産性の向上や大部屋型からフリーアクセス型にオフィス環境を刷新することによるオフィス費用の大幅削減など直接的な経済メリットである。

 一方、リスクは何か? ブランドやCX(カスタマーエクスペリエンス)の専門家である著者の視点からは、企業の「ブランドとしてのアイデンティティの希薄化」と社員に対する「従業員体験(EX:Employee Experience)の低下」に最大限、大きなアラートを鳴らしておきたい。

 長く終身雇用を前提としていた日本企業の場合、マネジメント職や先輩社員が若い社員に背中を見せ、半ば暗黙知の形式で「その企業ならではのフィロソフィの実践」や「独特な価値提供のあり方」について時間をかけて伝承してきた。この伝承された無形資産こそがまさに企業の「ブランドアイデンティティ」であり、それを要素別に因数分解したものが「ミッション」や「パーパス 」(企業の社会的な使命、存在理由)、「ビジョン」(ありたい姿)、「バリュー」(組織として大切にする価値観)などである。

 さらにWebExやZoomなどデジタルウェブ会議システムでの画一的なデジタル空間が社内コミュニケーションのプラットフォームになり、会社組織としてリアルな場でのイニシエーションや成功体験の共有の機会が少なくなることで会社が社員に提供する「従業員体験(EX)の劣化」に懸念の目を向けなくてはならない。

「従業員体験(EX)の劣化」は経営の意思に共感し「自分ゴト化」できる社員の減少、「働きがい」(会社に自発的に貢献したいと思う気持ち)の低下、「チームビルディング」(チームでより高い目標にチャレンジしようという前向きな意欲)の衰退につながる。

ブランドアイデンティティ」が希薄化し、同時に「従業員体験(EX)」が劣化した組織が行き着く先は詰まるところ、組織としての「求心力の低下」であり、優秀な人材の流出が企業の競争力の低下に直結するにはさほど時間がかからないと推察される。

 AI、IoT、5Gの最先端テクノロジーが生活に溶け込み、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進行する中で、現状維持かそれを下回るパフォーマンスしか期待できないことは、企業にとって衰退や市場からの退場を意味するのだ。

「組織としての求心力低下」を避けるには?

 それでは「求心力の低下」を避けるために企業が意識して取り組むべきことは何か?

 短期的には、企業の経営者が変化に晒される社員の気持ちに寄り添い(Empathy=共感がキーワードである)、経営者自らの言葉で経営方針を発信することだ。新型コロナの危機を正面から受け止め、リーダーとして会社を引っ張る気概や胆力はあるのか。危機の時にこそ、経営者の地金が試されるし、社員の魂に響く言葉だけが社員を奮い立たせるのである。

 そして中長期的な処方箋としては、「インターナルブランディング活動」の反復と実践がカギになる。インターナルブランディングというと、中期経営計画の見直しや周年記念のタイミングで一過性的にしか行われないケースが多いが、この活動を経営主導で通年の活動に格上げする。

 どの企業にも創業者が創業時に抱いた理念や大切にすべきフィロソフィがあるはずだ。また長い企業活動の中で資産としてストックされて来たDNAやファクトも棚卸しして、アフターコロナ時代に何を残し、何を捨て、そして何を付け加えるのかを全社員を巻き込む形で真剣に、かつ継続して議論すべきだ。

 自社の差別化の源泉となるブランドについて真剣に考え議論したり、ストーリーリングしたりする社員が増えることで、社員間で「自分ゴト化」が進み、「働きがい」を高めるための知恵も生まれ、さらには「チームビルディング」でより高い目標にチャレンジしようという発奮心も生まれてくるのだ。

 参考になるのが、インターネットインフラ大手で、在宅勤務への移行も2020年1月27日と極めて早かったGMOインターネットの取り組みだ。同社が毎週月曜日に開く定例の幹部会(熊谷正寿会長兼社長ほか150人の幹部がZoom上で実施)では社是・社訓に当たる「スピリット・ベンチャー宣言」が幹部社員によるリレー方式で読み上げられる。

 またGMOインターネットでは、従業員間のコミュニケーションの取り方についても、業務上のやりとりだけではなく、雑談や飲み会の実施も推奨される。飲み会も含むウェブ会議ツールZoom、雑談含む業務用チャットツールChatwork、仕事の案件管理システムは自社開発のTask Managerと目的別にツールシステムを使いこなすことでマネジメント職と社員、社員同士でコミュニケーションが活性化する工夫がなされている。

ブランドアイデンティティ」と「従業員体験(EX)」は組織としての「求心力」をキープし続けるための重要なファクターになっているのだ。

(参考)「GMOインターネット 在宅で先手、会社が変わる」(「日経ビジネス2020年5月4日

 経営者の多くは、新型コロナ緊急事態宣言下で痛んだ業績をV字回復させるために、自社の商品やサービスニューノーマルにいかにフィットインさせるかという形で、どちらかといえばお客さま体験(CX)の再構築の側に目先が行ってしまいがちである。しかし、これは残念ながら一昔前の「株主資本主義」の発想だ。そのこと自体は間違いとは言い切れないが、世界的な流れはコロナ危機が起きる前からESGやSDGsの追い風を受けて、社員を含む「ステークホルダー資本主義」へ急速にシフトして来ている。

 企業としてインパクトがより大きいのは、アフターコロナの「組織マネジメント」をどうするかという、もっと足下の課題であることを経営者は早く気がつくべきである。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  デジタルで一変するコロナ後「ニューノーマル」の姿

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2021年4月から「半分在宅」を導入する日立製作所が毎年実施している「Hitachi Social Innovation Forum 2019 Tokyo」にて。背景のパネルはレゴ認定プロビルダーの三井淳平氏の作品(著者撮影)