我々が、北朝鮮金正恩委員長の死亡説に翻弄させられていた時に、北朝鮮(以後、北)首脳部は、何をしていたのか。

JBpressですべての写真や図表を見る

 金正恩氏が長期間姿を見せなかったのは、平壌を離れて、対韓・対米戦略を練り直していたようだ。私は、そこまでは考えていなかった、甘かった。

 妹の金与正氏は、韓国政府を罵倒し、そして南北友好の象徴施設を爆破した。これまでの融和政策から一転して過激な行動に出始めた。

 このことは気まぐれでできるものではない。北首脳部が戦略を周到に練って作成し、金正恩氏の決裁を得て決まったことだ。

 このような戦略転換が、短期間にできるものではない。今過激な行動に出ているのは、十分に準備され実行されているものであろう。

 コロナ避難説や死亡説が出ている最中に、検討していたと見ると、時期的に上手く重なる。

 6月16日、南北共同連絡事務所を木端微塵に爆破した。

 北は、韓国政府に合意事項を守らせようしたのだろう。とは言え、これは、やりすぎではないか。ここまでやってしまうと、南北融和の方向には戻れないと思う。

 そうであるのに、北が強硬姿勢に転じることができた自信はどこからきているのか。

 私は、JBpress6月22日)の記事に、韓国を孤立させれば、韓国に軍事侵攻して勝利できるだけの軍事力を整備し、完成しつつあると書いた(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61008)。

 つまり、在韓米軍が韓国に存在しなければ、北による武力統一が可能になったということだ。

ポーズだった北朝鮮の融和統一政策

 2018年金正恩委員長文在寅大統領の2回の南北首脳会談が行われ、南北が自ら平和的統一のための努力を行い、戦争のない朝鮮半島にしようという内容が話し合われた。

 2人の間には、融和な関係が築かれた。金正恩氏にとって見れば、真剣に話を聞いてくれる文在寅氏が、期待に応えてくれるだろう思ったのだろう。

 韓国にも和解のムードが漂った。

 ベルリンで得た情報によると、韓国は、北と並存しながら段階的に朝鮮半島を統一するということを考えていたようだ。

 実際に、「韓国政府関係者がベルリンを訪問し、東西ドイツの統一に関する情報を集めに来ている」と聞いた。

 南北自主統一を早める、今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換するという合意は実際的には進展せず、朝鮮半島の非核化に向け努力するという合意は、北の見せかけのポーズだけであった。

 軍事分野では、段階的な軍縮を実現するとあったが、相互とも実行せず、北は精密誘導の短距離弾道ミサイル、超大型ロケットを開発した。

 韓国は、米韓合同演習の中止や縮小はあったが、米軍の撤退については全く履行されなかった。

 一方、南北融和が進展したものもあった。

 南北共に、陸上では、南北境界付近にある監視所や障害物の一部を取り除いた。軍事境界線付近の上空での飛行禁止区域の設定、海上では「平和水域」が設定された。

 侵攻する意志がある北にとっては、侵攻を妨害する各種障害の一部が取り除かれ有利に進展した。

 北が求めていた米国に戦争終結宣言を認めさせることは、ベトナムでの米朝会談が物別れに終わったことで、崩れ去った。

 その内容には、韓国の南北融和政策を上手く利用して、北が韓国ソウルを無血占領して赤化統一するための罠が隠されているようなものだった。

 しかし、米国は、北に騙されるところを、きわどいところで防いだ。

 両者は、境界線をまたいで板門店の会談を行った。板門店宣言や平壌共同宣言は、何だったのか。

 文書の合意はできた。北としては、付随的な合意は達成できた。だが、本来の狙いであった朝鮮半島から在韓米軍を撤退させることと、経済制裁を解除させることはできなかった。

 文在寅大統領は、役割を果たせなかったのだ。北も非核化はポーズだけであった。

 ベトナムでの米朝合意ができなければ、南北の合意は、紙屑にすぎない。結局、期待した効果はなかったということである。

2年間待ち方針転換を選んだ北朝鮮

「韓国を赤化統一する」ことが、北の国是である。

 2018年の南北首脳会談では、北は、韓国を騙す融和政策により、国連経済制裁を解除させ、休戦協定を平和協定に変え、在韓米軍を韓国から撤退させるという戦略を進めていた。

 文在寅大統領は、やってくれそうであり、金正恩委員長は大きな期待を寄せた。

 板門店会談から2年が過ぎ、途中でベトナムでの米朝首脳会談が物別れになってしまい、大きな戦略目標は一つも達成できなかった。

 半年前の2019年12月末の党中央委員会総会を振り返って見ると、北は、「われわれは、過酷で危険極まりない大きな苦難を受けた。人民がなめた苦痛と発展を阻害された代価を払わせることを決めた。正面突破作戦を展開する」とする内容を発表したことを思い出した。

 今、北が韓国に対し強硬策に打って出てきているのは、方針転換を決心したこの時の言葉からだったと分かった。

 今年になって、金正恩氏は3~4月の約2か月間、所在がほとんど不明であった。死亡説も流れた。

 金正恩氏は、コロナの感染を恐れ、避難したのは事実であったろう。では、その間、何もしないでいたのかというと、そうではなさそうだ。

 つまり、韓国に対しては、騙しの融和政策をやめて、強硬姿勢を貫いて、韓国の反応によっては、戦いを挑むこと、総じて、再び武力統一政策を進めるために、具体的な策を検討していたのだろうと考える。

