1998年に発表された森奈津子の同名小説を原案とした舞台『ノンセクシュアル~森奈津子芸術劇場 第2幕~』。
舞台化発表当初は2020年6月6日(土)より横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホールでのストレートプレイでの上演を予定していたが、世界的に猛威をふるう新型コロナウイルスの影響により急遽、朗読劇にアレンジされ、無観客で収録した動画を配信という形で公開されることになった(※本来のストレートプレイでの上演は2021年秋以降に延期された)。
舞台化に際しては、原作小説では女性だった主人公が男性に、職業も小説家からバンドマンへと大幅に変更がなされ、公演会場にちなんで山下公園や地元のライブハウスなど、横浜らしい風景がストーリーの随所に盛り込まれるなど、観客を物語の世界へと誘っていく演出が心憎い。
バンド「ネメシス」のボーカルでバイセクシュアル(=異性・同性にかかわらず性的・肉体的な欲望を抱く)の藤木瑛司(スペードVer.:相葉裕樹/クローバーVer.:相馬圭祐)、どこか陰のあるミステリアスな青年・村山蒼佑(スペードVer.:鯨井康介/クローバーVer.:相葉裕樹)、瑛司の友人でカモノハシカワウソの研究に没頭する秋野侑李(スペードVer.:相馬圭祐/クローバーVer.:鯨井康介)を相葉・鯨井・相馬が2役ずつ演じ、瑛司の元カノで新聞社に勤めるキャリアウーマン・浅井塔子 役をさかいかなデパート外商部勤務で恋愛に一途なゲイの青年・富永秀樹 役を松村龍之介がシングルキャストで演じる。
5名のキャストによって紡がれる、濃厚でスリリングな朗読劇の“スペードVer.”ゲネプロの模様をレポートする。

取材・文 / 近藤明子

◆様々な感情や事象が複雑に絡み合い、日常に潜む恐怖をスリリングに、時にコミカルに描き出す

舞台の上には、透明なビニールシートで囲われたBOXの中にイスが5つ、静かにスポットライトの中に浮かび上がっている。
客席から登場したキャストたちはステージ上で顔を見合わせ、ひと呼吸おいてから各々のスペースへと収まっていった。

幸せな恋人同士の何気ない日常から始まるストーリー……かと思いきや、藤木瑛司(相葉)が元カノ・浅井塔子(さかい)との浮気を告白したことで修羅場となり、怒り狂う恋人・富永秀樹(松村)に部屋を追い出されてしまう。

後日、電話をしてきた塔子に呼び出され、山下公園で会うことになった瑛司。
場内に流れる波の音と共に、脳裏には横浜港のシンボルとして親しまれている氷川丸や緑鮮やかな木々の向こうにそびえるマリンタワーといった、港町ヨコハマの景色が浮かび上がる。
次の瞬間、突然塔子が瑛司に襲い掛かってきた。
喧嘩別れの末に自然消滅し、今は恋人関係ではないとはいえ、愛した男が新たな恋人と……しかも男性と付き合っていることに納得できない彼女が、ヒステリックにまくし立てながら瑛司のズボンを脱がしにかかる姿は実に滑稽であると同時に、いくら身体を重ねて快楽に溺れようとも心まで繋ぎとめることができない悔しさや悲しさが滲み出ていてどこか痛々しくもある。そんな彼女の気持ちがわかっているから瑛司は抵抗しなかったのか、などと思わず深読みしてしまうのだった。

その場に偶然通りかかった村山蒼佑(鯨井)によって助けられた瑛司は、感情を表に出さずどこか冷めた様子の彼に興味を抱き、自分の部屋へと誘う。
瑛司との会話や彼のバンドの曲を聴きながら、次第に打ち解け“友人”として急接近する2人だが、蒼佑の距離の詰め方に違和感を覚えた瑛司は次第に距離を置くようになり、この行動がさらなる悲劇を生むことになるのだった──。

持ち前の明るさと少年のような屈託のない笑顔で、自由奔放な瑛司というキャラクターをノビノビと演じる相葉は、華のあるルックスも相まって「ビジュアル系バンドのボーカル」という役柄がピッタリとはまっている。快楽を求めて男と女どちらとも身体を重ね、来る者は拒まず・去る者は追わずといったドライな関係に身をゆだねる瑛司が、蒼佑の行動によって次第に精神的に追い詰められ、困惑し、時に苦痛に顔を歪ませる様は、時に官能的ですらある。

