「遺言」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょう。

「うちは庶民だから関係ないわ」と思っているも多いかもしれません。でも、実は、2018年の遺産分割事件における認容・調停成立件数(7578件)のうち、遺産額が5000万円以下のケースは76.1%、さらに1000万円以下のケースだけで約33%を占めています(※1)。「もしやウチにも関係ある?」と思い始めた人もいるかもしれませんね。また、介護への貢献度が高かった子やきょうだいなどに、多めに遺産を渡したい、と考える人も増えています。

遺言ってどんな種類があるの?そもそも「遺言さえ書いておけば、相続トラブルは避けられるの?」。今回は、実際にあったエピソードを交えながら、「自分亡き後、何を、誰に、どう託すか」について考えていきたいと思います。

(※1)「家事審判・調停事件の事件別新受件数―全家庭裁判所』」司法統計 家事平成30年(2018)度 第2表」 裁判所

「遺言」って誰でも残せるの?

法律上、15歳以上で判断能力があれば、だれでも遺言ができます。一般的に「遺言書」と呼ばれるものは、「自筆証書遺言」「遺言公正証書」「秘密証書遺言」の3種類。このなかで、一番信頼性が高く、故人の遺志を実現しやすいのが「遺言公正証書」です。他の二つが自分で作成できるものであるのに対し、「遺言公正証書」は公証役場に依頼するので、手数料や、ちょっと煩雑な手続きが必要になります。でも、専門家が作ってくれるので、自筆で残すよりも形式面での不備が少なく、最も安心だとされています。作成件数は、2008年に7万6436件だったものが2019年には11万3137件、つまり最近10年ほどで、1.5倍に増えています。(※2)

次では、2つの家族のエピソードから、「自筆証書遺言」「遺言公正証書」について眺めていきましょう。

(※2)「遺言公正証書作成件数について」日本公証人連合会ホームページより

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「遺言」をめぐる、2つの家族のエピソード

ケース1「自筆証書遺言」

「書いたはずの遺言書が見つからない!」

ヒロシさん(享年92歳)は、3年間暮らした老人ホームで亡くなりました。

法定相続人は、長男・次男・三男の3人。三男夫婦は、一人暮らしだったヒロシさんを自宅に引き取り、のちには老人ホームの費用の捻出まで、かなりの労力とお金を父の介護に費やしてきました。長男・次男は県外に住んでおり、「体がきつい」「店が忙しい」という理由で、父の介護に関わることはありませんでした。兄弟の折り合いは決して良好ではなかった、といいます。

ヒロシさんは老人ホームに入る直前、自分亡き後は、一番介護に貢献してくれた三男に自宅を相続させたいと考え、自筆で遺言をしたため、三男夫婦に「遺言状は仏壇の引き出しの中にしまった」と伝えていたそうです。

しかしヒロシさんの死後、仏壇の引き出しはおろか、家じゅうのどこを探しても遺言は見つかりませんでした。三男夫婦が相続トラブルを覚悟していた矢先、長男・次男の口からこんな言葉が。

「これまでよく父さんの面倒をみてくれてありがとう。実家はお前が相続してくれ」

兄弟の相続は“争族”とならずに済みました。しかし、三男は「自筆の遺言ではちょっと危険かも?」と感じたとのこと。近い将来、自分自身も、2人の子どもにあてて遺言を…と考えていたが、「死後確実に見つけてもらえる方法」で作ることが必要だと感じたそうです。

ヒロシさんが残したのは、「自筆証書遺言」。2020年7月10日より、自筆の遺言を法務局で保管してもらえる制度が始まり、「紛失」や「死後発見されない」ケースの防止が期待されています。しかし、自分で書いた遺言は、日付が抜けているなど、形式上の不備のため無効となってしまうケースも。こんな事態を防ぐために、「遺言公正証書」を作る人が増えているのです。次でご紹介するサトコさんもその1人でした。

