去る5月29日、新聞各紙に、一面まるまるを使ってこんな広告が掲載された。そこでは、「もうどう広告したらいいのかわからないので。」というキャッチコピーに続き、「日々状況が変わる毎日です。だれも、先のことはなにも想像できない2020。/この広告の掲載日に、世の中の空気はどうなっているのか、人々の気分はどんな調子なんだろうかと考えあぐねて、いろんなバリエーションを用意しました」と説明のうえ、掲載時点における状況を想定してつくられた6種の広告が、QRコードを介して見られるようになっていた(現在は金鳥のホームページで見られる)。

「なにを言ってもクレーム、炎上、袋叩き」

 想定された状況のなかには「なにを言ってもクレーム、炎上、袋叩き。広告なんてやってる場合か!の場合」というヤケクソなものもあり、リンク先を開いてみると、「なんと!自社製品の悪口だヨ。(ほら、クレームつけられない)」という挑発的なキャッチフレーズが掲げられる。ちなみにこの企画は4月中旬に決定し、5月初旬に制作されたという。緊急事態宣言の発令下で、宣言の延長も検討されていた時期だ。結果的に広告は、宣言が延長を経て全都道府県で解除された4日後に掲載されるにいたった。

 先行きが見えないのを逆手にとったこの企画は、金鳥のゴキブリ駆除剤「ゴキブリムエンダー」の広告だ。金鳥は今回にかぎらず、意表を突く広告で知られる。なお、勘違いされている人も案外いるかもしれないが、金鳥は企業名ではなく、大阪に本社を置く大日本除虫菊株式会社メインブランドである。

郷ひろみが「ハエ蚊退治にキンチョール。言えっ!」

 金鳥の広告は面白いと世間に周知されるきっかけとなったのは、1966年、当時人気絶頂にあったコメディグループクレイジーキャッツの桜井センリが出演した殺虫剤「キンチョール」のCMだろう。ここで桜井が、商品名をひっくり返して「ルーチョンキ」と言ったところ大ウケして、キンチョールの売り上げは何倍にも跳ね上がった。当時の広告の常識からすれば、商品名をひっくり返すなど言語道断で、社内の役員会でも全員から反対されたという。それをあえて押し通しての成功であった。

 以来、金鳥は次々とナンセンスなCMを世に送り出していく。研ナオコが人形のハエや蚊に向かって「飛んでレラ」と指差し、キンチョールを吹きかけて「死んでレラ」と言ったかと思えば(1977年)、柄本明と郷ひろみが共演したCMでは、歯医者役の柄本が患者役の郷に「ハエハエカカカキンチョール」と言わせ、「よろしいんじゃないですか」とクールに告げるのがなぜかウケた(1982年)。郷出演のシリーズはその後さらにエスカレートし、横山やすしと一緒にバケツに向かって「ハエ蚊退治にキンチョール。言えっ!」と命令したり(1983年)、橋の上で誰彼かまわず「ムシムシコロコロキンチョール」と言い聞かせては顔にお札を貼りつけたり(1986年)と、ナンセンスを極める。これらはCMディレクターの川崎徹が電通関西支社と組んで企画・演出したものだ。

「亭主元気で留守がいい」

 キンチョール以外にも記憶に残るCMは多い。「蚊とりマット」のCMでは1981年より当時阪神タイガーススター選手だった掛布雅之が登場し、三枚目ぶりが笑いを誘った。1986年のCMでは、病院の待合室で金鳥マットを抱えた掛布が「これからはカのカッチャンと呼んでください」とアピールするのだが、テレビを見ていた老人たち(じつは加藤嘉や曾我廼家五郎八ら名優が演じている)はやる気なさげに「頑張りや~カのカッチャン」と応えるだけで、まともに相手をしてくれない。使い捨てカイロ「どんと」のCMでは、桂文珍や西川のりお扮する古墳時代の人間に、古代の日本語で「ちゃっぷいちゃっぷい、どんとぽっちぃ」と言わせてみせた(1984年)。さらに防虫剤「タンスにゴン」のCMでは町内会にて、木野花の「タンスにゴン、タンスにゴン」の掛け声に続き、もたいまさこが「亭主元気で……」と促すと、主婦たちが「留守がいい」と声をそろえた(1986年)。

 現在40代の筆者は、ここにあげたCMのほとんどをリアルタイムで見ているが、驚いたことに大半のセリフが節回しとともに思い出せてしまう。それもそのはずで、金鳥のCMのつくり手たちは、視聴者に対し言葉を残すことに何よりも重きを置いてきたからだ。電通関西支社で金鳥のCMを担当し、多くの傑作を残したプランナーの堀井博次は、《そりゃ言葉は残るように意識してやってるとこありますよ。「亭主元気で留守がいい」でも、ほんまに覚えてほしいのは「タンスにゴン」なんやけど、それとは別に共感性のある言葉を一発入れておくと、それと一緒に「タンスにゴン」も覚えてもらえる》と述べている(※1)。