一方、紳士的な振る舞いと知的な会話の中に得体のしれぬ“不安”を忍ばせる蒼佑を、鯨井が怪演! 性的関係に激しい嫌悪感を持つノンセクシュアル(非性愛=他者に恋愛感情は抱くが性的欲求は抱かない)の蒼佑だが、瑛司に向ける熱い視線の奥に見え隠れする狂気の光が輝きを増していく姿を見ていると、背筋に冷たいものが走る感覚を覚え、ラストの独白シーンの表情と台詞に込められた言霊の強さに、改めて鯨井康介という役者の懐の深さと底知れぬ魅力に(いろんな意味で)ドキドキさせられた。

そんな緊迫した空気をガラリと変えるのは、相馬が演じるアセクシャル(無性愛=他者に恋愛感情も性的欲求も抱かない)の侑李。親友である瑛司から蒼佑の異常な振る舞いを相談されても、根っからの研究者気質である彼は冷静な分析と観察眼と持ち前の好奇心を発揮し、どこか面白がっている節もあるが、そんな飄々とした態度の中にも、親友・瑛司に対する“情”の深さが感じられるのだ。
もう一方のパートでは、侑李とは真逆の瑛司というキャラクターを演じる相馬。プライベートでも「翳」をまとう彼が、男も女も虜にする色気たっぷりの瑛司へと豹変するのが今から楽しみだ。

松村の演じる秀樹はデパートの外商部勤務ということもあり、丁寧な口調とスマートな振る舞い、頭の回転の速さから大人びた印象を受けるが、恋人の瑛司が相手だと若さゆえの一途な気持ちをぶつける圧倒的な“年下の彼氏感”を見せつけ、それが実に愛しい。朗読劇なので実際には演者同士の“濃厚接触”はないものの、ブースに隔離されながらも思わずクスッと笑ってしてしまうような濃厚接触シーンを入れてくるのも、芝居に貪欲な松村らしく、いい意味で油断ならない(笑)。

そして登場人物中、唯一の女性である塔子を演じるさかいには多くの女性視聴者が共感し、自身を投影させて見ることができるのではないだろうか。10代から人気声優として活躍してきた彼女らしく、繊細で複雑な恋する女性の心情を声のみで巧みに表現。さらにここ数年は自身が脚本・演出を務める一人芝居で培った舞台女優としての様々な経験も加わり、恋愛にも仕事にも全力で、愛する男性との結婚という未来に向かって突き進もうとする、ある種“勝ち組”の理想を実現させようともがく現代女性の姿をステージ上にリアルに浮かび上がらせていた。

しかし相手があってこその恋愛。五人五様のセクシュアリティの違う男と女がそう簡単にわかり合えるはずもなく、時に度を越した愛情は束縛となり、それはやがて強い執着となって相手のすべてを支配しようと行動し、悲劇への扉が開かれてゆく──。

“愛”、“狂気”など様々な感情や事象が複雑に絡み合い、日常に潜む恐怖をスリリングに、時にコミカルに描き出す本作。R-15指定も含む表現が、朗読劇へと形を変えたことでどのような世界観を描いていくのか興味深いのはもちろん、今回は朗読劇での上演となったことで視聴者のイメージの領域に“余白”ができたように思う。見る人それぞれが想像の翼を自由に広げ、より鮮明に脳裏に各シーンを思い浮かべ、楽しむことができるに違いない。

朗読劇『ノンセクシュアル』は、6月14日(日)、6月16日(火)、6月17日(水)に「スペードVer.」「クローバーVer.」、各80分・2パターンの動画を配信。
また、6月14日(日)16:00からはキャスト5人によるトークライブが「Zu々チャンネル」にて無料生配信され、初対面時の印象や作品に関する各自の想い、稽古場での印象的なエピソードなども語られた。
この映像はYouTube「Zu々チャンネル」公式にアーカイブが残されているので、配信の視聴前に本作への理解を深めるために見たり、視聴後に見て各シーンの答え合わせをするなど、あわせて楽しみたい。

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それは“愛”か“執着”か……相葉裕樹×鯨井康介×相馬圭祐が挑む戦慄のラブストーリー。朗読劇『ノンセクシュアル~森奈津子芸術劇場第2幕~』ゲネプロレポートは、WHAT's IN? tokyoへ。
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掲載:M-ON! Press