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 6月26日、英製薬大手のアストラゼネカは日本国内への新型コロナワクチン供給に向け、日本政府と協議を開始すると発表した。同社が供給を予定するのは、英オックスフォード大学が開発したワクチンだ。

 日本国内では、大阪大学発ベンチャーのアンジェスが開発した国産ワクチンの実用化に注目が集まっている。今回の英国ワクチンに限らず、さらなる海外産ワクチンが今後は俎上に上ることになるかもしれない。アストラゼネカは、英国では既に承認申請に向けた最終段階のフェーズ3の試験を進めており、実用ワクチンの一番乗りが期待される最右翼だ。

 アストラゼネカとオックスフォード大のグループは既に動物実験による研究を査読前論文として発表しており、新ワクチン実現に向けた経緯を辿ることができる。臨床試験のデータは限られているものの、新型コロナワクチン最右翼の動向から、ワクチン完成の条件を探ってみよう。

わずか5カ月でフェーズ3の臨床試験に

 オックスフォード大がワクチン開発に乗り出したのは今年1月で、実際に製造に動き始めたのは2月のことだ。わずか5カ月程度で最終段階のフェーズ3まで持ち込んだことになる。

 オックスフォード大が開発しているのは、人に対して無害と知られているアデノウイルスに、新型コロナウイルスの病原体を運ばせるタイプのワクチンだ。前回の記事で少し触れたが、新型コロナウイルスの運び屋としてアデノウイルスを活用、免疫システムが感染に備えることが可能になる。

 世界保健機関WHO)のまとめによると、6月29日現在、人に対する臨床試験に進んでいるワクチンは17種類、人への投与する前段階のワクチンは132種類ある。先頭集団を走るオックスフォード大と中国のグループは、ともにアデノウイルスというウイルスを使う点で共通している。

 アストラゼネカとオックスフォード大のグループは、承認申請までの3段階の臨床試験のうち第1段階に当たるフェーズ1は既に終え、健康なボランティアおよそ1000人を対象にワクチンの安全性を確認した。5月からは合わせて1万人を対象に、第2段階、第3段階のフェーズ2と3が並行して進んでいる。フェーズ2では比較的少人数を対象にワクチンへの免疫反応を分析し、フェーズ3ではより多くの患者を対象にウイルス感染の予防効果を調べていく。予防効果については感染者が多ければ予防効果の判定はしやすいが、流行が終息すれば感染の機会も減るので6カ月程度を要すると彼らは説明する。

 アストラゼネカグループは5月に、パンデミックが発生している間は無償でオックスフォード大が開発したワクチンを供給するという方針をグローバルで打ち出している。米生物医学先端研究開発局(BARDA)が10億ドルの支援をしたことも明らかにしており、既にブラジルでは英国の試験とは独立したフェーズ3の臨床試験に着手している。既に、ワクチンを10億回接種できる分量の生産体制を整えた。ワクチン4億回分が接種可能な分量の受注契約も結んでいるという。9月にも供給可能というスピードは群を抜く。

 今後は日本でも臨床試験に着手するとみられる。6月の発表では、第一三共や明治ホールディングスグループと協力して、ワクチンの安定供給を目指すと説明している。

抗体依存性感染増強(ADE)は回避の見込み

 前述の通り、アストラゼネカグループによる人を対象にした臨床試験についてはまだ詳細情報が限られているが、人を対象とする前の段階の動物実験については査読前の論文が公開されている。

 これを見ると、ワクチンの安全性が慎重に検証されているのが見て取れる。マウスやサルを対象にワクチンを接種、その上で新型コロナウイルスに感染させた時の反応を評価し、「肺炎が悪化しないか」「免疫反応によって症状が悪化しないか」という点を確かめている。

 専門的ではあるが、論文の中で「Th2細胞優位ではない」という表現が見られる。これはコロナウイルスの研究では重要であると考えられている。というのは、免疫には大きく2つのタイプが存在しており、「抗体」という血液中の弾薬でウイルスを攻撃する液性免疫と、「キラーT細胞」などの殺し屋細胞がウイルスに感染した細胞を飲み込むことでウイルスを排除する細胞性免疫に分かれている。

