(PanAsiaNews:大塚智彦)

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 東南アジア諸国連合ASEAN)の大国インドネシア新型コロナウイルスの感染拡大防止策で迷走している。6月17日インドネシアコロナウイルス感染者、感染死者の両方の数字でそれまで感染者数最多だったシンガポールを抜いた。感染者数は域内最悪の数字4万1431人を記録、感染死者数はとうの昔から域内断トツであり、これで「ワースト2冠」になってしまった。

規制の緩和が仇に

 翌日18日のインドネシア新聞各紙、民放テレビ、ネットメディアはこぞってこの不名誉な数字を伝え、国民に依然として続くコロナ感染の危険性を改めて強調し、感染予防策の徹底を呼びかけた。

 なぜかといえば、首都ジャカルタなどでは6月4日にそれまで人やモノの移動制限、工場や事務所、店舗などの営業制限をそれなりに厳しく課してきた「大規模社会制限(PSBB)」(4月10日以降施行)を実質的に緩和してしまい、市場やショッピングモール、飲食店、営業所、会社などが条件付きながら一斉に再開してしまったのだ。

 伝統的な市場は人手ごった返し、ターミナルとなる駅やバス停では長い乗車待ちの行列が出現し、緩和策の中でも注意しなければならないとされる「3密回避」などまるで無視されたような状況がジャカルタ市内の各所で出現している。

 一方の国会ではコロナ対策関連の重要法案とは別にコロナとは全く無関係な「国是パンチャシラ関連法案」や「憲法裁判所法改正案」などの法案が提案される事態に地元マスコミや市民団体などからは「コロナ禍への危機感が欠如した非現実的国会」と批判される始末。

 それも両法案共に最大与党「闘争民主党(PDIP)」と同じく与党「グリンドラ」の議員が提出した法案だけに、ジョコ・ウィドド大統領の指導力を問う声もでるなど、インドネシア全体がコロナ禍の渦中にあり、国民が依然として苦しんでいるにも関わらず、規制緩和や無関係法案審議と政治、社会がまるで「コロナ禍はすでに過ぎ去った」かのような実状に医療関係者やマスコミなどからは痛烈な批判が噴出しているのだ。

軍の兵士を動員して感染拡大防止策を徹底

 4日のPSBB緩和発表を受けて伝統的市場で店舗番号の奇数と偶数別に営業が再開、レストランなど飲食店もこれまでの原則「持ち帰りか宅配」から「定員の50%」での店内飲食が可能になった。これを受けて市内の主な飲食店は次々と営業を再開。従業員のマスク、フェイスマスク、頻繁な手洗い、調理人のビニール手袋着用、椅子席、カウンター席の半減さらに客には入店時の検温、マスク着用、手指の消毒が必須条件となっている。

 約2カ月の間店内での飲食ができなかった日本食レストランにも在留日本人ビジネスマンや日本食好きなインドネシア人、欧米人が戻りつつあり、2割から4割の入りながら活気を取り戻しつつある。

 その一方で、5月末のイスラム教の断食月終了に伴う帰省からジャカルタに戻った人々に加え、失業者、無給の自宅待機者そして生活困窮者などが一気に職や食を求めて街中に溢れた。そのため伝統的市場やショッピングモール、バスや電車のターミナル駅では「3密状態」が発生している。医療関係者などは「規制を緩和したこともあり、これまで以上にコロナ感染の危険性は高まっている」と警告している。

 このため州政府はこれまでの警察官に加えて国軍兵士を動員してコロナ感染拡大防止策の徹底を図っている。

コロナに無関係な法案上程に批判殺到

 感染拡大防止のため休会状態かオンラインでの最小限の協議に留まっていた国会も規制緩和を受けて「保健衛生ルール」を守りながら少しずつ通常審議を再開しようとしている。

 しかし審議法案として上程されていたのが「パンチャシラ(国家5原則)理想指針法案」と「憲法裁判所法改正案」という法案で、いずれも与党が提出したものだった。

 コロナ対策の財政支出や医療態勢強化など優先審議が多い中でのこうした「いつでも審議できる法案」に時間を割くことへの批判がマスコミや国会監視団体などから沸き起こり、「パンチャシラ理想指針法案」は今国会での審議が見送られる事態となった。しかし「憲法裁判所法改正案」は依然として審議対象となっており、国民の不満は高まっている。

 このように国会議員の「法案審議の優先順位」への無理解とコロナ禍に対する危機意識が希薄なこともコロナ感染者数、感染死者数が一向に減らない背景に影響しているとの見方が強い。

 政府の肝いりで導入された失業者救済のための「職業準備カード」制度もシステムの不具合や手続きの煩雑さからほとんど機能しておらず、失業者の生活はますます困難に陥っている。

