(亀山 陽司:著述家、元外交官)

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 6月18日ロシアプーチン大統領が米国のメディアナショナル・インタレスト』に「第二次世界大戦75周年の真の教訓」と題する論文を投稿した。印刷すると20枚を超える「大作」である。同じものが翌19日、ロシア語でも公開されたが、こちらは「戦勝75年:歴史と未来に対する共通の責任」と題されている。

(外部リンク)スプートニク日本語
https://jp.sputniknews.com/75-victory/202006247563513/

 この記事は主に二つの点で注目に値する。一つは、第二次世界大戦の勃発の経緯についてEU諸国とロシアとが互いに責任を押し付けあう歴史戦という観点、もう一つは、混迷する世界における世界秩序をロシアがどう考えているかという観点である。

「ナチスへの宥和政策が第二次大戦の端緒」

 第一の歴史戦の観点から見ていこう。この記事で、プーチン大統領は、第二次世界大戦が勃発した経緯を詳細にたどりながら、大戦の直接の原因を作ったのは1939年8月のナチスドイツソビエト連邦の間の不可侵条約および秘密議定書(モロトフ・リッベントロップ協定)ではなく、その前年の英仏による対独宥和政策、いわゆるミュンヘン協定(1938年9月)であると主張している。

 ひと言で言えば、この論文は、欧州大戦に関するEUとロシアとの歴史論争についての、プーチン大統領自らによるロシア側の公式見解に他ならない。

 1930年代は、世界大恐慌の中、第一次世界大戦で敗戦したドイツが、ヒトラーという指導者を得て国力を拡大し、第一次世界大戦後の欧州の秩序(ベルサイユ体制)における不安定要因となりつつあった時期である。一方、第一次大戦末期のロシア革命により成立した新しい国家であるソビエト連邦が、スターリンの下で共産主義国家として精力的に国家を建設していた時期でもある。

 ちなみに英国の外交官であり政治学者であるE.H.カーは、『危機の二十年 1919-1939』という本の中で30年代について「前半の10年(註・1920年代)に夢みられた期待が、後半10年(註・30年代)のわびしい諦めへ変転し」たと述べている。つまり、世界は第一次世界大戦後の平和への期待を打ち砕かれ、再びパワーリティクスが支配する場へと戻ってきたというのである。

 プーチン大統領は、まさにこの危機の時代の1938年ヒトラーチェコスロバキアズデーテン地方を併合することを許容したミュンヘン協定こそが第二次世界大戦への道を開いたと主張し、翌1939年にソ連がドイツとの間で、不可侵条約、いわゆるモロトフ・リッベントロップ協定を締結したことは、ドイツからの脅威を受けていたソ連としてやむを得ないものだったとのトーンで論じている。ちなみに、チャーチル第二次世界大戦に関する回顧録において、当時のソ連の政策は冷血ではあったが、同時に高度に現実的でもあったと述べている。

 しかし、なぜ、一国の首脳であるプーチン大統領がいまさら第二次世界大戦に関する歴史認識を議論するのか。それには理由がある。

 昨2019年9月18日欧州議会が「欧州の未来のための欧州の記憶の重要性に関する決議」を圧倒的な賛成多数で採択している。この決議の中で、独ソ不可侵条約こそが第二次世界大戦の勃発への道を開いたとして非難し、スターリニズムの犯罪の法的調査の実施が必要だとしているのである。今回のプーチン論文は、この昨年の欧州議会決議に対する反論に他ならない。

欧州とロシアの行動原理の差異が明確になったクリミア「併合」

 このような欧州諸国とロシアとの間の価値観、歴史観の違いを浮き彫りにし、かつ押し広げたのは、何と言っても2014年ウクライナ危機(反政権デモの拡大により、親露派大統領のヤヌコーヴィチ大統領ロシアに亡命し、政権交代が起こった)に乗じた同年3月のクリミア半島の「併合」である。

 21世紀という時代に、武力を背景に他国の領土を占領し、かつ併合するというロシアの暴挙は、国家の主権をある程度制限して共通の価値や全体の利益を追求することをよしとするEU諸国を震撼させた。特にポーランドルーマニア、またバルト諸国のような東欧の国々は、近隣にロシアのような国があることに脅威を感じるに至った。スウェーデンなどはウクライナ危機をきっかけに徴兵制度を復活させている。

 このようにロシアクリミア「併合」は欧州諸国とロシアとの間の価値観や行動原理の違いを浮き彫りにするとともに、ロシアの脅威を再認識させ、第二次世界大戦を改めて想起させることとなった。

 ロシアクリミアを「併合」する際、クリミア住民による住民投票にその是非を問うているが、全体投票者の96%が併合に賛成したとされている。事実、クリミア住民の大多数がウクライナ系ではなくロシア系住民である。実は同様の構図は、上述の80年前のナチスドイツによるズデーテン地方の併合にもみられる。同地方ではドイツ系住民が多数を占めていたのである。そのため、ロシアクリミア「併合」に際しては、ナチスドイツによるズデーテン地方併合を想起させるとの論調が欧州などで見られ、ロシアへの「宥和政策」は認められないとされた。

 現在も欧米による対露制裁は継続している。プーチン大統領の論文で、まさにこの英仏の「宥和政策」が第二次世界大戦の端緒を開いたものとして非難されていることは、欧米とロシアの根本的な立場の相違を示すものである。

欧州議会は「戦勝国・ソ連」より「東欧諸国を分断したソ連」に焦点

 そもそも、第二次世界大戦の欧州戦線においては、東部戦線、いわゆる独ソ戦が主要な戦線の一つであり、多大な犠牲を払ってのソ連の健闘がヒトラーの戦略を粉砕したのは事実であるため、ソ連はナチスドイツに敵対する連合国側として、米英らとともに戦勝の功労者とされる。

