
(黒木 亮:作家)
筆者は小池氏の学歴詐称を疑う者であり、その論拠の一つは小池氏のアラビア語の能力である。
その検証作業として、2年前に文春オンラインで発表した「初検証・これが小池百合子のアラビア語の実態だ」(https://bunshun.jp/articles/-/7909)という記事の中で小池氏がアラビア語を話している動画を用いて分析した。今年1月にもJBpressにて「徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽(1)お使いレベルのアラビア語」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58847)の中で、別の動画を使って検証した。
検証の結果は、小池氏は、カイロ留学時代からの経過年数を考慮したとしても、アラビア語による大学レベルの教育について行けたとは考えられないというものだった。
ところが6月10日になって、アラビア語通訳者の新谷恵司氏が、筆者の記事に対する反論を発表した(「小池都知事のアラビア語力をどう評価したらいいのかわからない方へ」(https://note.com/jaber/n/n5f60bf9ac523))。
この反論文について、その後あるネットニュースが新谷氏にメールで取材し、これを引用する記事を掲載したり、さらにその記事がヤフーニュースに転載されたりして、少々拡散しているようだ。
新谷氏の内容を読んでみると、筆者の信用問題にかかわる部分もあった。そこで、あらためて筆者の考えを述べたい。
事実とは言い難い「反論」の数々
まず指摘したいのは、新谷氏は小池氏関連の通訳を引き受け、金を稼いでいる「業者」であるということだ。小池氏とは利害が一致しており、以前も自身のツイッターで「小池閣下の当選を祈願して〇〇断ちをした」「閣下のアラビア語に疑問を呈する輩に、通訳者として閣下のアラビア語は素晴らしいと言ったら、けっ、おぼえていやがれと言って退散した」といったツイートをしていたので、眉をひそめたことがある。今回の記事でも、小池氏のアラビア語を持ち上げることで歓心を買い、自己の利益に結びつけようという意図が感じられる。
新谷氏は記事の冒頭で、「私は、政治家小池百合子に期待をしていますが、そのことが、同氏のアラビア語能力についての私のこの評価に影響を与えているということはありません」と予防的に述べているが、上記事情にかんがみ、筆者には到底そうは思えない。
また彼が引用する文春オンラインの筆者の記事は2年前のものであり、都知事選の直前になって、突然このような指摘をしてきたのは、特別な意図があってのことと考えざるを得ない。新谷氏と筆者は35年前のカイロ留学時代以来の付き合いがあり、年に1、2回は電話やメールをする間柄なので、筆者の指摘が違うと思うのなら、まずは筆者に直接連絡してくるのが普通である。
新谷氏は、自身の記事の中で、小池氏がフスハー(正則アラビア語、文語)ができないことを擁護している。しかし、カイロ大学の教科書はフスハーで書いてあり、試験の答案もフスハーで書く。4年間アラビア語で勉強し、教科書を読み、毎年論文式の試験も突破して卒業したのなら、フスハーで話せないことはあり得ない。英語でも同様だが、普段その外国語で話す環境になくても、その言語で文献を読んだり、文章を書いたりしていれば、それとほぼ同じ水準で話すことができる。学者、研究者などが英語を話すと、発音はあまり上手ではなく、ネイティブのような気の利いた言い回しもしないが、文献に書いてあるような知的水準の内容で英語を話すのがその例だ。新谷氏の「博士号を持っていても、まったくフスハーではしゃべれない、という方は普通にいます」という記述に至っては完全に信用できない。
新谷氏は「日本人が日本で6か月学んだ程度でエジプト口語(アンミーヤ)を話すようになることはできません。アラビア語はノンネイティブには敷居の高い言語で、始めてから1年でようやく辞書を引けるようになる、と言われています」と書いているが、ここには議論のすり替えと嘘がある。
筆者が記事で検証したのは、小池氏のフスハーについてである(インタビュー動画はすべてフスハーを話すべきシチュエーション)。また「6か月程度」と言うのは、一緒に小池氏のインタビュー動画を見たエジプト人ジャーナリストの意見であり、筆者の実感でもある。筆者は1982年にアジア・アフリカ語学院(東京都三鷹市)の企業研修コースでゼロからアラビア語を半年習った。小池氏のアラビア語は研修を終えた当時の筆者のアラビア語に似たような水準である。
また新谷氏は辞書を引けるまで1年かかると言うが、企業研修生たちはゼロから始めて3カ月後には辞書を引いていた。なお講談社現代新書『外国語をどう学んだか』(1992年)の205ページから210ページに小池氏の寄稿があり、カイロ・アメリカン大学の語学コースでアラビア語を学び始めて3週間で辞書を引きながらエジプトの代表的日刊紙「アル・アハラーム」の記事の訳に取り組んだと書かれている。新谷氏によるとこれは嘘ということになるのだろうか?
