おとな向け映画ガイド

今週は、かなりオトナな人が主役の3作品をおすすめ。

ぴあ編集部 坂口英明
20/6/28(日)


今週末に公開の新作は13本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。うち全国100スクリーン以上で拡大公開される作品が『MOTHER マザー』の1本、ミニシアター系の作品が12本です。名作『アニー・ホール』のダイアン・キートンとウディ・アレン、それぞれの新作が偶然にも同日公開です。その2作品と石橋蓮司18年ぶりの主演作、という「かなりオトナな」顔ぶれによる3作品を、ご紹介します。

『チア・アップ!』



ダイアン・キートンは、本当にステキな歳の重ねかたをしているなあ、と思います。容姿やファッショニスタとしてのセンスはもちろんですが、出演している作品も、シリアスな方向に流れず、例えば『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』『ロンドン、人生はじめます』など、おとなのライト・コメディを楽しそうに演じてくれていて、とても憧れます。今回の作品は、製作総指揮も担当しているそうで、彼女のポジティブなパーソナリティが前面にでた、どんな世代にもパワーをくれそうな人生讃歌になっています。

ある事情で、誰の世話にもならずにひっそりと暮らそうと、都会からシニアタウンに引越したマーサ(ダイアン・キートン)。でも、人が集まるところ、面倒はついてまわります。たくさんのルールがあって、年寄りらしい生活の強要に、ちょっぴり反骨精神のあるマーサはカチンときます。そんな時、お隣りに住むおせっかいでパワフルなシェリルジャッキーウィーヴァー)に後押しされ、子どものころ実現できなかったチア・ガールのクラブを作ろうと思い立ちます。集まったメンバーは超個性的。でも平均年齢は、72歳! そしてめざすは、全米チア・リーディング大会!

……と、単純にストーリーを書くと、よくありがちな展開ですが、さにあらず。その行間が、面白いのです。心に刻まれるシーンもふんだんにあります。ベテラン俳優たちのウィットに富む演技で、若者との粋なつき合い方、仲間の大切さ、人生の愛おしさを教えてくれます。ぜひご覧になってみて下さい。

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク



原題そのまま、何ともロマンティックなタイトル。おしゃれな看板に偽りなし。ダイアン・キートン主演で撮った『アニー・ホール』から43年。この作品も、魅惑のニューヨークがいっぱいでてくる、いかにもウディ・アレンのラブ・コメディです。アレンもことし84歳。出演はしていませんが、その瑞々しい感性はさすがです。

演は、売れっ子ティモシー・シャラメ。役名はギャツビーと、華麗です。その恋人アシュレーを演じるのはエル・ファニング。やはり今旬の女優です。ふたりはニューヨークから少し離れた大学の同級生。大学新聞の記者として、ニューヨークで高名な映画監督のインタビューをすることになったアシュレーにギャツビーが同行するのですが。実は彼の実家は超セレブなニューヨーカーで……。

映画監督や、映画スター、撮影所など、映画界の裏話的な世界が次々と登場します。が、描かれ方はリアルというよりは、まるで黄金期ハリウッド映画のようで。大スターをカメラマンがとり囲み、恋の噂がマスコミの注目を集める。ラブ・コメディの舞台としてはぴったりです。#MeTooスキャンダルで追いまくられたご自身の最近の事件をカリカチュアライズしているのかも知れません。

昨年ドキュメンタリーにもなった、NYセレブ御用達のカーライルホテルや、メトロポリタン美術館、もちろんセントラルパークなど、アレン映画ではおなじみのニューヨーク名所もふんだんに登場します。主役は実はこの街、といっていいかもしれません。

『一度も撃ってません』



いまの日本映画には珍しい、余裕すら感じられる洒落たコメディです。70年代の、例えば松田優作が出演したアクション映画や探偵ドラマのテイストもある、日本製ハードボイルドへのオマージュ。「ハードボイルドだど」とあえて茶化して作った、おとなの映画人たちの遊び心に嬉しくなりました。

売れない小説家・市川進。夜な夜な渋いバーに、トレンチコート、黒ハット、薄めのサングラスで現れる、彼の裏の顔は、伝説のヒットマン殺し屋だった……。よくある通俗的な設定ですが、さらにひねって、でも彼は「一度も撃ってません」てどういうこと?

リアルなハードボイルド小説をめざす彼は、殺しの依頼を受けると、プロに下請けしてもらい、その仕事ぶりを詳細に取材して執筆する。これがリアルすぎて、かえってうそっぽい→だから売れない→だから元教師の妻の年金が頼り。夜のハードな取材で帰っても、朝のゴミ出しの仕事が待っているのです。

この企画は、阪本順治監督の『大鹿村騒動記』で主演した原田芳雄(2011年7月逝去)にゆかりの飲み会が原田邸であり、そこに参加した桃井かおりが、「次は(石橋)蓮司の映画を作ってよ。だったら手弁当ででる」という発言からはじまったそうです。その場にいた岸部一徳、大楠道代、佐藤浩市江口洋介も賛同。そして、暴力団役で柄本明、渋川清彦。他に、豊川悦司(怪演!)、妻夫木聡柄本佑などがなるほどの役どころで出演。よくこれだけの顔ぶれが集まったなと感動します。優作映画の脚本家丸山昇一のアイデアをもとに映画化されました。日本映画ファン必見! です。