(数多 久遠:小説家・軍事評論家)

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 6月15日河野太郎防衛大臣が臨時会見を開き、イージス・アショアの配備プロセス停止を発表しました。

 プロセスの停止という言葉が、再開の可能性もあるのか、それともイージス・アショアの白紙撤回となるのか等については、河野大臣は、明言を避けています。NSC(国家安全保障会議)で報告した上で、改めて検討となるようです。

 しかし、北朝鮮などの弾道ミサイルの脅威と、それに対応するイージス搭載護衛艦弾道ミサイル対処任務に張り付けとなる問題に変化はありません。

 また、この会見での発表を受けた6月16日自民党国防部会では激しい異論が出るなどしているため、単純に配備が中止され、ミサイル防衛の手立てが講じられないということはないでしょう。

 今回、配備プロセスの中止が決定された理由は、会見や防衛省が公表した資料では、山口県のむつみ演習場への配備に伴う地元説明の関連とされています。つまり、SM-3ミサイルのブースターを安全に落下させるためにはコストがかかりすぎることが判明した、という理由です。

 以下では、ブースターをむつみ演習場に落下させるという防衛省の目論見が妥当だったのか、なぜそのような計画にしたのかを考え、対策とそれ以外にも見えてきた見直すべきものについて見てみたいと思います。

防衛省の目論見は妥当だったのか?

 むつみ演習場は、約1.4km四方の演習場です。防衛省の計画では、発射されたSM-3ミサイルのブースターをこの小さな演習場内に落下させる予定でした。その目論見は妥当だったのでしょうか?

 SM-3ミサイルのプロファイル(発射されたミサイルがとる軌道)は公開されていませんが、過去の発射テストの動画などを見ると、SM-3は、垂直に上昇するのではなく、離床直後から目標の方位に緩やかに進路を変えています。そして、ブースターは、離床から5秒程度で切り離されています(燃焼は6秒との情報がありますが、点火から6秒程度と思われます)。同様のプロファイルで飛翔した場合、当然ながらブースターは、むつみ演習場内に落下しないでしょう。

 しかしながら、今回の河野大臣の発表によると、防衛省は、プログラムを変更することによりほぼ垂直に上昇させ、ブースターの落下場所を演習場内にコントロールできると考えていたようです。

 これには、一応根拠らしきものを確認することができます。

 イージス・アショアの発射試験は、ハワイのカウアイ島で実施されています。このカウアイ島のランチャー(発射装置)は、垂直ではなく、本記事の冒頭の写真のように若干傾斜させられています。これは、プロファイルの初期の旋回を補助するためではなく、カウアイ島の射場の制限によるもののようです。

 その証拠に、こちらの写真で分かるように、発射試験の際、ミサイルはブースターの切り離し後、ランチャーの傾斜とは別の方向に飛翔しています(下の写真)。つまり、多少飛翔の効率が悪化し迎撃確率は減少すると思われますが、ブースター燃焼中は垂直に上昇し、ブースター切り離し後に目標方位に変針しても、迎撃は可能だということになります。

 この点を鑑みて、プロファイルはソフトウェアで制御できるため、防衛省では、プログラム変更を行えば、ブースターをむつみ演習場内に落下させることができると見ていたようです。

 昨年(2019年)末に、防衛省山口県に行った説明では、単純に垂直に上昇させるのではなく、現地の風の状況も加味し、落下場所をコントロールしようと考えていたことが分かります。しかしながら、SM-3のブースターは、最大高度3キロ程度まで上昇する可能性があります。しかも、分離後は形状も円筒型で、重量も軽くなっているため、風に流されるだけでなく、意図しない動きを取る可能性もあります。

 さらに、むつみ演習場は、面積としては1.4km四方ですが、南北に細長い形状をしており、ブースターは、最大でも直径1キロ程度の円内に落下させる必要があります。元航空自衛官の私の感覚で考えても、かなり難しいように思えます(下の図)。

 ハードウェアの改修、つまりブースターの落下時の経路制御をできる仕様にすれば可能であろうと思われますが、河野大臣の発表の通り、そんなことをすれば別ミサイルを開発するのと変わりません。膨大なコストがかかるでしょう。

 ここから考えると、ブースターをむつみ演習場内に落下させるという、防衛省の目論見自体が不適であったと思わざるを得ません。

なぜ演習場内なのか? いつからそのように計画したのか?

 では、なぜ演習場内に落下させることを目論んだのでしょうか。

 それは、単純に海に落下させるためには、むつみ演習場が海に遠すぎたからです。むつみ演習場は、直近の海岸線まで、9キロ程です(下の地図)。SM-3のブースターは最大高度3キロほどなので、とても海までは届きません。SM-3のブースターは、大気の濃密な低空を飛び出すために使われるため、水平方向にはそれほど移動しないのです。

 それに対して、秋田県の新屋演習場は海岸まで500メートルほどしかなく、発射経路を考えても、陸上となるのは最大でも1キロ程度です(下の地図)。特に制御を行わなくともブースターの落下地点は海上になるはずなので、海上に落下させる計画で進められていました。