 金正恩氏は軍参謀を入れた首脳部とともに、シナリオ研究、兵器演習(図上演習)を実施し、方針を決定し、具体的な計画を策定し、決断したと考える。

 国家の戦略方針を変更し、これに伴い、具体的な計画を作成するのに、数カ月から半年かかったのは当然のことだ。

 どこの軍隊も同様のことを行うものだ。私も、自衛隊統幕で勤務していた時は、同様のことを泊まり込んでやっていたと覚えている。

 検討の詳細については、出来上がった計画に従い、これらを逐次実行に移していくと考えるべきだ。

 この際、どの段階で、どのような状況になった時、また、対象の韓国の出方によって、何をすべきかを決めたと思う。

 金与正氏が韓国を罵倒したことについては、政府首脳部が作成し、金正恩氏が決済した計画に従って、状況の推移に従って発表しているに過ぎないと考える。

 北は、相手を追いつめて交渉する瀬戸際外交が得意だ。

 これまでは、米国を相手に、瀬戸際外交を行ってきた。その際、韓国は脇役であった。今回の矛先は、まず、韓国に向けられ、そして次には日米であろう。

融和統一から強行戦略に転換できる背景

 北は、融和戦略で韓国を騙して統一するということができなくなったことで、再び武力統一という強硬戦略に舵を切った。

 北が、武力統一ができるには、後ろ盾となる国があることが必要だ。金正恩氏が3回中国を訪問して、次に中国の習近平主席が北を訪れて、友好的な会談を行った。

 このことによって、中国は、平時から軍事・経済を支援する。米国との交渉に対しては、破談した時には北を守り、韓国に対する強硬手段を実行するときも、北の安全を保証するために、軍事介入をちらつかせるだろう。

 韓国が軍事的手段を使用する可能性が出て来れば、韓国を止める保証が得られていると思う。

 兵器の支援については、現在は、近代兵器を北に供与していることは、表向きにはない。

 だが、短距離弾道ミサイルの測地衛星(軍事用)GPS誘導装置、超大型ロケット無人機を供与するなどの支援をしているようだ。

 北の兵器は旧式であるが、現在もなお現役で活動できるのは、中国からの部品供与があるからであろう。

 軍事的に見ても、「核とGPS誘導ミサイルで韓国占領窺う北朝鮮」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61008)(6月22日)に記述したように、軍事的に韓国を孤立させ、奇襲南侵すれば勝利することができる。

 韓国と比して軍事的に劣勢ではない。

 もし、小規模紛争が拡大して本格的な戦争になったとしても、軍事的に大打撃を受けないという自信があるであろう。

 さらに小規模の軍事衝突が起きたとしても、中国が仲裁に入り、北を守ってくれると、話し合いがついているのであろう。

 北の経済が困窮しているという情報があるが、1995年頃に餓死者が数百万人出た時期ほど厳しい局面にはない。

 中国がアンダーで支援しているようであり、北に瀬取りで石油製品を渡している。

 また、北の命綱である石油パイプラインを止めたという情報もない。北は、経済的困窮から切羽詰まっていることだけで、動き始めたとは考えにくい

今後の着地点はどこに向かうのか

 5月3日に北が、韓国軍の監視所を銃撃し、4発命中させた。この事件は、「偶発的なもの」として処理された。

 思い返してみると、北が、威嚇射撃を行い、韓国の反応を見たものと考える。

 施設の爆破を実施する前に、わざと銃撃を行い、韓国が強硬手段に出るか、通常通りの対応をするかを調べたのだ。

 北は、韓国側が偶発事案と処理したために、北が強硬手段を実行しても、反撃してくる意志は少ないと判断したのだろう。

 北は昨年年末の総会で、苦難を受けた代価を払わせると党員の前で発表した。相当の覚悟のようだ。

 従って、北は、韓国に対して矢継ぎ早に、強硬策を繰り出し、限界ギリギリのところまで追い詰める。

 過去の瀬戸際外交の危機レベルを超えて、小規模武力行使、ソウルを火の海にする、武力統一までもちらつかせる恫喝を行うだろう。

 韓国は、北が融和的な政策を継続しているものと判断していた。北がこの時期に、まさか強硬姿勢に切り替えてくるとは想像していなかった。

 今、驚いて、北の強硬策への対策を考えているだろう。

 日本は、今回の問題を高みの見物というわけにはいかない。韓国の次に、日本や米国に仕かけて来るからだ。

 日本に対する恫喝もある。メディアは冷静に対応することだ。

 半島情勢が悪化し、軍事境界線付近で、銃弾や砲弾が飛び交う事態に急速に発展する可能性がある。

 したがって、韓国にいる邦人の安全な避難を考えておくべきだろう。ソウルの西に位置する仁川空港は、北の長射程火砲の射程内にあることも認識しておくべきだ。

 防衛省自衛隊は、北の行動を詳細に予測して、対応策を作成する必要がある。

 特に、日本海や対馬海峡を通過する民間の船舶や航空機の安全の処置が必要になるだろう。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ボルトン回顧録で韓国民の怒りが日本に向かう理由

[関連記事]

核とGPS誘導ミサイルで韓国占領窺う北朝鮮

中国の尖閣奪取作戦が始動、手本は韓国の李承晩

北朝鮮によって粉々に破壊された北朝鮮と韓国の共同連絡事務所(2018年撮影、写真:YONHAP NEWS/アフロ)