“溝手落とし”が事件の出発点か

 2019年7月の参院選、広島選挙区での河井案里氏の当選で一番あおりを食ったのが、それまで同選挙区で5回当選してきた溝手顕正(みぞて・けんせい)氏である。参院自民党ナンバー2の幹事長やナンバー1の議員会長を歴任してきた人物である。

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 溝手氏と安倍晋三首相には、因縁浅からぬものがある。1つは、2007年7月の参院選安倍首相率いる自民党が27議席も議席を減らし、小沢一郎氏が率いる民主党が28議席増やし、野党が参院での安定多数を握った時のことだ。安倍首相は続投を望んでいたが、当時、国家公安委員長・防災担当相として入閣していた溝手氏は、記者会見で「首相本人の責任はある。(続投を)本人が言うのは勝手だが、決まっていない」と痛烈に批判していたのだ。

 実際、この2カ月後に安倍首相は突如辞任を表明し、内閣総辞職となった。

 さらに2012年2月28日には、当時、民主党野田佳彦政権が提出していた消費税増税関連法案への賛成と引き換えに衆院選を迫る「話し合い解散」に言及した安倍晋三元首相に対し、参院幹事長だった溝手氏が記者会見で、「(安倍氏は)もう過去の人だ。主導権を取ろうと発言したのだろうが、執行部の中にそういう話はない」と不快感を表明したのだ。

 だが「話し合い解散」は実行に移され、この年の11月に衆院解散が行なわれた。結果は、民主党の大惨敗、自民党の圧勝で安倍第2次政権が誕生することになった。

 安倍首相にとって、溝手氏が憎い相手だったことは間違いない。河井案里氏の広島選挙区での擁立の大目的が“溝手落とし”にあったことは、十分に考えられることなのである。

なぜ溝手氏の改選時だけ2議席を目指すのか

 建前上は、自民党本部も首相官邸も広島選挙区で「2議席独占を目指していた」という(広島選挙区はそれまで与野党が1議席ずつ分け合っていた)。だがそうであるなら、いくら溝手氏が当選回数を重ねたベテランだったとしても、本部からの資金が溝手陣営には1500万円、河井案里陣営には1億5000万円、というのは差がありすぎるだろう。

 石破茂自民党元幹事長が、6月18日BS日テレで、2013年参院選の際、「私が幹事長だったが、やはり広島に2人立てたいという強い意向を安倍晋三首相はお持ちだった。広島は極めて難しい選挙区。中国地方で一番大きな都市で、労働組合の皆さん方の力も強い。今まで自民党が2議席取れたことは一度もない。そこにあえて2人を立てることになると、結局1議席しか取れなくて分断と怨念だけが残るのではないかと、私はその時はずいぶん反対した覚えがある。もう7年も前のことですがね」と語っている。石破氏の反対もあって、この時は1人しか立てなかった。

 2013年参院選というのは、溝手氏が5回目の当選を果たした選挙である。要するに、溝手氏の改選時だけ、広島選挙区で自民2議席を目指そうとしているのである。実に分りやすい動きではないか。

情けない岸田文雄政調会長

 溝手氏は岸田派所属の議員だった。広島1区選出の岸田文雄氏にとって、溝手氏は側近中の側近だったはずである。岸田氏は、安倍首相と溝手氏の確執についても熟知していたはずである。そこに官邸主導で河井案里氏を立ててくるというのは、その狙いが“溝手落とし”であることは、どんな鈍感な人間でも分かることだ。

 本来派閥の長たるものは、こういう時にこそ体を張ってでも派閥のメンバーを守るために、断固として官邸に抵抗すべきであろう。だが岸田氏が抵抗したことは、寡聞にして知らない。

 岸田氏が徹底抗戦をしていたなら河井案里氏の立候補はなかったかもしれない。そうすれば河井夫妻による大規模な買収事件も起こらなかったかもしれない。岸田氏の責任は、決して小さくはない。