 次に、いつからそのように計画したのかを考えてみたいと思います。

 なぜ計画の開始時期に言及するのかというと、今回の防衛省発表資料が、まるで防衛省内の担当部局に対する当てつけのように見えたためです(下の写真)。

 防衛省が、地元に対してブースターの落下地点を説明したのは2018年(平成30年)8月以降だとしています。山口県のホームページを確認すると、2018年7月18日防衛省に対して質問を送り、防衛省8月17日に回答をしています。ですが、この時点では、県の質問はレーダーの電磁波による健康被害などに集中しており、ブースターの落下地点には一切言及がありませんでした。

 2018年9月12日に、県から防衛省に寄せられた追加質問では、ブースターの落下地点がむつみ演習場内であることが言及され、その情報が地元説明会で出されたものであったことが記載されています。どうやら、8月の防衛省回答の後に実施された現地説明会で、むつみ演習場内に落下させる旨の説明を初めて行ったようです。

 この質問に対して、防衛省は同年10月4日に回答しています。回答を要約すると、SM-3ミサイルは飛翔経路をコントロールできるので、途中で切り離されるブースターの落下地点もコントロールできるという簡単な説明でした。

 この後、防衛省は配備の適地調査を実施し、2019年5月に地元説明を行っています。しかし、この説明で不安が多かったのか、あるいは、新屋演習場に関して山の高さを誤って視界の計算を行っていたことが発覚したためか、2019年6月に山口県は、その調査を踏まえた質問を新たに送っています。山口県ブースターフォーカスしていたのかは不明ですが、独自調査を行うことも明らかにしています。

 それまで、防衛省は、1カ月程度で回答していましたが、この質問に対して回答したのは半年後の2019年12月でした。9月に安倍内閣の再改造があったことも関係したとは思いますが、12月17日になって、単に文書で回答するに留まらず、河野大臣と同時に就任した山本防衛副大臣が山口県を訪れて説明しています。

 この山口県防衛省のやりとりを見ると、9月に就任した河野防衛大臣と山本朋広防衛副大臣がこの問題を重要視し、山本副防衛大臣に特命として命じる形で動いていたように思えます。2018年8月当時の防衛副大臣が山本氏でしたので、9月に再任された山本氏に「自分で尻ぬぐいしなさい」ということだったのかもしれません。

 最近、河野防衛大臣と山本副防衛大臣は、ツイッターで何やら怪しげなやりとりをしていました。この案件だった可能性もあります。

対策の検討は急務

 6月15日、そして翌16日の会見でも、河野防衛大臣は、見通しが甘かったと言われても仕方ないと発言しています。確かに、前述の山の高さを誤って視界を算定していた件も含め、十分な検討を経ないまま進めてしまった部分があったかもしれません。原因が、内局にあったのか、陸幕にあったのかは不明ですが、北朝鮮からの弾道ミサイルに焦り、リソース不足で事業を進めていた弊害だろうと思います。

 ですが、8隻あるイージス艦全てを、弾道ミサイル防衛のローテーションだけで使ってしまうわけにはいきません。

 まずはNSCに報告してからということですが、対策の検討は急務です。

 ハードウェアの改修は論外ですが、山口県防衛省とのやり取りで、陸自の演習場ではなく民間地を購入して使用することにも言及していました。むつみ演習場周辺のブースターが落下する可能性のある地域を購入して安全を確保するとか、発射機だけを海岸線付近に用地取得して配置するなどすれば、大きな計画変更をせずに進めることも可能なはずです。早急な議論が必要です。

見直すべきものは何か?

 山口県の質問、防衛省の回答や説明を見ると、このイージス・アショア配備に伴う付帯設備等は、従来の防衛装備、施設に比べて明らかに異常です。

 例えば、レーダー波による人体への影響の問題では、レーダーの周辺に電波吸収材を用いた遮蔽壁を設けることになっています(下の図)。これがなくとも十分に安全確保ができるにもかかわらず、このようなムダな設備まで設けるように計画されているのです。

 レーダーサイトなど、類似の施設でこのようなムダな設備は設けられていませんし、使用している電波の波長が近い携帯電話の方が距離が近いため、よほど人体には危険です。

 このような状況になったのは、上記のように配備を急いだため、防衛省側で十分な検討、説明努力をせず、金をかけることで県側を安心させようとした可能性もあります。

 ですが、山口県の質問書を見ると、県の職員には電波に詳しい技術者や設備建設を担当するエンジニアはいないのかと思わざるを得ないような質問内容が並んでいます。上記の電波吸収材を用いた遮蔽壁についても、無用の長物であることは、自治体が保有する通信設備の設置に携わった職員であれば理解できるはずです。

 反対ありきでキャンペーンを展開したマスコミに踊らされ、自治体が住民のための安全確保を求めるのではなく、反対運動の主体になってしまっている現状は、是正されるべきものです。

 当然、本件の焦点であるブースターの落下地点コントロールなどは、是正されるべき最たるものです。ブースターの落下地点を演習場内にしようと意図すれば、多少なりともSM-3ミサイルでの迎撃確率は低下します。核ミサイルが日本に落下する可能性の増大を許容してブースターの落下位置を制御するなど、本末転倒も良いところです。

 イージス・アショアの設備が現在の計画地のままだとしても、ブースターが落下するはずの地域にあるのは、ほとんどは無人の山と農業用のドローンを飛行させるためのラジコン飛行場であり、民家はごく一部です。道路の建設で行われるような強制収用を行う手続きを簡素化するなどして、これらを移転してもらうのが妥当です。

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