2019年文部科学省は「2018年のいじめ認知件数は約54万件にのぼる」という調査結果を報告している。この数値は2017年度比で約13万件増加しているが、施設別に見ると小学校での増加が特に多い。

 また、「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命,心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」と定義される「重大事態」は602件あった。こちらも前年度比88件増加しており、いじめ行為の深刻化に歯止めがかからない状況だ。

 長年ウェブと生きづらさをテーマに取材を進めているライター・渋井哲也氏の『学校が子どもを殺すとき』(論創社)より、一部を抜粋する。

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が「いじめ」と本格的に取りくむ――中野富士見中いじめ自殺

 いじめ社会問題化するなかで、文部省(現・文部科学省)は1986年に、いじめの発生件数を「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」で公表するようになった。

 その文書では、いじめはこう定義されていた。

(1)自分より弱い者に対して一方的に、(2)身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、(3)相手が深刻な苦痛を感じているものであって、 学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの。

 86年以前でも、いじめいじめに起因した自殺は起きていたし、メディアで報道されることもあった。しかし、文部省はいじめに対するアクションを起こしてこなかった。そんな文部省が、いじめに対して本腰を入れることになったのが、86年だと言える。この定義を【86年の定義】としておく。

 調査の直前には、世間を騒がせたいじめ自殺が起きている。

「このままじゃ、『生きジゴク』になっちゃうよ」

 86年2月1日、東京・中野区の中野富士見中学校2年の男子、裕史(享年13)が、父親の実家に近い岩手県盛岡市のJR盛岡駅前にあるショッピングセンタートイレ内で首吊り自殺をした。「家の人へ、そして友達へ」と書かれた遺書が残されていた。

 突然、姿を消して申し訳ありません。(原因について)くわしい事については●●とか○○(筆者注…●●と○○は人名。遺書では実名)とかにきけばわかると思う。俺だってまだ死にたくない。だけどこのままじゃ、「生きジゴク」になっちゃうよ。ただ、俺が死んだからって他のヤツが犠牲になったんじゃいみないから。だから、もう君達もバカな事をするのはやめてくれ。最後のお願いだ。

 裕史は、10人ぐらいのグループのなかでパシリ(使いっ走り)をしており、ちょっとしたことでメンバーに殴られていた。担任は知っていたが、指導をしていない。さらに、教室で葬式ごっこの対象になった際には、教師も参加していたことがわかった。このいじめ自殺事件は、今日まで代表的ないじめ事件として語りつがれている。

クラス全員と教師3名による「葬式ごっこ」

 この自殺をめぐっては、86年4月に警視庁いじめの加害者16人を傷害と暴行容疑で書類送検した。同年6月には、遺書に書かれていた生徒2人と両親、東京都中野区を相手に損害賠償を求めて、遺族が東京地方裁判所に民事提訴した。以下、訴訟の記録を元に、事件の概要を振りかえってみる。

 この事件が注目をあびたのは、前述のとおり「葬式ごっこ」に教員が参加していたからだ。判決文には、「2年A組の生徒数名は、同年11月中旬頃、裕史の不在の席で雑談していた際、欠席、遅刻の多い被害生徒が死亡したことにし、追悼のまねごと(葬式ごっこ)をして、驚かせようと言い出した者がいて、これに賛同し、実行に移すこととした」とある。これに教師が加わったというのだ。

 机には、「鹿川君(筆者注…被害生徒の名字)へ さようなら 2Aとその他一同より 昭和61年11月14日」と書かれた色紙が置かれ、そこには2年A組のほぼ全員の生徒と、ほかのクラスの2年生の一部、担任、英語科担当教師、音楽科担当教師、理科担当教師という4人の教諭によるコメントが書かれていた。加害生徒の主犯格は「今までつかってゴメンね。これは愛のムチだったんだよ」、担任は「かなしいよ」、英語科担当教師は「さようなら」、音楽科担当教師は「やすらかに」、理科担当教師は「エーッ」などと書いていた。

