「捨てて!」

 学歴詐称疑惑をはじめとする、小池百合子都知事(67)の虚飾に塗れた半生を描いた『女帝 小池百合子』(石井妙子著)。「買いました」と告げた知人に対し、小池氏はこう吐き捨てた――。

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 6月12日の都知事選出馬会見に出席したフリーランスライター畠山理仁氏が言う。

「私が『卒業証書を提示するのか』と質問すると、知事は『一部メディアで公表している』といつもの返答。そこで追加質問をしようとすると、知事自身に『お1人1問でお願いします』と笑って遮られたのです」

 だが他の記者は2問、3問と質問を重ねている。不都合な問いは封殺する。それは前回都知事選で、がんサバイバーの対立候補・鳥越俊太郎氏を「病み上がりの人」と侮辱しながら、討論会で本人に追及されると「言ってませんね」と平然と言い放った姿と同じだ。

舛添要一氏は「ずっと彼女に騙されていた」

 学歴詐称問題に動きがあったのは6月8日。カイロ大学が突如、在日エジプト大使館経由で「小池氏は1976年10月にカイロ大を卒業した」と声明を出した。

 なぜ小池氏が出馬表明する直前にカイロ大学が声明を出したのか。元在日エジプト大使館職員は、「カイロ大にとって、小池さんは宣伝塔ですから」と語る。

 実は小池氏は都知事就任後も、カイロ大学と深いつながりを持っている。同大HPによれば、2016年に〈小池氏はカイロ大学の日本語弁論大会をサポート〉し、17年には〈カイロ大学文学部内に「日本研究センター」を設立する議論に関わった〉という。

 前東京都知事の舛添要一氏は、「声明が逆に疑惑を深めた」と断ずる。

「私はパリ大学とジュネーブ大学に籍を置いたが、大学が声明まで出して追認することはない。出すなら当時の成績などのデータだ。データ抜きなら政治的都合で何とでも言える」

 また舛添氏は、長年、小池氏に騙されていたと憤る。

「私は昔、竹村健一さんから小池さんを『カイロ大学首席卒業の才媛だ』と紹介された。例えば仏語が母語でない人間が、パリ大学を首席で卒業などあり得ない。だから純粋に『小池さん凄いですね』と本人に聞いたら、彼女は笑って『学生が1人だったから』というので、外国人専用の特別な学科があったのかと思った。この40年間、ずっと彼女に騙されていた」

「カイロ大学卒業証書」に残る疑問

 カイロ大OB(1995年中退)のジャーナリスト・浅川芳裕氏は、同大学の性質をこう指摘する。

「国立であるカイロ大学の権力を握っているのは、エジプトの軍部や情報部です。学長・学部長の任命権は軍のトップ・シシ大統領にあり、大学の管理棟は軍服組だらけ。門外には治安部隊の駐屯所があり、扉の内には内務省諜報部の天下り警備会社 『ファルコン』の武装スタッフが配置されている。大学の強権管理に反対する学生もいますが、2010年以降、100人以上が逮捕され、10人近くが亡くなった。今回の声明でも、何の根拠も示さず、『エジプトの法令に則り対応策を講じる』と、一連の取材・報道自体を封じて罰しようとしている」

 浅川氏は以前、カイロで小池氏の父・勇二郎氏(故人)とも会っている。

「勇二郎氏は当時、『なにわ』という料理屋を経営していました。私が店でカイロ大にいることを話すと、なぜか敵視されました。『お前は百合子とは違う』『百合子は氷に足を漬けて歯を食いしばって勉強したんだ』と。私を貶めて、愛娘の凄さを確認したかったのかもしれません」

 15日、小池氏は会見で、お友だちメディア以外にも初めて卒業証書を公開。そこには「76年10月に行われた試験の結果、学位を与える」とあるが、小池氏は「自由にご覧頂きたい」と語るのみで、『女帝』でも再三示されてきた疑問には答えない。著者の石井妙子氏が言う。

「これまで不鮮明な証書しか見ることが出来ませんでした。今回ようやく小池氏が卒業証書を示しましたが、本人からは何の説明もありません。76年の10月上旬は同居女性とエジプトで国内旅行をし、その後小池さんは日本に帰国しました。その際、日本で取材を受けた記事に『9月にカイロ大を卒業した』とあり(76年10月27日付の東京新聞)、サンケイ新聞10月22日付)には『10月11日に帰国した』とも記してある。記憶の鮮明なこの時期のインタビューに、なぜこんなに辻褄の合わない間違いが生じるのか。さらに言えば、同年8月、ハイジャック事件が起こって新聞にコメントを求められたとき、彼女は自らの身分をカイロ大生ではなく、『日本航空駐在員』としていたのも不可解です」

 小池氏は自著『振り袖、ピラミッドを登る』(82年)で、「一年落第」と記している。にもかかわらず72年に入学して76年にストレートで首席卒業と書いている点も謎のままだ。

二階幹事長も怒り心頭

 学歴詐称疑惑は“ウソの女帝”の氷山の一角に過ぎない。都知事選出馬を巡っては、これまで頼りにしてきた自民党二階俊博幹事長をも翻弄した。

「小池氏は、前回知事選で自民党を激しく批判していましたが、その後も二階氏とは折に触れて面会。二階氏は彼女の肩を持ち続けてきた」(政治部デスク

 3月には、二階氏が自民党都連幹事長の高島直樹氏と会談し、その後、都連は独自候補擁立を断念。小池氏圧倒的優位の土俵が整った。二階氏は小池氏から要請があれば「直ちに自民党として推薦する」とも公言してきた。だが、これまで対峙してきた自民都議団が納得するわけもなかった。党幹部が解説する。

6月3日、都議会では自民都議が『女帝』を手に学歴詐称疑惑を追及。9日にはカイロ大卒の証明書を求める決議案を議会に提出しようとしたのです」

 これを巡っても、二階氏は一肌脱いだ。

「自民都議団の動きを聞きつけた二階氏が、側近の林幹雄幹事長代理を使って“そんなことをしたらエジプトを敵に回すことになるぞ!”と止めに入ったのです。結果、翌10日に自由を守る会・上田令子都議が単独で決議案を提出し、自民は言い出しっぺなのに反対に回る支離滅裂な対応に。さらに二階氏は、仲がこじれた小池氏と都議団の関係を修復すべく、今も自民党都連に影響力をもつドン・内田茂前都連幹事長に小池氏が頭を下げる一幕まで演出しようとした」(同前)

 ところが――。小池氏は二階氏の側近・林氏に電話でこう伝えてきたという。

自民党都連からいじめられたので、推薦のお願いはしません」

 圧勝の舞台が整ったとたんに自民党を袖にして“特定の党ではなく都民ファースト”をアピールする小池氏が一枚上手だった。怒り心頭の二階氏は「自民から独自候補を当選させようと思ったら5億円はかかる。金を使わなくていいからよかったじゃないか!」と強がったが後の祭り。林氏も「都民党から出るんだとよ」と吐き捨てた。15日の自民党都連の総会後、高島幹事長は“小池氏推薦なし”について、「上が決めたものを了承しただけ」と言葉少なに立ち去った。

 あの老獪な二階氏さえも振り回した小池氏。その言動を憂慮する元在日エジプト大使館職員(前出)の声が重く響く。

「首席卒業とはいくら何でも大風呂敷を広げ過ぎ。本当に優秀な卒業生なら、証書以外にバックアップする同窓生が出てきてもよさそうなものですが」

 4年前、「都政の透明化」を掲げ当選した小池氏。自らの経歴、言動にも透明化が求められている。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年6月25日号)

小池百合子氏