ひきこもりの長男を持つある父親は先日、60歳になり、定年を迎えました。退職金を自分たち夫婦の老後資金と長男の将来の生活費に充てるつもりでしたが、思いもよらぬ事態が発生。先の見通しが立たなくなり、どうすればよいのか分からなくなり、筆者へ相談することになりました。

退職金は見積もりの半分

 34歳になるひきこもりの長男を持つ父親は、妻とともに筆者の事務所を訪れました。父親は今年定年を迎えましたが、『自分が想像していたお金の見通しと全然違うものになってしまった』ということだったので、事情を伺うことにしました。

 父親は、書籍やインターネットの情報を参考にして、「自分の退職金は少なくとも1000万円くらいになるだろう」と見積もったそうです。しかし、実際に支給された退職金は500万円ほどで、住宅ローンの残債を支払ったら、手元には数十万円しか残りませんでした。

「住宅ローンを支払った残りの退職金は、私たち夫婦の老後資金や長男の将来の生活費に充てようと思っていました。しかし、そのもくろみは完全に外れてしまったのです。一体どうしたらよいのか…目の前が真っ暗になってしまいました」

 父親は視線を机の上に落とし、そばにいる母親も心配そうにしています。

 先が見えなくなってしまった場合、まずは情報を整理し、大まかでいいので見通しを立て直してみることが重要です。そこで、筆者はまず、今後の収入の見通しを立ててみることにしました。

長男の就労にドクターストップ

 収入の見通しを立てるため、「誰が、いつから、どのくらいの収入が得られそうなのか?」という情報を整理するところから始めました。筆者の脳裏に真っ先に浮かんだのは、ひきこもりの長男のことでした。お子さんが月数万円でもよいので稼げるようになると、状況は好転する場合が多いからです。

 そのことをお話しすると、母親はより一層表情を曇らせました。

「それは重々承知しているのですが…実は、長男は月に1度通院をしています。担当の先生からは『仕事を始めるのは、もう少し様子を見てからにしましょう』と言われているのです」

 父親が説明を続けました。

「以前は、長男が働けるように叱咤(しった)激励をしたこともありましたが、それが逆効果だったようで…長男の様子がおかしくなり、親子関係が悪化してしまいました。そのため、長男の就労は今のところ考えていません」

なるほど。分かりました。では、お母さまはどうでしょう? パートで週2~3日働くなどできそうでしょうか?」

「私はずっと専業主婦をしてきました。長男のことも心配ですので、パートに出ることは難しいと思います…」

 母親は申し訳なさそうにつぶやきました。

 そうなると、最後のとりでは父親です。父親は65歳まで、今の会社で働く予定とのことでした。念のため、筆者は父親に質問をしました。

「日本は人手不足の影響もあり、70歳まで働ける会社も増えつつあります。お父さまの会社では、そのようなお話は出ていませんか?」

「そうですね。会社からは『元気で働けるうちはずっと働いてほしい』と言われています。私が元気であれば、70歳まで働くことは可能だと思います」

 さらに、父親から聞き取りをしたところ、60歳以降の給料は手取りで月20万円、社会保険厚生年金と健康保険)には引き続き加入するということが分かりました。

 そこで、筆者は父親に次のような提案をしました。

「現在の法律では、厚生年金は70歳まで加入することができます。お父さまが70歳まで働くと想定した場合で、収入の見通しを立ててみましょうか?」

 父親は「それでお願いします」というようにうなずきました。

父親の出した答えとは?

 両親が持参した「ねんきん定期便」(保険料納付の実績や将来の年金給付に関する情報などを掲載した通知)と聞き取った情報をもとに、大まかな収入の見通しの表を作成してみました。両親は食い入るように表を見つめています。筆者は2人に説明しました。

「65歳以降の年金からは、介護保険料が天引きされます。お父さまが働いている間は、お母さまの介護保険料も高めになります。そのため、お母さまの年金額は、65歳からと70歳以降で多少変動しています。また、お父さまは70歳まで厚生年金に加入する予定なので、70歳以降の年金が増額しています」

 父親は表のある部分を指さしました。

「65歳から70歳までの収入はかなり多くなりますね。このくらいの収入があると安心できます」

「そうですね。70歳まで給与収入があれば、その分、貯蓄の減るペースは緩やかになります。その間に別の対策も考え、ご家族で実行していくことにしましょう」

 両親は「はい」と言ってうなずきました。

 最後に父親は胸の内を語ってくれました。

「高齢になっても父親が働き続け、ひきこもりの息子を支える。これって、やっぱり変ですよね…」

 悩む父親に、筆者はこう声を掛けました。

「いわゆる『世間の常識』といったものに照らし合わせると、違和感を持つ人は多いでしょう。ですが、『その答えは本当に間違っているのか?』というと、そうとも言い切れないと思います。学校のテストではありませんから、『これが唯一の正解』というものはありません。答えは、ご家族それぞれの数だけあってもよいのではないでしょうか?」

「そうですよね。ずっと、心の中でモヤモヤしていましたが腹をくくりました。できるだけ長く働いて家族を支えようと思います」

 真っすぐな目を向けた父親からは、強い覚悟が感じられました。

社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

残った貯金が少なく…