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寝たきりの人の最後の晩餐をかなえる松井先生。写真はコロナ禍以前に撮影したもの。

右肩上がりで増える老衰死。その数は約20年で5.7倍となっている。なぜ急に増えてきているのだろうか。理由を探りに、“日本一”老衰死が多い茅ヶ崎市に足を運んだーー。

厚生労働省6月5日に公表した人口動態統計月報年計によると、’19年に老衰で息を引き取った人は12万1,868人で、過去最高となった。

老衰死は、’00年ごろから増え始め、’18年以降は脳梗塞脳出血など「脳血管疾患」を抜いて、「がん」「心疾患」に次ぐ、国内第3位の死因となっている。

増加した背景にあるのは、単純に高齢化が進んだだけではない。公衆衛生学が専門の人間総合科学大学・丸井英二教授が解説する。

「まず老衰とは日本特有の、亡くなった人の死因を医学的にはっきりさせないこと。解剖して調べれば、老衰死でも肺炎やがんなど、死に至ったなんらかの原因がわかるでしょう。でも、それを医師があえてしない。そのため死亡診断書では“老衰”となるのです。これまでは、高齢で徐々に体が弱っても、本人の意思があまり反映されずに、病院で延命治療が施され、息を引き取ったあとも、医学的に死因を突き止めることが正しいとされることが多かった。一方で『必要以上の治療を受けたくない』『家で最期を迎えたい』など、自然な死を受け入れたいと思う人も少なくありません。そんな患者の声に医療側が応えられる環境が整ってきたことが、老衰死が増えた要因のひとつでしょう。老衰の多くは、家族に囲まれながら自宅で息を引き取っています」

そんな老衰死で注目されているのが神奈川県茅ヶ崎市だ。’17年日本経済新聞が人口20万人以上の街を対象に行った調査で、茅ヶ崎市は、老衰死の割合が男性で1番、女性で2番目に高かった。

そんな茅ヶ崎市の特徴は、在宅医療の手厚さ。20床以上ある病院数は全国平均よりも低いが、患者からの連絡があったとき、24時間体制で往診ができるよう医師や看護師が待機する「在宅療養支援診療所」の数は、全国平均の約1.5倍となっている。

茅ヶ崎市では、この在宅医療を担う在宅療養支援診療所の数が多いからこそ、老衰死で亡くなる人が多いのかもしれない。

医師や看護師のほかに、茅ヶ崎市では、歯科医師の在宅診療もさかんだ。松井歯科医院の松井新吾院長は年間に500人もの寝たきりとなった人の訪問診療を行う。

「何も食べられなかった90代後半の男性に、何か食べたいものがあるかと聞いたら『大好きなせんべいが食べたい』とお願いされたことがありました。男性は歯が1本もなく、痩せ細ったことで入れ歯も口に合わなくなっていた。でも、あとは最期を迎えるだけという人には、なんとか食べてもらいたいでしょう。そこで入れ歯を調整したところ、パリパリといい音をさせてせんべいを食べてくれた。それから1週間もたたないうちに、男性は枯れるように亡くなりました。家族は『じいちゃん、最後にせんべい食えてよかったね』と」

この取り組みは、茅ヶ崎歯科医師会の事業、「在宅歯科医療地域連携室」として展開。広がりつつあるという。

「横のつながりは歯科医師同士だけではありません。歯科医師会は医師会とも密に連絡を取り合っています。これだけ仲のよい街はあまりないのではないでしょうか。それに茅ヶ崎市には、医師や歯科医師、薬剤師、ヘルパーなどが意見を交換できる『茅ヶ崎介護サービス事業者連絡協議会』というものもある。そのなかでは、患者も家族も納得できる最期を迎えてもらうためには、そこに関わる人たちも連携したほうが便利だよね、という話し合いも進んでいるんです」

連携の取れた在宅療養制度と、患者や家族に寄り添いながら納得の最期を迎えられるように尽力する人たちが、茅ヶ崎市の“老衰死日本一”を支えているようだ。

「女性自身」2020年7月14日号 掲載