(勢古 浩爾:評論家エッセイスト)

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 10日ほど前、朝刊を見ていたら、週刊誌の広告に目が留まった。「渡部建」関連ではない。「〈衝撃の内部告発〉緊急事態宣言下で起きていた防衛大の“戦線崩壊”『連続脱走』『校内不審火』『自殺未遂』そして『賭け麻雀』」という見出しである(『週刊ポスト』2020.6.26)。これを見た瞬間、もしかしたらあの事件の続報か、あるいは防衛大のさらなる不祥事か? と思ったのである。

「あの事件」というのは、2019年4月22日日本テレビで放映された「NNNドキュメント'19 防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ」という番組で報じられた学生いじめ事件のことである。この番組はじつにショッキングだった。

 わたしは父親が海軍の軍人だった影響で、どちらかといえば軍隊や軍人には親和的である。兄はそれ以上で、『海軍兵学校物語 あゝ江田島』(1959年公開)という映画を観て兵学校に憧れ、当時の兵学校である防衛大学校を目指したのである。しかし強度の近視が原因だったのかどうかは定かではないが受験に失敗し、それでも次は江田島にある幹部候補生学校を目指したのである。ただし、実際に受験したかどうかをわたしは知らない。10年前に他界したため、もはや確かめられない。

 いうまでもなく防衛大学校といえば将来の防衛省自衛隊を背負って立つエリート養成機関である。毎年朝霞訓練場で行われる内閣総理大臣臨席の自衛隊観閲式では全軍(といってはだめか、全隊)のなかで一番先に行進する栄誉を担っている。その他、ライフルをもって集団演技をする儀仗隊のファンシードリルは凛々しく、見ていて楽しい(米軍のドリルなどに比べると練度は見劣りするが)。わたしは観閲式やドリルを何度もYouTubeで見たものである。

地獄のような日々が待っていた

 2013年4月、Nさんは憧れの防衛大学校に入校した。防衛大は全寮制で、1部屋に上級生と下級生8人が居住する。

 ところが入学直後、1年生は4年生のAに全裸になって写真を撮るようにいわれたり、知らない人間100人と写真を撮ってこいと命じられたりした。これが悪夢の始まりだった。「粗相ポイント」というのがあり、ささいなミスをすればポイントが加算される。これを上級生がちまちまやっているのだ。点数によって、カップ麺をそのまま食べさせられたり、ラー油を一気飲みさせられたりするるなどの愚劣でケチな罰ゲームを課されるのである。

「粗相ポイント」が20ポイントになると、Aから、風俗店にいって性行為を撮影してこいと命じられた。ほかの1年生はみな命令にしたがったが、Nさんは拒否した。するとAは、Nさんの陰毛にアルコールを吹き付け、火をつけたのである。

 いじめをしたのはAだけではない。3年生Bは、Nさんになにかといいがかりをつけては殴ったり、陰部を掃除機で吸引したりした。4年生Cは殴る蹴るの暴行をし、Nさんの私物を散乱させた。同期のEとFはNさんを難詰し、よってたかって殴った。

 Nさんは子どもの頃からスポーツマンだった。中学の時、郷里の福岡が土砂崩れに見舞われた。Nさんは避難したが、被災者のために必死に働く自衛隊員に憧れ、防衛大を目指した。それが入ってみれば、地獄のような日々が待っていようとは夢にも思わなかったにちがいない。

 3年生Dは怒号で威嚇した。Nさんは飛び降り自殺も考えた。下痢、発熱、胃液を吐くなどの症状に襲われた。入学1年後の2014年5月、休学して福岡の実家に帰った。「重度ストレス反応、抑うつ」「いつ死んでもおかしくない状況」と診断された。しかし療養中も同期のGとHは30人のLINE仲間にNさんの遺影のような写真を送ったり、Nさんに藁人形や嘔吐のスタンプを800近く送ったりしていやがらせをした。

