千葉大学大学院社会科学研究院 小林弦矢 准教授、菅澤翔之助特任研究員(東京大学空間情報科学研究センター 講師 兼任)、株式会社Nospareからなる研究グループ(千葉大学グローバルプロミネント研究基幹次世代研究インキュベータ 「小地域」)は、COVID-19流行下での日本政府の緊急事態宣言による行動変容の効果の推定と今後の感染の流行予測のため、統計モデルを用いて国内の感染症データを解析しました。
 その結果、感染の流行を抑え込むには外出自粛などの施策の継続期間を保つことと特に終了後の感染率の水準を低く保つことが重要であると定量的に示されました。更に、緊急事態宣言の後では宣言前と比較して40%から50%の感染率が低下したと推定されました。本研究成果は学術誌「BioScience Trends」に2020年5月28日にオンライン公開されました。

  • 研究の背景
 新型コロナウイルス感染症の対策のため、4月7日に日本政府は緊急事態宣言を発出しました。宣言の発出後に新規感染者の増加は落ち着きましたが、休業要請や外出自粛等により社会・経済は大きな打撃を受けました。第二波の発生が懸念されるなか、今後の対応を検討するためにも緊急事態宣言の前後での人々の行動変容の効果がどれほどのものであったのか、また宣言が解除されたあとに感染者数がどのように推移していくのかを予測しておくことが重要であると考えられます。
  • 研究の方法
 本研究では、疫学でよく適用されるSusceptible-Infectious-Recovered(SIR)モデルとベータ分布とディリクレ分布からなる状態空間モデルを組み合わせた柔軟なモデル「状態空間SIRモデル」(詳説参照)を用い、ベイズ統計学の枠組みでマルコフ連鎖モンテカルロ法を用いて解析しました。
 解析には2020年3月1日から宣言発出2週間後の4月22日まで(以下、「期間1」)のデータを用い、その後さらに5月18日まで(以下、「期間2」)の感染状況のデータを用いて同予測モデルの検証を行いました。予測には、外出自粛等の介入施策が継続した日数(𝑇∗)、介入後の感染率の低下度合(𝑐)、施策の終了後の感染率の水準=長期的な感染率(𝑐∗)の3つのパラメータを組み合わせたシナリオを用いました。これにより、緊急事態宣言の前後での行動変容の効果推定と長期的な感染流行の推移予測とを行いました。
  • 研究の結果1:感染流行の予測とその変化要因
 まず、期間1のデータを基に4月23日以降の感染者率の推移を予測しました。その結果、行動変容の効果が大きい(𝑐の値が小さい)ときでも、施策の継続日数が短い(𝑇∗の値が小さい)とピークが遅れるものの感染者率は増加し、8月頃に流行のピークを迎えると予測されました(図1)。
 また、施策の終了後の感染率(𝑐∗)の違いで流行の変化を予測し比較したところ、感染率の低下度合いが大きな施策を比較的長く実施したとしてもその後の感染率の水準が0.9程度では、小さいながらも感染流行の第二波が発生する可能性があるということが示唆されました(図2)。
 続いて期間2のデータを基に同様の予測を行いました。その結果においても、今後の流行の推移が外出自粛等の介入施策の継続日数(𝑇∗)と施策の終了後の感染率(𝑐∗)の値の組み合わせに依存するということがわかりました(図3)。介入施策の継続日数が短いと一定期間後に感染率が上昇し感染者数が再度増加する可能性があることが示唆されましたが、一方で施策の終了後の感染率を抑える(𝑐∗の値を小さくする)ことによって今後の感染拡大を抑えることができることもわかりました。このことから、流行を抑え込むには特に施策の終了後も長期的に感染率の水準を低くする(𝑐∗の値を小さくする)ことが重要であることが統計的にも示されました。

図1:施策の継続日数𝑇∗の違いによる流行予測の変化。[期間1] (灰線は施策の効果を無視した場合の点予測,黒・赤・青の実線はそれぞれの𝑐の値に対する点予測,点線は予測の不確実性を表す95%予測区間の上限,垂直の線は施策終了の日付)
図2:施策の終了後の感染率の水準を表す𝑐∗の値の違いによる流行予測の変化。[期間1] (灰線は施策の効果を無視した場合の点予測,黒・赤・青の実線はそれぞれの𝑐の値に対する点予測,点線は予測の不確実性を表す95%予測区間の上限,垂直の線は施策終了の日付)
図3:施策の持続を表す𝑇∗の値の変化による流行予測の変化。[期間2] 各パネルにおける5月18日までの期間の黒点は実測データを示す。
 続いて予測モデルを検証するために期間2のデータを用いて、介入後の感染率の低下度合𝑐の推定を行いました。その結果、介入施策中の感染率の低下度合(𝑐)は0.5から0.6であったということが定量的に示されました。つまり、感染率は外出自粛等の施策による人々の行動変容により、それらが無い時と比べて40%から50%ほど減少したと考えられます。
 また流行を収束に向かわせる要因を検討するため、基本再生産数(自然状態で1人の感染者が平均的に何人に感染させるかを示す)と実効再生産数(介入施策などによる行動変化を考慮して1人の感染者が平均的に何人に感染させるかを示す)を推定しました。その結果、基本再生産数の推定値はおよそ1.4から1.5との結果になったのに対し、介入の効果を考慮した実効再生産数の推定値は0.81から0.88の間でした。これらの結果から、緊急事態宣言下での外出自粛などによる行動変容には一定の効果があったということが推定されました。再生産数は1を下回ると感染流行が収束に向かうと考えられています。
  • 詳説 –状態空間SIRモデル-
 本研究ではSusceptible(感受性保持者)-Infectious(感染者)-Recovered(免疫保持者)(SIR)モデルと状態空間モデルを組み合わせた状態空間SIRモデルを用いました。
 SIRモデルは疫学でよく適用される微分方程式からなるモデルですが、決定論的なモデルであることから、確率的な変動をする現実の観測データはSIRモデルから逸脱することが考えられます。そこで本研究では、時系列変化をモデル化するために用いられる状態空間モデルと組み合わせることにより、人口に対する感染者の割合を表す値(SIRモデルにおける各状態)を観測できない潜在変数として扱い、観測データのゆらぎを許容することで、現実の観測データの変動を統計モデルがより柔軟に捉えることができるように解析を行いました。
 このモデルではデータに対してSIRモデルがどれほど適当なのかをパラメータの推定値から評価することができます。またベイズ統計学の枠組みで分析を行うことで、少ない情報からパラメータ推定を行うことができるのに加えて、点予測だけでなく予測区間が得られるために将来予測の不確実性の評価もできるという利点もあります。
  • 論文情報、研究プロジェクトについて
【論文情報】
論文タイトル:Predicting intervention effect for COVID-19 in Japan: state space modeling approach.
著者:Kobayashi, G., Sugasawa, S., Tamae, H. and Ozu, T.
雑誌名:BioScience TrendsDOI:https://doi.org/10.5582/bst.2020.03133.

【研究プロジェクト】
本研究は以下の支援の下に行われました。
・科学研究費(課題番号18K12754 、18K12757)

配信元企業:国立大学法人千葉大学

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