 しかし、戦争前夜においては、上述のとおりモロトフ・リッベントロップ協定を締結し、ヒトラーポーランド侵攻に合わせて、ポーランドの東部やバルト諸国を占領しているのである。1939年バルト諸国を併合したソ連はさらにフィンランドにも侵攻したため、当時の国際連盟から除名されており、外交官で外交史家の岡崎久彦によれば、フィンランドの降伏がもう10日遅ければ、英仏はソ連と戦争に入っていたはずだと述べているほどである。欧州議会はこのような歴史的事実を改めて指摘することで、戦勝者としてのソ連ではなく、むしろナチスドイツと歩調を合わせて東欧諸国を分割したスターリンのソ連の行動に焦点を当て始めたのである。

 ちなみにロシアによるポーランドの占領はこれに限られない。18世紀にはロシアプロシアオーストリアによるポーランド分割により、ポーランドは国家としては消滅しており、愛国者である物理学者のキュリー夫人が子供のころ、ロシアの視学官にロシア語で質問され、ポーランドの統治者として時のロシア皇帝アレクサンドル2世の名を答えて悔し涙を流したというのは有名な話である。また、ロシア帝国によるポーランド支配を覆そうとして1830年に起こった武装蜂起をテーマポーランドの作曲家ショパンが書いたとされるのがピアノ曲「革命のエチュード」である。この曲からは、武装蜂起の失敗を知ったショパンの愛国の情熱が感じられる。

 それはともかく、第二次世界大戦における戦勝を「偉大なる勝利」として毎年大々的に祝っているロシアとしては、もちろん、欧州議会の主張を認めるわけにはいかず、これを歴史修正主義として、プーチン論文の投稿に至ったというわけである。プーチン大統領自らの名前により論文を投稿したことは、ロシア政府がこの歴史問題をいかに重視しているか、ということの現れである。

 第二次世界大戦における戦勝の記憶は、ロシア国家にとっての神聖な記憶なのである。世界を二分した冷戦に「敗北」し、ソ連崩壊を経験したロシアにとって、第二次世界大戦における戦勝は、国家の栄光であり、かつ、ソ連を国際社会における超大国にした要因である。経済的にもその他の先進国に立ち遅れているロシアにとっては、核戦力とともに世界に誇れるものの一つということであろう。

世界の寡頭支配を呼びかけたプーチン

 しかし、ロシアにとって第二次世界大戦の戦勝にこだわるのは単に過去の栄光を誇りたいというだけではない。

 この論文において、プーチン大統領は、第二次世界大戦の結果として構築された国連を中心とする世界秩序を維持していくことが戦勝国の責務だ、と主張している。これが、この論文のもう一つの注目すべき点だ。

 第二次世界大戦終了から75年が経ち、その間、冷戦があり、また、ソ連が崩壊したことで、戦後の世界秩序は大きく変容している。その後も、9.11やそれに続く米国のタリバンとの戦争、イラク戦争があったほか、現在では、ウクライナシリアで紛争が勃発し、ロシアを含め欧米の大国が介入している。

 我々日本人の目から見れば、第二次世界大戦はすでに遠く、今や全く別の世界に変貌してしまっているように思われるのであるが、プーチン大統領は、第二次大戦後に戦勝5大国によって形作られた世界秩序への回帰を呼び掛けているのである。端的に言えば、戦勝5大国による世界の寡頭支配がプーチンの世界秩序観ということになるだろう。

 第二次世界大戦中に行われたヤルタ会談で、国連の創設、ドイツの分割管理、ポーランドの国境などが米英ソ首脳によって話し合われ、戦後の世界秩序の大枠が定められた。プーチン大統領が求める世界のあり方とは、このような大国の話し合いにより、国際問題を解決していくというものである。ここで言う大国とは、第二次世界大戦における連合国、つまり国連常任理事国である“P5”に他ならない。歴史を振り返れば、冷戦時代に米ソが激しく対立したため、国連安保理自体が正常に機能してこなかったとも言えるわけであるが、プーチン大統領はあえてヤルタ体制に立ち戻り、自国を含む5大国による世界秩序の再構築を呼びかけているのである。

 しかし現実には、ウクライナシリアを始めとする国際問題において、中露と米英仏の立場は大きく隔たっており、中露は戦略的パートナーとして連携している。現状では、プーチン大統領の5大国首脳会談の呼びかけが実現するとしても、何か実質的な成果が上がるとは、少なくとも当面は考えられない。だからといって、プーチン大統領の呼びかけがシニカルなポーズに過ぎないとは言えない。冷戦の二極構造が失われた今、5大国の協調による世界統治が、プーチン大統領にとっての現実的かつ理想的な世界秩序なのだ。

 ちなみに、NPT条約(核兵器不拡散条約)において核兵器の保有を公式に認められているのもこの5カ国だけである。つまり、核兵器保有を認められた国連常任理事国である米英仏露中が世界秩序の中心となるということになる。国連常任理事国入りを目指す日本やドイツから見れば、プーチン大統領の世界秩序は、理想的とは到底言い難い。残念ながら、国連常任理事国の拡大をロシアが認めることは当分なさそうである。

(参考文献)
『第二次世界大戦』(W.S.チャーチル著、佐藤亮一訳、河出書房新社)
『戦略的思考とは何か 改版』 (岡崎久彦著、中公新書)
『外交』(ヘンリー・A・キッシンジャー、日本経済新聞社)

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