「つまらん! おまえの話はつまらん!」

 その点は、金鳥の側もよくわかっていた。4代目社長の上山英介はあるとき、社員から「ウチも、もっと商品の機能とか優位性を言ったらどうですか」と進言されると、「そんなもんはライバルメーカーに任せといて、ウチはその時間、商品名をひたすら言い続けたらええんや」と返したという(※1)。

 こうした金鳥のCMにおける基本姿勢は、水性キンチョールのCM(2003年)にまさに表れていた。このとき、父親役の大滝秀治の「キンチョールはどうして水性にしたんだ?」との問いに、並んで腰かけていた息子役の岸部一徳が「それは地球のことを考えて、空気を汚さないように……」と得意げに説明を始めるや、大滝が大声で「つまらん! おまえの話はつまらん!」とさえぎるのが話題を呼んだ。

 もっとも、「おまえの話はつまらん!」というセリフは、初めから脚本にあったのではなかった。金鳥のCMでは、セリフがハマっていないと判断されたら、撮影現場でどんどん変えていくのが常らしい。1990年の「タンスにゴン」のCMでも、商店街を歩くちあきなおみに、自転車で通りかかった美川憲一が口にする「もっとはじっこ歩きなさいよ」という名ゼリフが出るまで、いったん撮影を止めてスタッフ喫茶店に入って考え込んだという(※1)。水性キンチョールのときは、父子が亡くなった母の墓参りに行くという最初に決めたシチュエーションも変更して、ハマる言葉が出るまで大滝に、スタッフがその場で考えたセリフを次から次へ言ってもらった。こうして最後に落ち着いたのが、あのセリフだったというわけだ(※2)。

長澤まさみ関西弁をしゃべった!

 この水性キンチョールや、「亭主元気で留守がいい」「もっとはじっこ歩きなさいよ」など「タンスにゴン」の一連のCMを演出したのは、映画監督としても活躍した市川準である。金鳥のCMを映画監督が手がけたケースとしては、最近でも2016年長澤まさみ高畑淳子の出演した「虫コナーズ」のCMに是枝裕和が起用されている。是枝はこのとき、前年に公開された『海街diary』に出演した長澤のほか、撮影の瀧本幹也、照明の藤井稔恭ら映画のスタッフを再結集して撮影にのぞんだ。

「虫コナーズ」のCMでは、静岡出身の長澤まさみ関西弁セリフを口にするのが意外性を持って受け止められた。このように金鳥のCMでは、ときに出演するタレントの従来のイメージを崩すようなものも少なくない。

沢口靖子の「だれが26やねん。ハハハ」

 1992年蚊取り器「キンチョウリキッド」のCMでは、それまで二枚目俳優として売っていた近藤正臣が、タヌキ着ぐるみスクーターに乗りながら「30日、30日、いっぽんぽん~」と歌って衝撃を与えた。「タンスにゴン」のCMでも、2000年から女優の沢口靖子が出演し、ひな人形に始まり、政治家などさまざまな役に扮しながら、毒舌や自虐めいたセリフを口走るのが話題を呼んだ。2005年シリーズ最後のCMでは、沢口が本人役で登場し、ヘアスタイリング中に携帯電話で話しているというシチュエーションで、「タンスにゴンのCM契約終わってん。いつまでもアホなことばっかりやってられへんやろ。私もう今年で26やで。だれが26やねん。ハハハ」と、ひとりでボケとツッコミまでやってのけた。これらCMの印象からか、芸能界において金鳥は恐れられる存在でもあるらしい。ある大物女優に出演依頼するため、所属事務所に電話して「金鳥なんですけど」と告げたところ、マネージャーに10秒ぐらい笑われて、切られたこともあったという(※2)。

「あーあ、おじいちゃん、また“死んだふり”してる」

 金鳥はまた、老いや死など、CMではタブーとされるような要素もたびたび採用してきた。たとえば、前出の掛布出演の金鳥マットのCMでは、病院の老人たちが最後に「こう年をとると蚊も刺しませんなあ」と言うのがオチとなっていた。「タンスにゴン」でも、ちあきなおみが「おじいちゃん、ゴン、買ってきてくださいな」と頼むと、いきなりおじいさんは目を開いたまま倒れ込み、孫娘に「あーあ、おじいちゃん、また死んだふりしてる」と言われるCMがあった。ただし、これは放送されるやクレームがつき、途中で「寝たふり」とセリフが変えられている。それでもこれは例外的なケースで、金鳥としてはよっぽどのことがないかぎりクレームには謝罪しない方針をとっているらしい。これについて、金鳥宣伝部は編著で次のように説明していた。

