(舛添 要一:国際政治学者)

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 17日に、通常国会が閉幕した。コロナに始まり、コロナに終わった国会であったが、任期を延長した黒川検事長が辞任し、検察庁法改正案も廃案になった。さらに、18日には、河井克行・案里夫妻が公職選挙法違反の容疑で逮捕された。安倍政権の退潮を印象づける出来事である。

 18日には東京都知事選が告示された。現職の小池都知事、元日弁連会長の宇都宮健児氏、熊本県の元副知事の小野泰輔氏、れいわ新撰組代表の山本太郎氏、NHKから国民を守る党代表の立花孝志など、22人が立候補した。

 小池候補は実質的に自民党、公明党の支援を受け、労働組合の連合からは正式に支持を取り付けている。立憲民主党、共産党、社民党は宇都宮候補を支援し、日本維新の会は小野候補を推薦している。山本太郎氏の立候補によって、野党票が一本化されなくなった。

 このような状況下では、小池都知事の再選が確実視されており、盛り上がらない選挙となりそうである。梅雨の時期でもあり、また、投票所での感染を恐れて選挙に行かない有権者も増えるのではなかろうか。消化試合のような選挙なら、そうなるのも致し方ない。

 ただここで、作家の黒木亮氏らが問題にしている小池都知事の学歴詐称問題について、私自身が知っていることを記しておく。

「首席で卒業というのは、学生が一人だったから」

 私は、フランス、スイス、ドイツなど、ヨーロッパ諸国での勉強を終えて、1978年に帰国した。そして、母校の東大で教鞭をとりながら、執筆活動やテレビ出演などをこなした。

 1981年にフランスで社会党のミッテラン大統領が誕生し、日本でもフランスの政治に関心が高まり、専門家である私に解説などの仕事が多数舞い込んできた。竹村健一氏のテレビ番組にも呼ばれ、そこでアシスタントとして活躍していた小池百合子を紹介された。

「エジプトのカイロ大学を首席で卒業した」才媛ということだったので、凄い人がいるものだと驚いた。小池氏は、1982年には、『振り袖、ピラミッドを登る』という本を出版したが、私も本人のサイン入り著書を頂戴した。

 残念ながら、現物は手元には見つからないが、その本の略歴案には「1971年、カイロ・アメリカ大学・東洋学科入学(翌年終了)。1972年、カイロ大学・文学部社会学科入学。1976年、同卒業」とある。その本も読み、ますます素晴らしい女性だと唸ったものである。

 私は、1970年代にパリ大学の大学院に籍を置いてフランス現代史の研究を行っていたが、フランスの博士号には「国家博士号」と「大学博士号」の二種類があった。後者は、旧植民地のアフリカ諸国などから留学する学生用に、少し審査基準を緩くした博士号である。前者は全く格が異なり、完璧なフランス語で高度な内容の博士論文を書かねばならないが、合格するとフランス国籍を取得できる。

 ヨーロッパから帰国したばかりの私には、外国の大学で、母国語でない言葉を操って首席で卒業するというのは、想像を絶することであった。驚愕する私に対して、彼女は笑いながら、「首席で卒業したというのは、学生が一人だったからなの」と説明した。

 彼女はカイロ・アメリカン大学での語学研修を1年で終了し、(父親のコネを使って)カイロ大学の2年に編入し、アラビア語を使って勉強し、トップで卒業したという触れ込みなのであった。私も、グルノーブル大学でフランス語に磨きをかけた後、パリ大学に移ったので、語学研修→専門分野の本格的な勉強というコースは理解できる。私の場合、パリ大学大学院への正式登録が既に終わっており、少しでもパリでの勉強が捗るように、夏休みの7、8月を語学研修に充てたのである。

 小池氏の略歴のうち、「カイロ・アメリカ大学・東洋学科」というが、「東洋学科」は存在しない。もちろん、当時の私がエジプトに詳しいわけでもなく、どのような学科が存在するかなど、知りようもなかった。また、「学生が一人」というのも、発展途上国の大学ならそんなこともあるのかと思い、彼女の言葉を信じたのである。

会見でさらりと「首席」を否定

 しかし、「学生が一人だけ」というのも、真っ赤な嘘であることは、下記に引用するように、後に彼女自身が記者会見で否定している。また、「首席」というのも虚偽であった。

 2018年6月15日の都知事記者会見では、小池氏は次のように説明している。

【記者】では、首席卒業されたということは、はっきりと断定はできない、難しいというところがあるということでしょうか。

【知事】非常に生徒数も多いところでございますが、ただ、先生から、「非常に良い成績だったよ」とアラビア語で言われたのは覚えておりますので、嬉しくそれを書いたということだと思います。

