(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 トランプ政権の国家安全保障担当補佐官だったジョン・ボルトン氏の回顧録が波紋を広げている。

 同書のなかには日本や安倍晋三首相についての記述が多く、ほぼすべてが好意的な筆致で書かれている。ただしほぼ唯一、日本への批判的な言及として、トランプ大統領が日米同盟の片務性を安倍首相に指摘したという点が興味深い。米国でくすぶり続ける対日同盟不公正論がこんなところにも顔を出したようなのだ。

安倍首相への否定的な言葉は皆無

 ボルトン氏の著書『それが起きた部屋:ホワイトハウス回顧録(The Room Where It Happened:A White House Memoir)』は約500ページの分厚さである。私もそのほぼすべてを読んだ。テレビの討論番組(「BSフジLIVEライムニュース」、6月29日放映)に出演し同書の内容を参議院議員の佐藤正久氏や福井県立大学教授の島田洋一氏と語り合うためということもあったが、トランプ政権の内幕をきわめて詳細かつ率直に明かしている同書につい引き込まれて、夢中で読んでしまった。そこには、私が長年、取材活動を続けてきたワシントンでのトランプ政権の内情が、多くの当事者たちの具体的な言動によって活写されていた。

 回顧録タイトルになっている「それが起きた部屋」とはホワイトハウス大統領執務室を指すようだが、5年ほど前に全米で大ヒットしたミュージカルハミルトン」の主題歌「The Room Where It Happens」(それが起きる部屋)になぞらえたタイトルだという説が広まっている(ただしボルトン氏はその説を否定している)。

 同書には日本の安倍晋三首相、中国の習近平国家主席、北朝鮮金正恩朝鮮労働党委員長、韓国の文在寅大統領アジア各国の首脳に加えて、イギリスボリス・ジョンソン首相、フランスのエマニュエル・マクロ大統領ドイツのアンゲラ・メルケル首相らヨーロッパの同盟諸国首脳も頻繁に登場する。トランプ大統領が彼らになにを伝え、どう評価したのかが中心に記述され、そこにボルトン氏が自分なりの評価をいろいろと書き加えている。そのなかには褒め言葉もあれば、批判や抗議もある。

 しかし日本、とくに安倍首相を批判する記述はみられない。索引で調べると安倍首相の名前は通算150回ほども登場するが、否定的な言葉がまったく出てこない。他の首脳への言及と比べると顕著な点だといえる。

 ボルトン氏の記述によると、トランプ大統領安倍首相との会談をいつも歓迎し、前向きに交流していたようである。とくに安倍首相の中国や北朝鮮に関する意見を傾聴し、重視したという。ボルトン氏自身も安倍首相の意見を有意義だとして重く受け取ったということが繰り返し書かれていた。

 トランプ政権が、北朝鮮による日本人拉致事件の解決に協力する経緯も詳しく書かれていたが、トランプ政権の日本に対する前向きで好意的な姿勢が、その背景に見てとれる。

日米安保条約は「不公正」

 しかしそんななかで、ほぼ唯一、トランプ大統領安倍首相に日本への不満をもらす場面が伝えられていた。2018年6月7日ホワイトハウスでの日米首脳会談である。安倍首相カナダで開かれるG7に出席する前にワシントンに立ち寄っての会談だった。

 トランプ大統領は、その後、シンガポールで開かれる初の米朝首脳会談に臨むことが決まっていた。日本政府の当時の発表では、安倍首相は日米首脳会談でトランプ大統領日本人拉致事件の解決への助力を求めたという。

 しかしボルト回顧録は、こうした公式発表では伝えられなかったこととして、両首脳間で以下のようなやりとりがあったことを伝えていた。

トランプ、安倍両首脳の間では北朝鮮や日米貿易問題について良好な会話があった。だが防衛問題となると、そう穏やかではなかった。トランプ大統領は『なにしろアメリカは日本を守っている。条約によってアメリカは日本を防衛することに同意している。私たちはあなたがたを守るのだ。だが、その逆はない。(日米安保条約を締結する)アメリカ側の交渉担当者はあまり(手腕が)よくなかったのだろう、そうは思わないか、ジョン』と語ったのだ」

 こうしてトランプ大統領は、日米安保条約が米国にとって不利な内容であるという不満を安倍首相にぶつけ、そもそも米国側の交渉担当者が有能でなかったからこんな不平等な条約ができたのだ、と冗談まじりに述べて、最後は「そうだろう?」とジョン・ボルトン氏に振ったのだ。

 ボルトン氏の記述は以下のように続いていた。

大統領は私の方を見ながら、そう問いかけてきた。そして、『いや、条約があってもなくても、私たちは日本を守るが』と述べた。そのうえで大統領は強調した。『ただし、これは不公正だ』と」

安全保障面で日本に大きな不満

 トランプ大統領は、大統領選の選挙期間中も、就任後も、日本との同盟は片務性が不公正だとする主張を繰り返してきた。

「日本が(第三国から)武力攻撃を受ければ、米国が全力をあげて日本を防衛する。しかし米国が攻撃されても日本は米国を守らない。日本国民はなにもせずに(米国への攻撃を)自宅のソニーテレビで見ていればいいだけだ」と発言したこともある。

 ボルト回顧録によると、トランプ大統領2018年6月の日米首脳会談でも、軽い語り口ながら、その不公正さを改めて安倍首相に表明した。その発言の根底にあるのは日本への批判である。

 ボルト回顧録を読むと、多数ある日本への言及のなかで、この日米同盟不公正論がほぼ唯一ネガティブと呼べる部分だった。トランプ政権の日本への姿勢には、安全保障面でまだ大きな不満が潜在的に存在することの表れだともいえるだろう。

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