新たな交友関係も破壊された

 遅刻して登校した裕史は、机のうえを見て「なんだこれ」と言った。彼が登場すると、クラスのひとりが弔辞を読みあげた。帰宅した裕史は、「こんなのもらっちゃった」と母親に色紙を見せた。

 使いっ走りを拒んだ裕史は、グループメンバーに平手打ちをくらうこともあった。グループを抜けようとすれば、仲間はずれにしようとするムードが高まる。結局、被害生徒は学校を欠席するようになっていく。この段階で、裕史の家族と担任は話しあっていない。

 裕史は新しい交友関係を作り、年末年始に高尾山自転車旅行に行く。グループメンバーたちが憤慨し、裕史と一緒に遊んでいた生徒たちに暴行を加える。事実を把握しようとした教頭が当事者らに電話をしたものの、暴行の事実を否定した。

 その後もいじめは続く。転校の可能性を模索したが拒否。86年1月31日、登校するかのようにして家を出た裕史は、登校もせず、帰宅もしなかった。同年2月1日盛岡駅ビル地下1階のトイレで、自殺をしているのを発見された。遺品には、新しく買ったミュージックテープ、現金331円、そして、保坂展人著『やったね元気君ーー体罰いじめに負けなかったぜ』とビートたけし著『幸か不幸か』という2冊の本が含まれていた。

 以下、裁判の判決文を参照しつつ、何がいじめとして認められたのかを検証してみよう。

教師が生徒のいじめを止めなかったのは違法

 東京地裁の判決では、公立学校設置者の安全保持義務は、学校教育の場自体だけでなく、密接に関連する生活場面でも、ほかの生徒からもたらされる生命、身体などへの危険にも及ぶ。つまり、「学校事故の発生すべき注意義務」があるとしたうえで、いじめについて次のように言及した。

 いじめの問題を単なるいたずらやけんかと同一視したり、生徒間の問題として等閑視することは許されない状況にあるとの基本的認識に立って、その解決のためには、いじめへの予防及び対応等の緊急の措置とともに、生徒の生活体験や人間関係を豊かなものにしていく長期的な観点に立った施策が必要である。

教師は生徒の苦痛を予見できるか

 一方で、「いじめの行為といっても、…(中略)…必ずしもそれ自体が法律上違法なものであるとは限らないのであるから、子供の人権上又は教育上の配慮から、それを規制するためにとり得る方策にもおのずから限界があって、多くの場合においては、教育指導上の措置に限定されざるを得ないことも明らかである」と述べ、いじめ自体が違法とは限らず、指導の対象に限定されるとも指摘する。

 そのうえで、いじめの内容や程度、被害生徒と加害生徒の年齢、性別、性格、家庭環境などを考慮して、「安全保持義務」について考慮するとしている。くわえて、「(被害生徒に対する)身体への重要な危険又は社会通念上、許容できないような深刻な精神的・肉体的苦痛を招来することが具体的に予見されたにもかかわらず、過失によってこれを阻止するためにとることができた方策をとらなかったときに、初めて安全保持義務違背の責めを負う」とした。

 つまり、条件付きだが、生徒にいじめがあり、教師が生徒の苦痛を予見できる場合、いじめを止めなかったことは違法であると裁判所は認めたのである。

地裁は「葬式ごっこは自殺と直結しない」と評価した

 しかし、地裁判決は、「葬式ごっこ」については次のように評価した。

『葬式ごっこ』については、裕史の死後にその死をいじめによる自殺という観点からとらえる一連の報道の中ではじめて表面化し、教師までが加担していたとして非常に陰湿な出来事であるかのように一般には報道されたけれども、被害生徒が当時これを自分に対するいじめとして受け止めていたことを認めるに足りる証拠はなく……(以下略

 つまり、被害生徒が葬式ごっこをいじめととらえていたとは言えない、としたのだ。葬式ごっこに教師が参加したことについては、「教師らが右のような生徒らの悪ふざけに参画したことについては、教育実践論上は賛否両論がみられるけれども、いずれにしてもひとつのエピソードであるに過ぎないのであって、これを被害者の自殺と直結させて考えるのは明らかに正当ではない」と述べた。