 最近の岸田氏をテレビなどで見ると安倍首相と同じアベノマスクを着けている。首相の座の禅譲を期待してのことなのだろうが、みっともないだけである。

「溝手さんの票を取らないと」

 6月28日付の朝日新聞に、興味深い記事が掲載されていた。「(金を受け取った)議員らの証言を総合すると、強く意識していたのが同じ自民党の溝手氏の存在だった。案里議員の陣営スタッフは、『強力なライバルになる』(検察への供述)とみて警戒した」。選挙用ポスターを手がけた業者は取材に「案里議員が『溝手さんの票を取らないといけない』と話していた」と証言。また遊説ルートについて、「溝手たち『敵陣営』にばれると困る」などと検察に供述した陣営幹部もいた、というのだ。

 実際、河井克行容疑者は、三原市の天満祥典市長に150万円渡していた。当初は受け取りを否定していたが、その後受領を認め、市長辞職を表明している。

 溝手氏は「敵」として位置付けられ、その票を取るというのだから、“溝手落とし”が最大の選挙戦略だったということになる。党本部から案里陣営への1億5000万円という、自民党内でも驚きと批判の声が上がった巨額資金の提供もこのためのものであったと見られても仕方がないだろう。

 6月24日付「しんぶん赤旗」によると2019年1月以降、河井克行容疑者が法相を辞任する10月までに官邸で、安倍首相と12回も面会をしていたという。うち9回は自民党総裁補佐としての単独の面会だった。しかも、克行容疑者が安倍首相と単独で面会した前後に巨額の資金提供が行われていたというのである。実際、「安倍さんから」と言われて克行容疑者から金を渡された町議もいる。

金子恵美元衆院議員の衝撃の告白

 安倍チルドレンの1人であった元自民党衆院議員の金子恵美氏が6月22日文化放送で、次のような衝撃的な発言を行なった。

「実際、私自身もですね、正直、選挙の時に『お金を配らなければ、地方議員の皆さんとか、みんな、協力してくれないから。みんな、やってるんだから、配りなさい』というふうに私自身言われました(教えられた)」

「各県それぞれ、やり方があるみたいですね。完全にアウトにならないグレーなやり方とか。名目を変えるとか。実際、お金が飛び交っているという事実は、過去の話のように思われるかもしれないが今現在も残っている」

 証拠のないことなので、自民党は否定するだろうが、金子氏があえて嘘を言う必要もないことである。

秘書を大事にしない政治家は墓穴を掘る

 最近の政治家スキャンダルを見ていると、秘書が告発したり、情報が漏洩している場合が多いように思う。

 3年前、『週刊新潮』(2017年6月29日号)が報じた自民党衆院議員豊田真由子氏の秘書への暴言・暴行報道は、なかなか衝撃的なものだった。豊田氏は、東大法学部を卒業し、ハーバード大学大学院も修了した厚労省の官僚であった。一般的に言えば、超エリートであった。

 ところがこの豊田氏が、移動中の自動車の中で秘書に対してイライラを募らせ、「このハゲーー!」「違うだろう!」などと狂気じみた怒鳴り声をあげるなど、暴言を吐いていたというのだ。秘書がICレコーダーに豊田氏の絶叫や罵詈雑言を録音していたのだ。しかもこの声がテレビなどでも公開されてしまった。

 豊田氏は、自民党に離党届を提出するしかなかった。次の選挙に無所属で立候補したが、あえなく落選した。秘書の告発にやられてしまったのだ。

 河井克行容疑者の場合も、秘書の評判はよくなかったようだ。ある元秘書はテレビの取材に、「最悪の人間だった」と言われていた。

 選挙区に香典などをばらまいていたとして、経産相を辞任に追い込まれた菅原一秀衆院議員の場合もそうだ。『週刊文春』(2020年7月2日号)に、「“香典持参”の秘書が告発 『菅原前経産相の悪事、すべて話します』」という記事が掲載されているほどだ。

 秘書を人間扱いしないような議員は、いずれ墓穴を掘ることになる。野党にもひどい議員がいたことを私は知っているが、秘書を小間使いのように使うやり方は時代錯誤ということを議員各位は肝に銘じてもらいたい。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  河井夫妻の「広島代理戦争」、大逆転劇で起きること

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