(舛添 要一:国際政治学者)

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 アメリカでは、ボルトン前大統領補佐官によるトランプ暴露本が大きな反響を呼んでいる。ボルトンのみならず、ティラーソン国務長官、マティス国防長官も辞めたが、元側近がこのような暴露本を出すということは、いかにトランプの政権運営が異常かを物語っている。

 ボルトンの回想録によると、トランプは政策については全く理解しておらず、支持率を上げ、再選されるのに何が有利になるかしか考えていないという。金正恩との米朝首脳会談にしても、会談の内容よりも、写真を撮ることのほうが重要だったという。

 その指摘は、実は小池百合子都知事にも当てはまる。政策についての理解よりも、派手なパフォーマンスと英語を交えたスローガンを乱発して、マスコミの注目を浴びることに重点を置く都政運営を行ってきたからである。しかも、そこには多くの嘘や誇張がちりばめられており、科学的、データ的に間違っていても、そんなことは気にしない。矛盾の塊であっても、訂正することなく、移ろいやすい有権者が忘れるのを待っている。そして、平気な顔で、以前に言ったことと全く異なることを提案する。

 マスメディアもその矛盾を指摘することなく、彼女のパフォーマンスのお先棒をかつぎ、宣伝をする。いわば、小池都知事の共犯者であり、過去の報道の誤りを訂正することもない。こうして、都政の重要事項が、ワイドショーで消費される材料となる。視聴率さえ稼げれば、彼女の嘘もあたかも真実であるかのごとく伝えるのである。カイロ大学首席卒業という学歴詐称問題に沈黙を守り続けるのとは、対照的にである。

 彼女とテレビなどの仕事で一緒だったのは、1980年代の前半であるが、その頃、「カイロ大学を首席で卒業したのは、学生が自分一人だけだったから」という嘘をつかれた話は、前回の本欄で記した通りである。

 私との「熱愛」報道も笑って済ませればよい話だが、嘘はやはりきちんと指摘したおいたほうがよいので、ついでに書いておく。石井妙子『女帝 小池百合子』や、それに依拠する『週刊文春』(6月4日号)である。

『女帝』に記された事実なき“熱愛秘話”

『週刊文春』の記者は、小池都政についての評価を聞きたいとして取材に来たので、データまで示してきちんと対応した。取材の最後に、石井氏の著書の間違った内容を基にして、小池氏と「熱愛」について質問されたので、事実誤認を正しておいた。ところが、発売された記事には、多くの時間を費やした小池都政についての私のコメントは一行もなく、「熱愛」関係の嘘のみが書かれていた。これで「取材した」と言われたら、どんな捏造でも可能になる。要するに、件の「熱愛」記事は、文藝春秋社が出版元の石井氏の著書の宣伝のためだったのである。

 この記事や石井氏の著書には、私が前妻と離婚した1989年頃に彼女が私を結婚相手として付き合っていた、そして、私も参加していた評論家・竹村健一氏の別荘でのパーティーで彼女はそのことを知人たちに披露しようとしていた、と記されている。これは全く事実と異なる。

 小池氏が失恋のエピソードについて関西のテレビで語った言葉が引用されており、その失恋相手が私だとされているが、それも事実誤認である。

時系列も全く合わないエピソード

 私は、1986年に前妻と結婚してから、小池氏と私的に会ったことは一度もない。それなのに、私が1990年に購入した北海道の別荘で小池氏と「週末を過ごした」と記されている。時系列からしても不可能なことである。

 テレビで顔を知られている二人が、足繁く週末にプライベートで羽田空港と千歳空港を一緒に往復すれば、それこそ週刊誌のスクープ記事になっていたであろう。

 そもそも、この別荘は現地の白老町の人々が管理しており、常に多くの町民が私と一緒にいた。私の一挙手一投足が町民に見られていたと言っても過言ではない。私が誰を連れてきたかは、町長をはじめ、町民たちが全て知っている。不確かな他人の噂などに依拠するのではなく、現地に足を運んで取材すれば直ぐに分かることである。

