NHK連続テレビ小説「エール」の50話の展開が秀逸だった。

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 音楽学校の記念公演「椿姫」の主役に大抜擢され、毎日、猛レッスンする音(主人公・裕一の妻)に妊娠が発覚。出産のために退学は仕方ないとしても、公演だけはやり遂げたい。そんな彼女に周りの目は冷たく、いまなら立派なマタハラ(マタニティハラスメント)にあたりそうだが、体調の変化で思うように声が出なくなっていたことを自覚した彼女は、裕一に背中を押され、出演を辞退することに。歌手になりたい。でも、子どもにも会いたい。「夢も子どももあきらめない」と涙する音に裕一は「音は何ひとつ諦める必要はない。そのために俺がいるんだから」とサポートを約束する。

 親になったらもう夢を追いかけてはいけないのだろうか。では、裕一のような、できた夫がいない人の場合はどうだろう。

スター歌手の夢諦めきれないシングルマザー

ワイルドローズ』は『ジュディ 虹の彼方に』で注目されたジェシー・バックリーが、プロのカントリー歌手を目指すシングルマザーに扮した音楽ドラマ。バックリーが見事な歌声を披露し、英国アカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされた。

 スコットランドのグラスゴーに暮らすローズカントリーのスター歌手になるのが夢。いつかアメリカのナッシュビルに行きたい。行けば、何かが変わるはず。前科のある彼女は、家政婦の仕事をしながら、貯金を始める。すべては夢のために。

 ある日、彼女の歌声を聞いた裕福な雇い主のスザンナが彼女を支援したいと乗り出す。子育てがひと段落したスザンナはまだ23歳のローズに若い頃の自分を見たのだろう。「夢を追いかけられるのはいまのうち。子どもができたら、好きなことはできない」。そんな彼女にローズは自分の身の上を打ち明けられずにいた。ローズは10歳にも満たない幼い子どもたちを抱えたシングルマザーだった。

 ローズのキャラクターは脚本のニコール・テイラーがスター発掘番組で観た、とある女性シンガーが創造の源となっている。素晴らしい歌声の持ち主である彼女には道を踏み外した過去があり、5人の子どもがいた。「子どもたちのために夢を諦めるべきなのか。子どもたちとは別の人生を歩んででも、神が与えてくれた才能を花開かせるべきなのか」。その疑問を映画で追究したのだという。 

 親の自覚のないローズは子育てよりも歌優先。自由時間は歌の練習に充てる。遊びたい盛りの子どもたちは、唯一の楽しみだった海に行く約束も反故にされ、休日は知人の家をたらい回し。ストレスはマックスに。

 そんな折、息子が大けがをしてしまう。それはローズにとって夢をかなえる第一歩、スザンナが彼女のために開いてくれた大事なショーの前日だった。迎えた本番当日。母親に子どもを預け、舞台に向かおうとする彼女に母親は「自分に絶望しているのなら、子どもも絶望するしかない」と言い放つ。全面的にローズのことを信頼しているスザンナに、ローズは自分も親であることをいまだ、ひた隠しにしていた。

「自分で夢を追いかけるより、子どもに夢を託した方が楽だった」

 劇中に登場するのは三者三様の母親たちだ。親になっても、夢をあきらめないローズ。親になった現在だからこそ若い人を支援したいと思うスザンナ。そしてローズの母親である。若い頃は彼女も大学に入って学びたいという夢を抱いていた。だが、ローズが生まれ、必死で子育てをするうち、いつしか夢を手放していた。「自分で夢を追いかけるより、子どもに夢を託した方が楽だった」と母親。堅実に暮らしてもらいたいと願ってきた娘が、歌手になりたいという別の夢を追い続ける姿を見て、何を思うのか。

 出産も育児も体力のいる大仕事。夢を追いかけながら片手間にできることではない。だからといって、夢をあきらめる口実にしてしまっては子どもたちが傷つき、彼らも夢を抱けない。子どもに自分の夢を押し付けるのは問題外。自分と同じ道を歩まないようにとつい過干渉になってしまう親もいるが、どんなに小さくても、子どもは親の所有物ではなく、別の人格を持った一人の人間だ。

 母親の言葉に耳を貸さず、結局は自分でいろんな壁にぶち当たっては痛い目に遭って、ようやく気づいていく不器用な主人公ローズ。その生きざまに触れれば、多くの人が彼女を応援したくなると思う。夢を追う人の家庭を支えるのは何も夫や親でなくても構わない。社会全体がそうあればいい。

「夢か家族か」という選択は本当は必要ないもの

 映画のモデルとなった女性の素晴らしい歌声だって、親になったからこそ得た感情や豊かな表現力が備わってこその賜物ではないかと思う。親だから夢をあきらめるのではなく、親になったからこそ、かなえられる夢もある。親であることは決してマイナスじゃなくて、大きな経験値。出産や育児で、夢やキャリアをあきらめるなんてもったいない。

私と仕事、どっちが大事なの?」なんてくだらない質問をする人がいまではいなくなったように、「夢か家族か」という選択は本来、必要のないもの。夢も家族も。それは決して強欲なことじゃない。


ワイルドローズ

6月26日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

配給:ショウゲート

◆監督:トム・ハーパー ◆脚本:ニコール・テイラー
◆出演:ジェシー・バックリー、ジュリーウォルターズ、ソフィー・オコネドー
2018/カラー/5.1chイギリススコープ102分/原題:WILD ROSE/PG-12  字幕翻訳:中沢志乃
◆コピーライト:© Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

◆配給:ショウゲート

◆公式サイト:https://cinerack.jp/wildrose/

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