 地裁判決は、葬式ごっこに教師が参加したことを「ひとつのエピソード」としてしかと捉えていない。「当時社会問題のひとつとされていたような典型的・構造的ないじめの事例」と見ることはできない、ということである。

自殺の予見性を認めず

 長期間にわたる欠席があり、休むたびに「通院のために欠席をする」という不自然な電話連絡を自身がしていたことからも、被害生徒が深刻な苦痛に陥っていると教員が考えることはできた。その意味で、安全保持義務があることは認めている。

 一方で、「明白に自殺念慮を表白していたなど特段の事情がない限り、事前に蓋然性のあるものとしてこれを予知することはおよそ不可能」と、自殺の予見性は否定した。いじめの発生やいじめによる苦痛と自殺とは「別個のこと」という判断だ。

 この判決を不服とした遺族は、91年に控訴した。94年5月、東京高等裁判所は、判決でいじめの評価を一部見直した。地裁判決よりも、「葬式ごっこ」をいじめと認定した。そして、葬式ごっこについても、「そのような自分を死者になぞらえた行為に直面させられた当人の側からすれば、精神的に大きな衝撃を受けなかったはずはないというべきであるから、葬式ごっこはいじめの一環と見るべきである」と評価を改めている。

兆候にきづいても「注意」に留まる教師

 地裁判決では「ひとつのエピソードにすぎない」として、いじめとしては認めなかった。だが、控訴審判決では「精神的に大きな衝撃を受けなかったはずはない」として、いじめとして認めた。また、学校内外の被害生徒の動向に教師が気づいていたことも示された。被害生徒が授業中に抜け出したり、欠席や遅刻が続いた状況があったため、8月8日に次のような手紙が担任から親に出されたことに言及したのである。

 気が弱いということから、イジメラレル傾向があります。僕も気をつけていますが、今の生徒は中々ずるがしこくうまく、彼を仲間にひき込もうとします。イジメて悪いことでもやらせようとするんです。しかし裕史は悪いことの出来る子ではありません。だから、イジメラレルのかも知れません。

 さらに、被害生徒がいじめの対象になることを学校側は予見していたことや、いじめの対象になっていることをも学校側は目撃していたことについて、「いじめに長期間にわたってさらされ続け、深刻な肉体的、精神的苦痛を被ることを防止することができなかったものであるから、中野富士見中学校の教員らには過失があるというべき」と指摘。学校側の対処は、加害生徒のいじめ行為を注意するだけだったことを認めた。

いわき市のいじめ自殺判決は画期的過ぎた?

 しかし、「いじめを受けた者がそのために自殺するということが通常の事であるとはいい難い」として、控訴審判決も自殺の予見性は認めなかった。つまり、一般的な教員ならば、いじめを受けた生徒が自殺するという結果をまねくことは認識できないと結論づけた。当時は、いじめは、自殺のリスクとして捉えていないということなのだろう。

 前出の福島県いわき市立小川中学校3年の男子生徒のいじめ自殺では、加害生徒の行為は「悪質ないじめ」であり、学校側にも過失があったとした。安全配慮義務違反を判断する基準としては、「心身に重大な危害を及ぼすような悪質重大ないじめであることの認識が可能であれば足り」るとしていた。中野富士見中学校のいじめ自殺の判決と比較した場合、裁判所によっていじめ自殺に関する司法の評価が分かれてしまっている実態が浮きぼりになった。

 いや、中野富士見中のいじめ自殺は、いわき市のいじめ自殺のあとに起きた。両者の判決を見るかぎり、いじめ自殺に関する司法の評価は後退したと筆者は考える。もしくは、当時としては、いわき市のいじめ自殺判決が画期的過ぎたのかもしれない。

13歳少女が飛び降り自殺 残されたのは「みんな呪ってやる」のメッセージだった へ続く

(渋井 哲也)

『学校が子どもを殺すとき』(論創社)