 竹村氏の別荘での「披露パーティー」については、竹村氏から、小池氏や私などの番組関係者が彼の箱根の別荘に招待されたのであり、1980年代初めのことである。

 次に、小池氏がエジプトから帰国した後、メディアがどのようにして彼女の虚像を拵えていったかを書いておく。あくまでも、私が知っている1980年代前半の話である。

 私は、欧州留学から1978年に帰国し、東大助教授として母校で教鞭をとっていた。テレビでは、最初はNHKの教養番組でフランスの歴史や政治について解説していたが、1981年5月にフランスに社会党のミッテラン大統領が誕生してから、国際政治の解説者として民放にも出演するようになった。小池氏と初めて会ったのは、その頃である。

“フェイク”に飛びつき、持ち上げたマスコミ

 当時は、英米以外の外国留学組はまだ珍しかった時代である。私は東大法学部の助手だったが、20代前半の若さで海外へ出ることは、例外的な「不祥事」であり、処分の対象となるという変な時代だった。

 マスコミにとっては、フランス留学からの帰国でも「貴重品」であり、恥ずかしくなるような褒め言葉で迎えられた。まして、エジプトに留学し、カイロ大学を首席で卒業となると、メディアが飛びつかないほうが不思議である。

 私は、規則上パリ大学の大学院に籍を置き、現代国際関係史研究所で勉強したので、「客員研究員」と履歴書には記してあるのみである。小池氏の場合はそこが違っており、黒木亮氏が指摘するように嘘を書き連ねた履歴書を仕立てあげている。彼女は、1982年に『振り袖、ピラミッドに登る』という本を出版しており、私もサイン本を頂戴している。

 テレビ局は視聴率を稼ぎ、出版社は部数を伸ばすために、セールスポイントを探す。私の場合は、フランス社会党の友人が二人、ミッテラン政権の閣僚に就任したが、私の「実力」を誇張するために、そのことをメディアは大きく取り上げた。小池氏の場合、最大の売り文句が「カイロ大学首席卒業」だったのであり、彼女はそれを武器にして、出世の階段を登っていったのである。

 アラビア語を学んだり、エジプトに留学したりする日本人はごく希であり、嘘を言ってもすぐにはばれない。フランス語となると、そんなわけにはいかないし、少し喋らせてみれば、本当に語学力があるのかどうかはすぐに分かる。そのフランス留学組の私でさえ珍重するマスコミであるから、「カイロ大学首席卒業」の才媛を放っておくはずはない。

 40年前の話であるが、当時から平気で嘘を言っていたのだと再認識させられた。自己に有利になれば、真実などどうでもよいと開き直れる度胸は、“fake news”と叫んで相手を罵倒するトランプ大統領も顔負けである。

 平気で嘘を貫けるその態度が、この4年間の都政運営でも限りなく発揮されている。

都政を混乱させ、関係者の心を弄んだ市場移転問題

 まずは、築地市場を豊洲に移転する話である。

 私は、都知事として、築地も豊洲も視察し、関係者とも意見を交換し、様々な努力を積み重ねて、開場まで漕ぎ着けたのだが、2016年7月末に都知事に就任した小池氏は、豊洲への移転を突然の延期してしまった。3カ月後の移転の準備をしていた業者をはじめ、関係者は大混乱に陥った。

「安全だが安心ではない」などという屁理屈を述べる小池知事や、それを支援するマスコミの煽動に乗った都民は、業者への補償をはじめ、移転延期に伴う莫大なコストについて想像することもなかった。

 しかも、9月10日には、小池知事は、豊洲市場は、全てが盛り土ではなく、一部は厚めのコンクリートだと発表した。私がよく知っている某テレビ局の記者が、これを一大スクープとして大々的に報道し、小池都知事に人気取りになるから騒ぐように唆したのである。これが都庁記者クラブの実態だ。

 コンクリート空間はメンテナンス作業用であったが、「盛り土なし」という単純化された言葉が一気に拡散して、ワイドショーの格好の材料になってしまった。その後も、ベンゼンなどの有害物質が検出された(実は全く問題のないレベル)などいう問題が次々と引っ張り出され、小池支持率アップに使われた。科学を無視し、嘘も真実にしてしまう政治手法である。