 単純に考えるために詳細は省くが、「Th2細胞優位ではない」というのは、ワクチンによって引き出される免疫反応が液性免疫に偏っていないことを示している。言い換えると、抗体による免疫反応に頼っていないことを意味する。

 以前の記事で何度も述べているが、猫のコロナウイルスに対するワクチン開発が難航しているのは、抗体ができることでかえって感染症が重症化してしまう恐れがあるためだ。今回の新型コロナウイルスでも、ワクチンの開発では、抗体が増えていることが好意的にとらえられている面があるが、むしろデメリットになる可能性こそが懸念されている。繰り返しになるが、抗体のデメリットとして「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象が問題になるからだ。

 本来であれば、抗体はウイルスに結合して、ウイルスを無力化するように働く。ところが、抗体が目印になり、むしろウイルスが白血球の一種に侵入しやすくなり、感染症が重症化してしまうことがある。デング出血熱や猫の伝染性腹膜炎などで起きるもので、災いの元は抗体だ。オックスフォード大の動物実験で「Th2細胞優位ではない」という指摘があることを考えると、ADEの懸念が回避される可能性があるというふうに読み取れる。

 論文でも、「ワクチンによって起動した免疫で病気が悪化することはない」と説明している。この背景にはADEへの恐れがあると考えられる。オックスフォード大の研究グループには、獣医学の専門家も加わっており、ADEとの関係が長く議論されてきた動物のコロナウイルスの知識は十分にくみ取られていると考えてよいだろう。

注目すべきは細胞性免疫

 免疫反応のうち、抗体による液性免疫と対をなすのが、前述の通り細胞性免疫となる。ワクチン開発の潮流として、細胞性免疫を引き出そうという動きはかねてから活発になっていた。今回の新型コロナウイルスでは、ADEの懸念もあり、なおさら細胞性免疫に注目していく必要性がある。

 例えば、ほかならぬオックスフォード大の別の研究グループは6月、肝炎ウイルスでのワクチン開発で細胞性免疫を上手く活用できると報告している。肝炎ウイルスでの抗体を引き出すワクチンはうまく作れていなかったが、限界を克服しようという動きとして細胞性免疫が注目されている格好だ。さらに、少しさかのぼって2月には、米中の研究グループインフルエンザの細胞性免疫を引き出す手法を報告している。インフルエンザでは、ワクチンの効果が高くはなく、毎年、ウイルスの型が変わるたびに異なるワクチンを打つ必要があり、ワクチンの力不足が課題になっていた。

 最新の研究が続々と報告されており、ワクチン完成の条件は複数挙げられている。英国の動向を踏まえると、とりわけ新型コロナワクチンにおいては、ADEを避けたバランスのよい免疫反応を引き出すことは重要だ。その手がかりとなるのは、有効な細胞性免疫を強化することである可能性があると考える。

 ワクチン完成に向けた研究開発はさらに続く。世界の研究者が力を結集している様子を引き続き追っていきたい。

【参考文献】

アストラゼネカ、日本政府と日本国内における新型コロナウイルスのワクチンの供給に向けた協議を開始アストラゼネカ)

CORONAVIRUS RESOURCE CENTERJohns Hopkins University of Medicine)

Draft landscape of COVID-19 candidate vaccines(WHO)

Oxford COVID-19 vaccine programme opens for clinical trial recruitment

van Doremalen N, Lambe T, Spencer A, et al. ChAdOx1 nCoV-19 vaccination prevents SARS-CoV-2 pneumonia in rhesus macaques. Preprint. bioRxiv. 2020;2020.05.13.093195. Published 2020 May 13. doi:10.1101/2020.05.13.093195

Oxford COVID-19 vaccine to begin phase II/III human trials

Esposito I, Cicconi P, D'Alise AM, et al. MHC class II invariant chain-adjuvanted viral vectored vaccines enhances T cell responses in humans. Sci Transl Med. 2020;12(548):eaaz7715. doi:10.1126/scitranslmed.aaz7715

Wang J, Li P, Yu Y, et al. Pulmonary surfactant-biomimetic nanoparticles potentiate heterosubtypic influenza immunity. Science. 2020;367(6480):eaau0810. doi:10.1126/science.aau0810

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世界各地でワクチン開発が進んでいる(写真:ロイター/アフロ)