中から変わらないと暴力はなくならない

 同じ2014年、NさんはAからHまで8人を横浜検察庁に刑事告訴した。ABCは暴行罪でそれぞれ10万円から20万円の罰金刑になったが、DEFGHの5人は不起訴だった。Nさんは納得できずに、刑事訴訟だけでは防衛大は変わらないと思い、2016年、8人と国を相手どって福岡地裁で民事訴訟を起こした。

 すでに被告8人のうち7人は卒業し、幹部自衛官になっていた。かれらへの尋問では、全員が、Nさんに対する「指導」のためだったと抗弁した。2019年2月、声を荒げただけのD以外の7人にたいして、総額95万円の賠償が命じられた。かれらにとっては痛くも痒くもない判決だった。国の責任はないとされた。

 Nさんは判決後、「7人が幹部自衛官として働いている。二度とこういうことをしないでほしい。やはり防衛大の中が変わらないと、自衛隊組織全体として暴力がなくなることはないのかな」と語った。加害者の人間たちは、よくもそんな卑劣な自分自身に我慢ができるものだ。当時の岩屋毅防衛大臣は「今後、二度と同種の事案が発生しないように引き続き再発防止に努める」と述べただけである。

 この事件のあと、大学側は1874人の防大生全員にアンケートを実施した。「陰毛を燃やす」については(こういう質問をすること自体が情けない)、「やったことがある」が33人、「やられたことがある」が144人、「そういう行為を見たことがある」が518人、「聞いたことがある」が670人である。「殴る」を見たのが744人、「蹴る」を見たのが718人もいる。

もっとも男らしい集団かと思っていたが

 わたしは高校時代サッカー部に入っていたことがある。そのときの主将が大学のサッカー部に進んだが、1年生全員が自慰をさせられた、といっていた。日本の男社会は昔からこんなことばかりやってきたのだ。なにが楽しいのか。

 わたしは番組を見ながら、こんなことをやるのは一部の学生だろうとは思いつつも、一方でこれはほとんど日常の風景ではないか、と考えずにはいられなかった。女子学生(120人ほど)や留学生(90人ほど)もいるのに、とんだブラック大学である。

 2007年から2017年に行われた懲戒処分662人のうち164人が私的制裁による処分である。しかしこれも氷山の一角であろう。大学側は問題があることは把握しているのだ。なのに何十年も放置している。ある防大生OBは「毎日理不尽だらけ、1年生のあいだは。その理不尽が目的だったりもする」といい、もうひとりは「4年生は神、3年生は人間、1年生はゴミ、虫けら、奴隷」といった。

 わたしはこの番組を見ているあいだ、むかむかしてしかたがなかった。防衛大学校はこの日本でもっとも男らしい集団かと思っていたが、とんだ陰湿・最低・愚劣な集団だったのである。サーベルで捧げ銃をしながらする行進、ファンシードリルのきびきびした動き、卒業式で一斉に帽子を放り上げる、などはただの見せかけだけで、その正体は陰険で卑怯で最悪の人間たちだったのである。

 もちろん、立派な学生はいるはずである。昔だって、立派な軍人はいたのである。だがそんなことは、全体においてはなんの意味もない。教官たちはイジメを見ても黙認し、我慢を強いた。防衛大学は学長以下、全教員、全学生とも、無責任で無法がまかりとおる大学、ろくでもない集団と思われることを甘受しなければならない。

 この番組に比べると、冒頭で触れた6月26日号の『ポスト』の記事は、大げさな書き方をしているがいかにも薄い。情報をもたらしたのは「最近になって自主退学を決めた元防衛大生」である(記事は無署名)。かれによると、4月1日に新学年を迎え入れたが、5日に予定されていた入校式典は延期、同7日に国の緊急事態宣言が発令された。

 そこで「新入生の身体検査といった手続きを除けば、訓練も授業もまったく行われず、その上に敷地からの外出が許されない“軟禁状態”になってしまいました」。ストレスが溜まる状況のなか「脱柵(脱走)や自殺未遂が相次ぎ、挙げ句は賭博行為が発覚したり、放火が疑われるボヤ騒ぎまで起きているのです」。またある「防衛大関係者」の話では、自主退学者が「4月以降、30人以上」も出ているという。

