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 皆さんは「介護」や「介護士」という言葉を聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。

 大変な肉体労働で、給料も高くない──といったネガティブなイメージを持つ方も少なくないだろう。だが、介護の現場ではデジタルトランスフォーメーション(DX)が起きつつある。その主役が介護ロボットの普及だ。

 ロボットという言葉から、鉄腕アトムドラえもんのような姿を思い浮かべるかもしれないが、現在の介護ロボットは、利用者がベッドから車いすへ移る動作を助けたり、歩行を補助したりするような機器だけでなく、センサーによる見守りシステムや介護記録を支援するソフトウェアまで、幅広いカテゴリーを指す言葉として厚生労働省経済産業省から定義されている。

現場の介護士に負担を強いる介護現場

 介護は現在、大変な人材不足の状況に見舞われている。もともと高い離職率が問題視されていたところに加え、近年のタイトな労働市場の影響を受けて新規で介護士を目指す若者も激減、介護施設が募集をかけても人が集まらない状況が続いている。人手が足りなければ、当然一人あたりにかかる負担は大きくなる。結果として、激務による腰痛や鬱などで離職する介護士が増え、さらに人手が不足するという悪循環が生まれてきた。

 特に、介護現場で特に負担が大きいと言われているのが夜勤である。日中は施設内にいる職員も多いため、負担も分散しているのだが、夜間はスタッフの数が少なくなる。2人で50人の利用者を介護する施設もある。

 夜勤では定期的に利用者の居室を回り、バイタルチェックや就寝状況を確認する。しかし、バイタルの計測や、巡回の足音で利用者を起こしてしまい、日中の生活に支障が出てしまうこともある。

 また、高齢者ともなれば、夜間に体調が急変する場合がある。その際は、少ない医療知識を基に一時対応を迫られることになる。巡回中に急変に気づかず、いつの間にか利用者がお亡くなりになっていたということもあり、大きな精神的ショックを受け、自責の念に耐えきれずに辞めてしまう職員も後を絶たない。

 上記のようなイベントがいつ同時多発的に発生するかわからない状態で勤務しなければならないのが、現在の介護現場であり、介護士の置かれた状況なのである。

 そこで有効と言われているのが、前述した介護ロボットの見守りシステムである。見守りシステムは様々な種類が登場しているが、現時点で大きく2つに分類できる。バイタルセンサーを中心とした見守りシステム(バイタル系見守りシステム)と、カメラセンサーを中心とした見守りシステム(カメラ系見守りシステム)である。

 例えば、バイタル系見守りシステムでは、株式会社パラマウントベッドの「眠りSCAN」という製品がある。ベッドマットの下にセンサーマットを挿入し、ネットワークを通じて、ステーション(管理所、詰め所)にあるパソコンで利用者の状態をリアルタイムで確認できる。

 取得できる情報は心拍数と呼吸数等のバイタルデータに加え、就寝しているのか、覚醒しているのか、さらには横たわっているか、上体を起こしているか──なども把握できる。利用者が夜中に覚醒し、トイレのために上体を起こしたこともわかるので、すぐに職員が駆けつけて支援や介助ができる。眠りSCANは医療機器認定もされており、病棟での利用など利用範囲が拡大している。

カメラ系見守りシステムはプライバシーに配慮

 一方、カメラ系見守りシステムでは、カメラセンサーを活用し、居室内にいる利用者の状態を把握することができる。ただ、カメラを取り付けるのは監視と捉えられるため、個人情報保護の観点から問題が生じる可能性がある。また、利用者にとっても常時、自分の姿が見られていることがストレスになることもある。

 キング通信工業株式会社の「シルエット見守りセンサ」は、こういった懸念を払拭するため、見守り対象者の起き上がりやはみ出し、離床をシルエット画像で区別して検知する。映し出された動作や姿勢で職員が確認し、支援や介助につなげることができる。

 上記の見守りシステムを活用することで、夜勤中の職員が利用者の居室まで状態をわざわざ見に行く必要がなくなる。巡回の回数を減らすことができるため、歩行距離も短くなり、身体的な負担が軽くなることに加えて「居室で何が起きているかわからない状態」から脱することで、精神的な負担も軽くなる。

 さらに、転倒や死亡といったイベントが起きた場合は、前後の記録を検証することで、今後の事故発生防止に向けた分析ができる。家族への説明にも活用できることから、スタッフだけでなく、施設管理者などにもメリットがある。

 センサー群はネットワークに接続されており、ステーションで集中的に状態確認することが可能だ。介護士が持つモバイル端末でも確認ができるため、巡回中に通知を受け取り、居室に立ち寄ることもできるなど、効率化の面でも効果がある。

 厚生労働省が従来の機械系の介護ロボットだけでなく、見守りシステムや介護記録支援システムなどのICTソリューションについても介護ロボットの定義に追加したことで、国が進める介護ロボット導入促進のための補助金も活用できるようになり、現在は介護施設のICT化が急速に進みつつある。今後は、ICTを活用して効率化を実現した施設に加算をつけるような施策も出てくる可能性もある。

介護福祉士は介護現場のICTを担う存在に

 介護現場のICT化が進むことにより、今後は様々な情報が蓄積できると考えられる。国は「科学的エビデンスに基づく介護」を目指しており、厚生労働省が進める有識者会議「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」では、今後蓄積すべき項目などについても議論が進められている。それらを推奨した「介護に関するサービス・状態等を収集するデータベース(CHASE)」と呼ばれるデータセットも取りまとめられ、2020年度より本格運用が開始される予定である。

 介護は「誰でもできる職業」というイメージもあるようだが、介護福祉士は専門技術と知識を持って介護に携わる国家資格であり、介護分野のプロフェッショナルである。また、介護士は相手の状態や気持ちに寄り添いサービスを提供する必要があることから、AIで代替できない職業と言われている。高度な知識とコミュニケーションを組み合わせた技術が要求される仕事のため、自動化、無人化は不可能と言えよう。

 介護現場は介護分野の知識を駆使しながら、介護ロボットという道具を操り、蓄積したビッグデータを分析し、利用者に適した介助を効率的に提供する専門職といったDXを担う職業に変化し始めている。近い将来は「スマートな介護士」が活躍する時代が間違いなく来るだろう。

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