 翌年の3月には、都議会の百条委員会で石原元知事、浜渦元副知事、元東京ガス幹部らが証人として喚問され、サーカスのような一大イベントに仕立てあげられたた。何も新しい事実は出てこず、豊洲用地の売買をめぐる「疑惑」も解明されなかった。前任者たちを糾弾し、自分の得点をつり上げるという得意のパターンである。

 その結果、豊洲移転が2年間も遅れてしまった。その損失は計り知れない。

 しかも、築地に残留を希望する業者の票を目当てに、「築地市場の再整備を行い、物流と食の観光拠点とする」と述べ、豊洲市場付属の千客万来施設の整備にも混乱を招いた。築地残留希望組は、豊洲移転が決まってしまい、しかも築地再開発の展望も不明な現状に、裏切られたと感じ、怒り心頭である。しかし、前言を翻しても平気な小池氏には、まさに「蛙の面に小便」である。

 豊洲騒動の余波で、環状2号線の全面開通が遅れている。これは、晴海の選手村から競技場まで選手を運ぶための幹線道路であり、東京五輪の運営に支障を来すことになるが、幸か不幸か五輪は1年延長された。

 東京五輪の競技施設も、小池都知事の無意味なパフォーマンスの犠牲になった。組織委員会の森会長と都知事の私とで、コスト削減のために、競技施設の徹底的見直しを行った後なのに、自分の存在理由を有権者に見せつけるためだけに、たとえばボート会場の見直しを提案したのである。彼女は宮城県まで出張したが、我々は既に調査済みであり、IOCの規格に適合しないことが分かっていた。何度行こうと宮城移転が不可能なことは当然であり、糠喜びさせられた宮城県民が馬鹿を見たのである。

いい加減な防災対策で都民の安全をどう守るつもりか

 極めつけは、防災対策のいい加減さである。都知事の私は、2015年9月に『東京防災』という本を作成し、全世帯に無料配布したが、これは今でも参考にされ、高く評価されている。その評価を超えたいと思ったのか、この女性版と称して『東京くらし防災』という冊子を、2018年2月に作っている。初版100万部で、公的施設や店舗などに9000カ所に置いてあるというが、この本など見たことのない都民が殆どであり、全く利用されていない。税金の無駄使いの典型である。これも、小池都知事の意味の無い人気取りパフォーマンスである。

 さらに、江東、江戸川、葛飾、足立、墨田の「江東5区」は、荒川と江戸川という二つの大河川の流域にあり、両者が同時に氾濫した場合、最悪のケースで9割以上、つまり250万人の住む地域が水没し、約100万人が住む江戸川区西部と江東区東部などでは2週間以上浸水が続く。

 広域避難の場合、一斉に避難すると橋や駅に避難者が殺到し、大渋滞、大混乱が生じ、大事故につながる危険性がある。埼玉県との境には川はないので、避難は比較的容易である。神奈川県との境の多摩川は約2.5キロ間隔で橋があるが、千葉県との境の江戸川や旧江戸川を挟む江戸川区と千葉県市川市・浦安市の間、市川橋と今井橋間は約8キロにわたって橋が無い(江戸川大橋は自動車専用道路なので歩行者は通行できない)。

 そこで、都知事の私は、市川橋と今井橋の間に2本、浦安橋と舞浜大橋の間(約3キロ)に1本、計3本の橋を架けるよう努力した。問題は、千葉県との間の財政負担であるが、その解決のために、森田健作千葉県知事とトップ同士で協議を始めたところで、私が都知事職を辞することになってしまった。

【参考記事】意外に豪雨に脆い東京、自治体の危機管理は万全か
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56641

 森田知事にその後の進展具合を尋ねてみたが、「小池都知事は舛添さんの政策を否定することばかり」なので、この件については何の連絡もないという。地震や水害などは都県境を超えて襲来する。近隣県の知事たちと常に連携していく姿勢がなければ、都民の生命と財産は守れない。

 防災対策は地味であり、新型コロナウイルス対策のようには目立たない。そのような地味な政策に小池都知事が手を着けるはずはないのである。重いツケを払うのは、都民であることを強調しておきたい。

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[もっと知りたい!続けてお読みください →]  40年前、私に学歴を「詐称」した小池都知事

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石井妙子氏の『女帝 小池百合子』(文藝春秋)