 こういう話を聞いて、ポスト記者は「将来の自衛隊を担う人材を育てていく組織にとって“戦線崩壊”ともいえる状況だ」と書いている。コロナ騒ぎで盛んにいわれた「医療崩壊」にかこつけているのだろうが、「戦線崩壊」とは意味がわからない

 また前出の「防衛大関係者」によると、「ストレスを苦にしてか、学内では自殺未遂行為も相次ぎました。首吊りリストカット、飛び降り2件という少なくとも4件が確認されている」という。未遂とはいえなんだか嫌な感じである。それと自主退学者が「4月以降、30人以上」いるというのも問題であろう。そこにいじめ問題は介在していなかったのか。通常、退学というと非行を犯した学生がやめさせられることだが、防衛大では被害者が退学をするのである。

 このほかには乾燥室で不審火があったり、賭博行為が問題になったりしているという。トランプ賭博や麻雀賭博で50万円負けた新入生がいたことが発覚し、警務隊が捜査に動いているともいう。学生たちはたしかに金を持っている。衣食住すべて無料の上に、学生手当毎月11万7000円と、年2回の期末手当合計39万7800円が支給されるのである。

「全寮制だけがイヤ、やめたいわけではない」

「防衛大学 不祥事」で検索をしてみると、三宅勝久という人の「『絶望の防衛大』を元学生が提訴 上級生から罵倒され続けること数年間、精神がボロボロになり声失う」(「My News Japan」2020.1.1)というネット記事が見つかった。元防大生が上級生からいじめを受け、上級生と国に対して裁判を起こしたという話で、一瞬、Nさんのことではないかと驚いたが、Nさんではなかった。

 Aさん(25)という別人だった。かれが入学したのはNさんとおなじ2013年3月で、やはり入学早々に上級生のいじめがはじまったという、Nさんとまったくおなじ状況が、別の8人部屋で起きていたのである。いじめの具体的な内容は「訴状には書かれていない」が、毎日のように上級生のYに呼び出され、「暴言を浴びせる、無視する、反省文を書かせては破り捨てる」などのいじめを繰り返し受け、さらにそこに同期生2人が加担した。2013年11月ごろ、Aさん自衛隊病院を受診して「適応障害」と診断された。

 AさんはY(現陸自幹部)と国を相手に国家賠償請求訴訟を起こし、2019年12月、横浜地裁で第1回口頭弁論が開始された。Aさんは「現在声を発することができず、病院で治療を受けている。防衛大学でいじめに遭い、大きな精神的ダメージを受けた後遺症だ」という。Aさんは在学中診療を受けたときの記録に「防衛大は希望校。全寮制だけがイヤ。それ以外は魅力的。入ってみて全寮制はきつい。慣れてきたが一人でいる時間がない。やめたいわけではない」という言葉を残している。

 國分良成学校長防衛大学校のHPに、「すばらしい教育・研究・訓練施設の中で、優秀な教育スタッフ、真摯で熱情あふれる訓練教官、学校と学生への思いにあふれる職員に囲まれ、防衛大学校の学生諸君は必ずや生涯忘れられない青春時代を過ごすことになるでしょう」と言葉を寄せている。皮肉である。たしかにある人たちには「生涯忘れられない青春時代」を残したのであるから。

 戦前の海軍兵学校の鉄拳制裁が日常茶飯事だったことは有名である。しかし当時でもやはり問題だったらしく、32代永野修身校長のときの生徒隊監事だった伊藤整一(大将)はこれを禁止した。また40代の校長だった井上成美(大将)も鉄拳制裁を禁止したが、結局定着しなかった。

 防衛大学の弟分(高校生版)のような陸上自衛隊高等工科学校は「競争率16倍の難関」校だが、実態は「ラーメンたかる、靴磨きさせる、性的虐待、金品盗まれても『お前が悪い』…自衛官が生徒を奴隷扱いする陸自高等工科学校」といわれる(前出「My News Japan」)。

 このように、国のために働く人材を養成する大学や学校はほかにもあるが大丈夫か。

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2019年3月、防衛大学校卒業式で訓示を述べる安倍晋三首相(写真:UPI/アフロ)