 この制度はデジタル職業訓練を終了した場合1人に60万ルピア(約4700円)を3カ月支給するというものだが、支給終了後の就職保証がなく、本当に必要な対象者が事前審査ではねられ、失業していない人が登録、支給されるなど混乱している。

 加えて対象の失業者を当初200万人と想定していたが、失業者の増加から600万人にまで引き上げたものの、実際の失業者は全国で640万人にまで膨れ上がっており、制度が追いつかない状態になり、現在は停止状態と実質パンクしてしまったというのだ。

保健省会見になぜか元準ミスを抜擢

 保健省とコロナ対策本部は毎日午後3時過ぎから、定例会見をオンラインで開催して、過去24時間の国内のコロナ新規感染者数、新規感染死者数と同時にこれまで累計感染者数、累計感染死者数などの感染に関するデータを公表している。

 この定例会見に6月8日から広報担当として美しい女性が登場するようになった。起用されたのは2010年の準ミス・インドネシアで、2011年にミス・インターナショナルにインドネシア代表として参加したレイサ・ブロト・アスモロさん。現在の肩書は、医師で保健省のコロナ対策スタッフの一員という。

 華やかな経歴を持つ美人だが、前職はジャカルタの警察病院法医学チームで航空機事故やテロ事件の犠牲者の司法解剖を担当していたという。その美貌と遺体にメスを入れるイメージとのギャップで、人気となっているのだ。

 保健省関係者によるとレイサ医師を起用したのは「ますます拡大するコロナ感染で少しでも国民がテレビの会見に注目してもらいたいとの思いを込めた」というが、なぜこのタイミングで、との疑念も頭をかすめる。

 だが、そこは何でもありのインドネシア、「本末転倒」「女性差別」などという声は全く聞こえてこない。それどころか、インスタグラムのレイサ医師の写真へのアクセスが増え、マスコミも次々と取り上げるなど「保健省の狙い」は大当たりしているのだ。

打つ手なしの感染拡大に自転車のススメ

ジャカルタの伝統市場で感染者続出、一部市場閉鎖へ」「10日連続でジャカルタのコロナ感染者数100人超」「ジャカルタの累計感染者数ついに1万人を超える」これらは最近のインドネシア地元紙などの主要な見出しである。

 インドネシア6月22日の時点で感染者数は4万6000人を超え、死者数も2500人と東南アジア諸国連合ASEAN)域内で最悪の数字となっている。特に首都のジャカルタ感染者数では1万人を超えるなど規制緩和以降も増加し続けている。

 こうした事態に医療関係者などからは早々と感染防止対策の実質的緩和に踏み切ったジャカルタ州政府への手厳しい批判がでている。しかしアニス・バスウェダン州知事は次期大統領候補として名前が上がっていることを意識してか、失業者、生活困窮者をさらに困難にさせる厳しい規制の継続より緩和を選択したことが結果として「見通しの甘さ」を露呈させてしまった。

 緩和後、アニス州知事は南ジャカルタの自宅から州政府庁舎のある中心部まで19キロを自転車で通勤しているとアピールして、市民に「自転車通勤のススメ」を訴えている。

 しかし、(1)歩道が整備されておらず車道を自転車で走るのは危険であること、(2)マスク着用で自転車利用は熱中症や呼吸障害に陥る可能性があること、(3)自転車を購入する経済的余裕が大半の市民にはないこと、(4)インドネシア人の多くが自転車に乗れないこと、などを無視した一方的な「自転車通勤のススメ」は「現実無視」「単なる人気取りのパフォーマンス」と批判を招いている。

 ジョコ・ウィドド大統領は地方視察などで子供や大人などに自転車をプレゼントすることが多く、それとてパフォーマンスに過ぎないが、実際に自転車大統領自身が贈ることで金銭的負担をかけない努力をしている。

 それすらしないで「自転車に乗ろう」というアニス州知事の言い分はもはや呆れを通り越した怒りとなってジャカルタ市民の間に反アニス気運を広げている。

 その一方で同じくコロナ感染拡大防止に辣腕を振るう2人の州知事の評価と人気が高まっている。早い時期に大規模なコロナ検査を実施して、州全体ではなく各自治体の感染実態に即した規制を実施しているリドワン・カミル西ジャワ知事。

 さらに気さくに人々の間に自ら足を運んで人々の声を吸い上げる努力を続け、一方で怠慢や無断欠席している公務員に厳しい対応をとるなど州民目線が評判のガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事の2人で、2024年の次期大統領選の有力候補に取りざたされるなど、コロナ禍への対応を巡っては、次期大統領選もにらんだ政治活動の要素が無視できない現状となっており、「誰もコロナ感染防止を深刻に考えていない」という状況がインドネシアの人々をさらに困難な局面に追いやっている。

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