ケース2「遺言の開封現場が“修羅場”に」

次は4人姉妹の長女だったサトコさん(享年89歳)の事例です。

夫の死後15年間ひとりで暮らしていたサトコさんには子どもはおらず、成年後見人として弁護士を頼んでいました。82歳で本格的な介護が必要となってからは、真ん中の妹(三女・B子)とその娘のサポートを受けながら一人暮らしを続けました。

長年にわたる献身的な介護への感謝を込めて、死後、財産の大部分をB子さんとその娘に遺すことを決めたサトコさんは、相続がスムーズに運ぶ方法をケアマネージャーに相談。アドバイスを受けて「公正遺言証書」を作りました。

サトコさんの死後、遺言作成時に立会人になったという弁護士同席のもとで、遺言書が開封されました。A子(次女)・B子(三女)・C子(四女)、そしてB子の娘が見守る中、読み上げられた内容とは・・・。

ゆっくり読み上げられたサトコさんの遺言は、以下のような内容でした。

  • 「頼りがいのある夫、そして優しい妹たちに恵まれて幸せな人生を送れたことに感謝している」

  • 「A子には○×銀行、C子にはゆうちょ銀行の預貯金を相続させる」

  • 「自宅の建物と土地は、一番介護に貢献してくれたB子に相続させる」

  • 「B子の娘には、感謝の気持ちとして現金200万円を渡す」

  • 「自分亡きあとも、妹たち3人、仲良く手を取り合って生きていってほしい。今までありがとう」

姉A子と妹C子は、予想通り、この内容に猛抗議を始めました。

「預貯金っていっても、どちらも数十万円しか残っていないじゃない!」
「B子がサトコ姉さんに無理矢理書かせたんでしょ、薄汚い」
「B子から頼まれた入院時の付き添いや、処方箋の引き換え、私たちちゃんと手伝ってきたわよね?」
「あんたサトコ姉さんと共謀して私たちを騙したのね。もう姉妹の縁は切らせてもらうわ!!」

困惑するB子さんに、同席の弁護士が声をかけました。「胸を張って相続してください。それがお姉さんへの一番の供養になります。7年間の介護生活のなかで、あの2人が手伝っていたのは最後の半年だけ。あなたが一番介護に貢献してきたことは誰の目からも分かります」

B子さんは、姉であるサトコさんの遺産を相続しましたが、B子・C子とは絶縁状態に。体力的にもしんどかった介護生活が報われたこと、娘にまとまった財産をのこしてやれるようになったことについては、正直嬉しい気持ちがあると語ってくれました。しかし、その引き換えに、三姉妹をいっぺんに失ってしまった、とも。2人の姉妹とはその後音信不通となっているとのこと。

さいごに

ヒロシさん、サトコさんのように、介護の貢献度を相続に反映させたいと考える高齢者は多いようです。サトコさんのように、良かれと思って作った遺言書がかえって“争族”の元になってしまったケース、ヒロシさんのように遺言がなくともスムーズに相続が進むケース、など、家庭よりさまざまです。

2019年7月、「特別の寄与」の制度(※3)が、2020年4月には「配偶者居住権」(※4)が新設され、そして前述の通り7月10日からは自筆の遺言が法務局で保管可能となるなど、相続にまつわる新しい制度が段階的にスタートしています。「自分亡き後、何を、誰に、どう託したいか」。その意思表示としての「遺言」について、一度考えてみませんか。

(※3)「特別の寄与」の制度:介護に貢献した“長男の妻”などが遺産の一部を受け取ることができる制度
(※4)「配偶者居住権」:夫(/妻)の死後も、その自宅に配偶者が住み続けることを認める制度

【参考URL】
(※1)「家事審判・調停事件の事件別新受件数―全家庭裁判所」司法統計 家事平成30年度 第2表」裁判所
民法第967条」e-Gov法令検索
(※2)「平成28年の遺言公正証書作成件数について」令和元年(平成31年)の遺言公正証書作成件数について」日本公証人連合会
相続に関するルールが大きく変わります」法務省