6月26日に、東京都千代田区神田神保町(かんだじんぼうちょう)のすずらん通りにあるキッチン南海(神保町店、本店)が多くのファンに惜しまれつつ、54年の歴史にピリオドを打ち閉店した。

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 一部のカレー好きの間で圧倒的な人気を誇った黒いカツカレーで有名な(ほかにヒラメフライやしょうが焼きなども)、行列の絶えない人気店だったので、まさかコロナ禍の影響ではないだろうと思ったが、建物が老朽化したためという理由であった。

 キッチン南海は前の週から長蛇の行列で、日によっては商店街をはみだして100メートルほどの行列ができていたようである。テレビも数局来たらしい。6月13日の「毎日新聞」には「神保町消える懐かしの店」「安い・おいしい・学生の味方」なる記事が出た。だが、実際には「おじさんサラリーマンの味方」だった。

このすずらん通りの店でなくてはならない

 キッチン南海はわたしにとっては特別な店である。こんなにひとつの料理を長く食べつづけたのはここのカツカレー以外にない。それにこのすずらん通りの店でなくてはならない。キッチン南海は神田界隈にほかに2店あったが、そちらのカツカレーはまったく味が違ったのである。

 キッチン南海に通い始めたのは25歳の頃で、神田駿河台下にあった小さな洋書輸入会社に入ってからである。20年ほど前、若い編集者に「この通りにあるキッチン南海って知ってる? そこのカツカレーはまあうまいよ! 世界一だ」と薦めたことがある。次に会ったとき、かれは「おいしかったが、世界一だとは思わない」といっていた。可愛くない子だが、それはしかたがない。味覚には絶対普遍の基準がないからである。

 キッチン南海のカツカレー世界一と言えるが、いままで食べたカレーのなかで一番うまかったのは、およそ50年前、京王線新宿駅構内にあった立ち食いのカレーC&Cビーフカレーである。大きくカットされた玉ねぎがトロトロだった。いまでも同じ場所にその店がある。1968年創業の店で、「毎日食べても飽きない」といわれているようだ。最近一度入ってみたことがあるが全然別物だった。50年という時間は長い。

 日本中の大学町、企業町にはそれぞれ忘れがたい人気名物店がいくつもあることだろう。街の印象はその町の飲食店とともにある。わたしの場合、大学町も企業町も神田(お茶の水)だった。20歳から60歳までの40年間を神田で過ごした。いまだに神田が東京で一番落ち着く場所である。

時代を経て「カレー激戦区の街」に

 神田は古書店の街と言われたが、その後楽器店の街、スキー店の街になり、そして今やカレー激戦区の街として有名になった。およそ400店のカレー店が林立し、わたしはほとんど興味がないけれど、毎年神田カレーグランプリが開催されるほどである。

 神保町界隈で行ったことがあるカレー店は、ボンディ、共栄堂、エチオピアまんてんくらいである。いずれもおいしいカレーだとは思うが、わたしにとってはキッチン南海の1位は不動である。文豪とか名優が愛した絶品〇〇とかいっても、なんの保証にもならない。壁一面に有名人のサインが貼ってあっても意味はない。

 以前、神田駿台下に「Aパン」というパン屋が3店あった。ランチ時には近所のOLに大人気で混みあっていたのだが、現在は1店もなくなった。なぜ閉店したのかわからない。わたしにとってカレーパンは、その「Aパン」のものがいまでも一番である。

 カレーパンカレーパンでこれまたマニアがいる。石坂浩二カレーパン好きは有名だが、「Aパン」のカレーパンはどこに出しても負けないと思う。いまさらこんなことを言っても仕方ないのだが。

まさに閉店の日、60~70人が並んでいた

 キッチン南海のちょうど閉店の日の午後1時ごろ、行ってみた。ふだんでもつねに15人ほど並んでいるのだが、さすがにこのときは60~70人ほどが並んでいたのであっさりあきらめた。

 残念ながらカツカレーは食べられなかったのだが、じつは「もし大行列なら食べられなくてもいいもんね」と心は余裕だったのである。

 閉店の知らせが店前に貼り出されたのは6月2日、ある筋からその情報がわたしにもたらされたのは6月10日であった。すわ一大事と、その2日後におなじキッチン南海ファンの友人と店に行き、すでに最後のカツカレーを食していたのである。

 結局閉店の日は、近くにある「天鴻餃子房」の元祖ハム炒飯・餃子4個セット900円也を食べた。この店の炒飯がうまいのは前から知っていたが、なんとこのハム炒飯が絶品だった。台北の鼎泰豊(ディンタイフォン)の玉子炒飯に匹敵しようかというほどのものである。

 ここまで読んで、「キッチン南海のカツカレー食べてみたい」「ファンだったが食べ損なった!」という方、ご安心ください。すずらん通りの「あの店」で食べることはもうできないが、中條料理長が独立して、7月中に「神保町花月の向かい」でのれん分けしたキッチン南海を開店予定である。だからあの味はそのまま引き継がれるはずである。

 ここに書かれている「神保町花月」は現在「神保町よしもと漫才劇場」となっているところで、閉店した店からすぐ近くだ。わたしはいまから開店の日を楽しみにしている。

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