(山田 珠世:中国・上海在住コラムニスト)

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 新型コロナウイルスの影響で、中国各地でマスクの次に品切れが続出したと言われるモノがある。それは「加熱式食品」だ。

 コロナ禍を受けた中国では、まずカップ麺などのインスタント食品が店頭から姿を消した。同時に、巣ごもり消費として一気に需要が加速したのが、加熱式の容器を使った加熱式食品だった。

 日本でも加熱式容器を使った駅弁が売られている。だが、中国で加熱式食品は「温めて食べる弁当」という感覚ではなく、インスタント食品の一種という位置づけでスーパーやコンビニなどで広く売られている。

 白米、粥、ラーメン、カレーライス中華料理など様々な種類があるが、最初に人気が出始めたのは「加熱式火鍋(加熱式鍋)」だ。この言葉はネットの流行語にもなった。加熱式火鍋は、乾燥野菜や豆腐、春雨、スープの素などが入った激辛味のインスタント鍋料理である。

通販サイトで品切れが続出

 中国の調査機関である中商産業研究院によると、中国インスタント食品の2019年の市場規模は4501億3000万元だった。中でも、加熱式食品の人気の高まりが全体を押し上げており、2020年のインスタント食品市場は4812億元規模になると予測されている。このうち加熱式食品の市場規模は40億元(約600億円)になることが見込まれているという。2年前の2018年からは1.5倍となる計算だ。

 今年に入ってからのコロナ禍を受け、病院に詰める医療関係者、外出制限で“軟禁”状態になった若者たち、リモートワークが終わって出勤し始めたサラリーマンなど、さまざまな人たちが加熱式食品を利用するようになった。加熱式食品の便利さ、手軽さ、ストックしやすさなどに加え、ご飯まで楽しめるという幅広さが、この時期の需要にマッチしたと言える。

 通販サイトの「淘宝(タオバオ)」によると、今年(2020年)1月20日2月2日の期間、加熱式食品は人気商品として2位にランクイン。加熱式白米は前年同期比約3.5倍となり、インスタント麺の2.3倍を上回った。加熱式白米の販売急増に、スーパーやコンビニでも需要が供給に追い付かない状況が出現。淘宝をはじめとする他の通販サイトでも品切れが続出したという。

2017年から市場拡大、コロナが追い風に

 もともと中国で加熱式食品は、軍隊が軍事行動をする際や野外活動時に利用されていた。一般家庭にまで普及したのはここ数年のことだ。

 中国で最初の加熱式食品が民間市場に出現したのは2007年。当初は特に注目されていなかったが、2016年に相次ぎ加熱式食品が市場に出始めたという。2017年には加熱式食品メーカーの設立数が前年比75%増と急増した。毎年11月11日前後に実施される、ネット通販の一大販促イベント「双十一(ダブルイレブン)」で、2017年はB2Cサイト「天猫」が170万件の加熱式食品を販売し、市場の注目を集めたという。

 加熱式食品には、酸化カルシウム(生石灰)や鉄粉、アルミ粉、活性炭などが入った発熱パックが付帯されている。二重になっている容器の上部分に食品を入れ、下部分に発熱パックを入れて水をかけることで、化学反応を起こして発熱する仕組みだ。コップ一杯の水を用意するだけで、10~15分程度であつあつの食事をとることができる。

 新型コロナ発生以降、筆者が勤める上海の会社では「なるべく社内で昼食をとる」ことが奨励された。これを受け、それまで外食をしていた同僚たちは、自宅からお弁当を持ってきたり、コンビニ弁当やインスタント食品を買ったりして、社内で昼食を食べるようになった。そしてお昼の時間になると、会社にある給湯スペースでときどき煙のようなものを目にするようになった。加熱式弁当を買ってきて温めているのだ。筆者も数種類試してみたが、どれもなかなかの味だった。

投資機関も将来性に注目

 中国の加熱式食品メーカーである莫小仙、自嗨鍋、食族人の3社は2020年5月、融資獲得に成功したと相次ぎ発表した。調達額は順に数千万元、1億元超、数千万元という。融資に応じたのはいずれも名の知れた中国の投資機関で、加熱式食品がそれだけ将来性のある業界と評価されているということだ。

 中国メディアが、加熱式食品メーカーへの投資を行った投資機関の1社、青桐資本の創業者に取材したところ、投資先としての魅力について以下のように語ったという。

(1)10~20元程度という価格帯は、若者が1食当たりにかける値段で最も集中する価格帯である。

(2)種類が多く、主食にも、おやつにも、夜食にもなりえる。勤務先で、自宅で、旅行に行く際など、幅広いシーンで利用できる。

(3)18~29歳の“おひとりさま”需要もカバーしている。また「火鍋が好きなのに1人では食べに行けない」という問題も解決できる。

(4)すでに「網紅(ネット上の人気商品)」であり、オンライン販売で強いことは明らかだ。加熱式食品メーカーには強みがあると言える。

(5)現時点ではまだ市場が飽和していない。大手としては海底撈火鍋、莫小仙、自嗨鍋のみで、今後の発展に大きな余地がある。

加熱技術はまだ発展途上段階

 莫小仙のウェブサイトによると、コロナ禍を受けた同社の販売量は前年同期比5倍になったという。ただ、中国の加熱式食品業界には改善すべき点も少なくない。

 中国メディアが専門家の話として掲載したところによると、中国の発熱技術はいまだ発展途上の段階にあるらしい。米国の発熱装置が第5世代だとすると、中国は第2、第3世代だという。発熱パックを使用すると温度が150度まで上昇するため、消費者がやけどをしやすいことも指摘されている。また、発熱パックが破損したり、膨張したりした場合、高温の液体が噴出するおそれがあり、その際に通気口がふさがれた場合、小さな爆発を起こす可能性もあるという。

 このほか、業界基準が確立されていないことも問題点だ。現在、加熱式食品分野には国家基準が制定されておらず、主要メーカーは自社の基準を設けているものの、業界の基準は統一されていないという。

 食品業界に安全面でのリスクがあるのは大きな問題だ。先に市場が大きくなってしまうところが中国らしいと言えるが、消費者に被害があってからでは遅い。万一そうなった場合、まだ新しいこの業界の存在すら危うくなる可能性もあることを、もっとしっかり認識すべきだろう。

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上海のスーパーで売られている加熱式食品(筆者撮影) 拡大画像表示