黒木亮氏(本名:金山雅之)のカイロ・アメリカン大学上級アラビア語コース修了証と秋学期・春学期の各成績表(成績はオールA)小池氏のリビア訪問時の動画について、新谷氏は「知事の発音、イントネーションは極めて正しく、非常に聞きやすいものです。これゆえに、アラブ人が感動し、このようにメディアが引用もするし、会った人が直接話したいと思う理由」と書く。しかし、筆者が聞く限り、確かに「アイン」の文字の発音などはそれらしいが、事前のリハーサルを考えれば、アラビア語を勉強している日本人の学生が喋るようなごく普通のアラビア語で、これでアラブ人が感動するなどということはあり得ない。
「できるだけ早く(as soon as possible)」という基本的なアラビア語も出てこずに助け舟を出され、その後は動揺して赤面し、話し方も乱れている。多少の間違いがあるのは筆者も当然だと思うが、「文春オンライン」の記事で指摘した通り、わずか1分10秒ほどの間に非常に多くの間違いがあり、これでカイロ大学を卒業したとは到底思えない。
そもそもアラブ人が感動するほどのアラビア語の使い手が「とてもよい面会」を「とても美味しい面会」と言い間違えるものだろうか?
新谷氏は自身の文中で、小池氏の場合、アラビア語の「使用語彙」より「理解語彙」のほうが圧倒的に多いと説明するが、アラビア語をきちんと話せないことを何とか説明しようとしているようで、にわかには信じがたい。
全体として新谷氏の記事は、小池氏の貧弱なフスハーの会話能力を何とか擁護しようとして、嘘や無理な議論を展開している。また小池氏のエジプト口語を誉め称え、それゆえ小池氏はアラビア語ができるのだと述べるが、小池氏が原稿やリハーサルなしで、流ちょうにエジプト口語を話している動画を筆者は見たことがないし、そういうものが存在するとも思わない。小池氏が本当にアラビア語に堪能であるというのなら、先の都議会で与えられた貴重な場などを利用して、疑念を晴らせばいいだけのことである(https://www.youtube.com/watch?v=AgVVXnDmQgQ&feature=youtu.be)。
なお筆者は、カイロ・アメリカン大学の上級アラビア語コースを修了し、同大学院(中東研究科)入学後は、アラビア語の文献を読んで期末レポートなどを書き、家庭教師についてアラビア語の勉強を続けた。また小池氏のインタビュー動画は、エジプト人ジャーナリストと一緒に検証したものであり、記述内容には絶対の自信を持っている。
小池氏のアラビア語を擁護する人々の処世術
小池氏のアラビア語が素晴らしいと評価したのは、筆者が知る限り、日本人では新谷氏だけである。筆者は外務省のアラビストや中東関係者と多くの付き合いがあるが、小池氏のことを話すと皆、一様に表情を曇らせる。小池氏と付き合いのあるアラブ人の一部に新谷氏に似たような発言をする人もいるが、日本におけるアラビア語の世界は狭いので、著名政治家である小池氏の影響力を考え、本当のことを言っても何の得にもならないと考えているのだろう。
一方、筆者の検証記事を読んだ浅川芳裕氏(1993~95年カイロ大学文学部在籍)はツイッターで「小池氏の会話を聞くと、彼女の(アラビア語)の中途半端さ加減が手に取るように分る。小学生みたいなエジプト方言をベースに無理やり文語を盛り込もうとするが、文法・語彙力が圧倒的に不足。カイロ大正規卒業は絶対無理」と述べている。
カイロ在住の通訳・翻訳家モハメッド・ショクバ氏(カイロにあるイスラム世界最古で最も影響力のある宗教大学であるアズハル大学卒)は「留学していたのが40年前だとしても、信じられない。あまりにお粗末でカイロ大学を卒業して通訳をやっていたという話を疑ってしまうほどだ。話す文章は完結しておらず、普段私たちが使うことのない単語を使っている」と述べている(「週刊ポスト」2017年6月16日号)。
カイロ大学で博士号を取得したイスラム法学者の中田考氏は「イスラム圏というのはコネ社会で、そういう(ハーテム元副首相との)人間関係があると何でも変わってしまう。金銭援助も、大学の単位のことも、大いに助けてもらったと思いますよ。そうでないと、あのアラビア語でカイロ大をすんなりと卒業できたはずがない」と述べている(同)。
石井妙子著『女帝 小池百合子』には、小池氏のアラビア語の能力がカイロ大学の教育レベルとはほど遠かったという同居人女性やその他の人々の証言が出てくる。
これらのコメントに照らせば、新谷氏の主張がいかに特異であり、別の目的をもってなされていることが分かるはずだ。
小池氏の世論操作