《電話までしてくる方は、何かしら金鳥のCMをご覧になって不愉快な思いをされています。それは申しわけないことかもしれませんが、別に私たちは悪いことをしているわけではありません。ただご意見としてお聞きしますというスタンスです。不愉快になる、ならない。面白い、面白くないというのは個人の感情です。私たちは考査もしっかり受けて、法的に何も問題がないということでオンエアしていますから、CM自体が悪くて謝るということはないんです》(※2)

 それはクリエイターに対する信頼の表れともいえよう。事実、前出の川崎徹は、金鳥での仕事を振り返って、《キンチョウといういいお皿の上で、みんなが安心して自由に発想を伸ばせた、それに尽きるんじゃないかなあ。信じられないくらい懐が深いんですよ。想定しないものが仕上がったほうが喜ぶんだから。「こんなんなっちゃったのか。でもいいじゃないか」って。僕らのほうが大丈夫かなって心配するくらい》と述べている(※1)。

どんな案でも「提案」まではさせてもらえる

 一方では、金鳥はクリエイターに対してわりとシビアだという声もある。「虫コナーズ」のCMに是枝監督を起用した電通関西支局の古川雅之は、《このCMで効果あるかどうか。話題になりそうかどうか、結構きびしく判断されるように思います》と語る(※2)。それでも、懐の深さを実感しているのは川崎と同じだ。

《ただ提案に関しては非常に寛容です。どんな案でも「提案」まではさせてもらえる、という感覚があります。ふつうの企業ならもっていけなそうな案も、思い切って提案すれば、話は聞いてくれます。/その上で「ひどいなーこれはないわ!(笑)」と、冷静に判断されますが(笑)。プレゼンできない、プレゼンして怒られるかもしれない、ということがないことで、僕たちも、まずは既成概念をとっぱらって、自由に広げて考えることができるんです》(※2)

 古川は2011年にコバエ捕獲器「コバエがポットン」のCMで、クレーム電話をモチーフにしたCMまで企画している。そこでは、主婦がバナナを買った店に電話をかけ、「食べたバナナの皮にですね、コバエがたかってるんです。どういうことですか? 大問題ですよね」と無理やりなクレームをつける様子に、「ありがたいご意見の途中ですが、『コバエがポットン』はいかがでしょうか」というナレーションがかぶせられた。これを採用してしまうのが、いかにも金鳥らしい。

なぜ金鳥のCMは炎上しないのか

 思えば、金鳥はこれだけ先鋭的な広告をずっと送り続けながら、炎上したケースは意外にもほとんどないのではないか。もちろん過去にウケたCMでも、いま見ると「これはどうなのか……」と思うものはある(たとえば沢口靖子の「私もう今年で26やで」もいまなら、女性を年齢で線引きするのかといった批判も出そうだ)。それでも、金鳥は世の価値観の変化に柔軟に対処し、そのときどきで、ここまでなら大丈夫だというスレスレの表現を追求しているように見受けられる。自社商品に対しても、けっして美辞麗句で飾り立てず、ときにはけなすことも辞さない。逆にいえば、広告で炎上が起こるのは、たまに思いついたように過激な表現に手を出してみたり、きれいごとを言ってみたりするからではないだろうか。金鳥に関しては、少なくともその点は心配なさそうである。

 金鳥の広告で特筆すべき点としてはもうひとつ、いまなお影響力の大きいテレビCMだけでなく、新聞やラジオでもそれぞれオリジナルの企画を展開していることがあげられる。ラジオでは、2016年2017年の夏に放送されたラジオドラマ仕立ての「金鳥少年」シリーズが印象深い。これは、男子中学生の“大沢君”が、同級生の“高山さん”から金鳥の各種製品をダシに思わせぶりな態度をとられて戸惑うさまを描いたもの。その甘酸っぱい雰囲気がリスナーの心をつかみ、ウェブ上ではドラマコミック化するファンも現れたほどだった。昨夏には、「G作家の小部屋」と題して、“ゴキブリでありながら日本を代表する作家”がインタビューに応えるというシュールシリーズが登場、もっともらしく御説を垂れる作家に対し、最後は「ごちゃごちゃうるさいゴキブリに一撃」などといったフレーズとともに各種殺虫剤がアピールされた。このとき“G作家”を演じたのが、本物の作家でパンクロッカーの町田康だったことに、また意表を突かれた。

※1 『広告批評』2005年10月号「特集 KINCHO120年」
※2 金鳥宣伝部編『金鳥の夏はいかにして日本の夏になったのか? カッパと金の鶏の不思議な関係』(ダイヤモンド社、2016年

 このほか、宣伝会議・教育本部編『右脳思考の左巻き宣伝部』(宣伝会議、1985年)なども参照しました。

(近藤 正高)

5月29日、新聞各紙に掲載された金鳥のゴキブリ駆除剤「ゴキブリムエンダー」の広告(金鳥ホームページより)