 この会見では、「首席」ということを事実上否定している。さらに問題なのは、「非常に生徒数も多い」と述べていることである。私には、「学生は一人だった」から「首席」だと説明している。

 これは、私の聞き間違いでも、記憶ミスでもない。私は、日本人の中ではフランス語能力は高いほうだと思う。妻がフランス人だったので毎日フランス語しか使っていなかったが、それでも、パリ大学では私が首席には絶対になれないことを痛感した。フランス語が母国語ではないからである。

「才媛」小池氏と凡人の自分を比べて、内心忸怩たるものがあったからこそ、今でも、その当時の彼女の説明を昨日のことのように明確に覚えているのである。

 40年近く、私は嘘の説明を信じ込まされていたのである。彼女の言を信じていただけに、不愉快である。個人的な感情はさておき、学歴などについて嘘をつくことは、公職選挙法上の虚偽事項公表罪に相当する。

 都知事選挙が始まる前に、カイロ大学が1976年に小池氏が同大学を卒業したという声明を出したが、これは政治的な工作の疑いが濃厚で、ますます疑惑が深まっている。彼女が国政の場に復帰し、政権に参画すれば、日本外交は成り立たなくなるだろう。

 東京都は都市外交は可能であるが、国の外交は政府の専権事項である。エジプト政府に弱みを握られた以上、国家安全保障に関わる由々しき問題となる。都知事として再選されるだろうが、今回、黒木氏らが呈した疑問にきちんと答えないことは、彼女の国政復帰の道を完全に閉ざしたとことを意味する。40年以上にわたって嘘をつき続けてきたことの代償は、彼女にとっても大きなものとなろう。

小池都政下で停滞した東京の地位

 一方で、東京都政がどうでもよいものでも、軽んじてよいものでもない。日本国の首都であり、政治や経済の中心地である。海外から見ると、日本の最高権力者は首相で、2番目が都知事である。私が都知事のときも、今回、小池氏のためにカイロ大学に声明を出させたと思われるエジプト政府の最高権力者、シーシー大統領をはじめ、首脳クラスの要人が多数会談を求めてきた。

 その東京が停滞している。世界の都市ランキングは、1位ロンドン、2位ニューヨーク、3位パリ、4位東京だったが、私が都知事のときに諸施策を動員して、パリを追い抜き、3位に躍り出た。ところが、小池都政4年間で、また4位に転落している。

 その最大の原因は都市計画の不在である。東京が100年輝く都市であるためには、常にリフォームし続けなければならない。私たちが住む家と同じである。建築当時には最先端の建物であっても次第に時代遅れになっていく。そこで、新技術や新素材を活用するリノベーションが不可欠なのである。

 私が都知事のときには、30年のローテーションで地区ごとにリフォームをするプランを進めた。渋谷は、リフォームがほぼ終わりつつあり、新しい街に生まれ変わっている。東京駅丸の内口は素晴らしい広場ができ、皇居と対になって東京の表玄関となっている。今から八重洲口側がさらに変貌を遂げる。品川駅と田町駅の間に新駅「高輪ゲートウェイ」ができ、これからさらに開発が進む。

 次は、新宿と池袋のリフォームに着手しなければならないのだが、小池都政からは何のプランも発表されていない。パリを改造したオスマン男爵や関東大震災後の帝都を復興させた後藤新平のようなグランドデザインを持つ都市計画の達人が今の東京には必要である。

 私が辞任後、都市計画が全く進展していないことが悔やまれてならない。このままでは、東京の都市ランキングはさらに下がっていくであろう。

パフォーマンス最優先で乏しい実績

 パフォーマンス、外国語を乱用する口先だけのスローガンで、どれだけ都政が停滞したか分からない。豊洲市場移転、東京五輪競技施設移転などをでっち上げ、多くの関係者に迷惑をかけ、都民の税金を無駄に使ってしまっている。結果は、何もかわっていない。

 コロナ対策も、後手後手に回り、「ロックダウン」や「東京アラート」など意味の無い言葉と対策の連続であった。経済対策にしても、これまで積み立ててきた財政調整基金、つまり貯金の9500億円はほとんど使い切ってしまった。近隣の諸県が羨むように、東京は金持ちであり、休業補償のための感染拡大防止協力金などをふんだんに支給できる。極論すれば、小池都知事の手腕ではなく、潤沢な都の財源のおかげで成果が上がっているのである。ただし、再選後には、財政再建という重い荷物を背負うことになる。

 東京五輪についても、主催都市のトップでありながら、IOCからは十分な情報を提供してもらえず、いつも蚊帳の外の状況である。延期に伴う必要経費は5000億円くらい必要だと私は見積もっているが、この財政難のときに、どうやってそれを調達するのであろうか。

 嘘で始まった小池氏の政治家人生の集大成が、東京都の破綻では話にならない。

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