小池氏は世論操作に非常に積極的であると言われる。「週刊文春」(6月18日号)は小池氏の関連団体や東京都から「ベクトル」というPR会社に、過去6年間で約3億7500万円の政治資金や都の予算が支出されており、立憲民主党などと比較しても、驚くほどの巨額であると指摘している。
また前回の都知事選で小池氏の対立候補のネット対策を担当した人物は「都知事選が始まると、突如としてネットの書き込みが小池氏一色になった。小池氏のネット工作は、PR会社というよりも、ネット工作員を束ねる私兵が、イベントごとに集まっているようだ。小池氏の陣営からもよくそのような話を聞いた」と述べる。
また小池氏を批判する記事を書くと、匿名のツイッター・アカウントが寄ってたかって大量の書き込みをして、炎上させられることがある(以前、小池氏の学歴詐称疑惑について書いたタレントのフィフィさんのツイッターも炎上した)。筆者のケースでも、小池氏に対する批判的な記事を書くと、最初の2、3日はほぼ肯定的な読者コメントばかりだが、それ以降は、急激に否定的なコメントが増え、しかも感情的で論拠もあいまいなものが多くなる。
石井妙子氏の『女帝 小池百合子』が発売された直後にも、待ち構えていたかのように、小池氏の元秘書が編集長を務める雑誌のウェブ版に「カイロ大学卒業は本当」という記事が掲載された。
『女帝 小池百合子』では、小池氏が、自分を好意的に報じるメディアに優先的に情報を与えて、他社に恥をかかせ、小池氏に否定的な報道ができないようコントロールしていると書かれている。記者会見においても、厳しい質問をするフリーの記者はほとんど指名されない。
学歴詐称疑惑に関しては、小池氏は自分の口からほとんど説明はせず、自分の息のかかったメディアを使って、彼らに“言い訳”をさせている。喋ると卒論の件のように、ボロが出ると恐れているのだろう。今回の新谷氏の記事も、その種の工作の一つではないだろうか。小池氏は、そうしたやり方が、ますます疑念を持たれる原因だということを知るべきだ。
解消しない学歴詐称疑惑
カイロ大学は去る6月8日に小池氏が卒業しているという声明を駐日エジプト大使館経由で出した。これがいかに異様なことかは、舛添要一、池田信夫、浅川芳裕、山口一臣氏らの指摘する通りである(「卒業証書を公開しても疑惑を払拭できない小池都知事」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60947)。小池氏は、こういうことをしないと自身の卒業を証明できないというわけで、これまた異常なことである。
小池氏は、6月15日に記者会見で卒業証書類を初めて公開したが、筆者に言わせれば、カネやコネで学位や卒業証書を手に入れられる国の書類を出したというだけのことだ。公開された書類にしても疑問点が残る。たとえば卒業年が1976年になっているが、小池氏の自著『振り袖、ピラミッドを登る』にも、講談社現代新書『外国語をどう学んだか』の寄稿文にも、1年目で落第したと明記されており、それならば卒業は1977年以降でないと辻褄が合わない。小池氏が、サダト大統領夫人の非公式アテンド係を務めた1976年10月に話したストーリーに合わせて卒業証書類を作ったので、こういうことになったのではないか。
いくらカイロ大学が卒業を認め、卒業証書類を持っていたとしても、学業の実体がなければ、学歴とは認められないことは言うまでもない。
この点に関しては『女帝 小池百合子』に、小池氏はカイロ大学を卒業していないという、カイロ時代の同居人女性の証言が59ページにわたって詳述されている。論旨は一貫しており、物的証拠もある。小池氏はこれに対し、反論も釈明もしていない。
また、(1)あったはずの卒論をなかったと言う嘘、(2)「首席で卒業した」「トップの成績と言われた」、「1年目で落第したが4年で卒業した」、「1971年(存在しない)カイロ・アメリカ大学・東洋学科入学(翌年終了)」、「何度も卒業証書を公開した」(都議会答弁)、「卒業証書類を、複数のアラブの専門家が判読し、本物と認めた」(同)等々、卒業や証書に関する多くの嘘、(3)「お使い」レベルのアラビア語、などを考慮すれば、学業実体があったと信じるのは困難である。
『女帝 小池百合子』には、小池氏が、細川護熙、小沢一郎氏などを含め、利用価値がなくなった人間を冷酷に切り捨て、今度は批判を始めるというエピソードが多数出てくる。同じように、小池擁護派もいつか切り捨てられる可能性があるだろう。ただ彼らにしても、所詮は処世術でやっていることなので、都合が悪くなると逃げるのかもしれない。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 40年前、私に学歴を「詐称」した小池都知事
[関連記事]

コメント