―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―


◆「いじめ」の解決は難しい。ならば親ができることって?

 今もあるかわかりませんが、町なかに「世界人類が平和でありますように」と書かれた白い柱がそこかしこに立っていました。これは40年前から始まったことのようなのですが、いまだに戦争が起きたりと世界が平和になってないのは、皆さんご存じの通りです。

 世界平和以外にも、「こうなったらいいな」と感じることは世の中にはたくさんあります。でも、変わらないことも多いのが現実で、いじめ問題もそのひとつなんじゃないかと思ったりしています。

 最近だと有名人へのネット上での誹謗中傷が話題となりましたが、別に著名人でなくてもSNSをやっていたら誹謗中傷的なことを受けたりすることって普通にありますよね。

 いじめをしている側がいじめだと思っていないこともあるわけですが、誹謗中傷も同じで、書き込んでいる本人は誹謗中傷ではなく議論だと思っていることでも、法的には不特定多数が見ている場所で事実を適示して誰かの評価を下げた場合は名誉棄損になることがあります。ただし、相手が公的な人物や時事報道の場合だと名誉棄損にならずに批判や議論として許容されることもあるのですね。とはいえ、世間の一般の人でそこまでの区別がついている人はいなくて、「不快になるものは全部ダメ!」と考える人はいますよね。

 いじめも同じくで、「いじめは問題なのでなくそう」と考え、声高に叫ぶ人がいます。でも、そういうのを見ると世の中には願望と現実の違いを理解してない人が多いなぁ……と思ってしまうのです。

 というのも、いじめというのは人間が集団で生活をしていれば、大人であっても子供であって必ず起きる問題だからです。

 もちろん大人であれば、そこから自発的に逃げ出すこともできます。職場でいじめられていたら転職もできますし、いじめられている証拠を集め、警察なり弁護士なりに相談することもできると思います。でも子供だと、なかなか難しいですよね。

 こんな感じで、いじめというのは避けることはできても、いじめそのものをなくすことは大人でも解決できない問題なので、子供たちの間からいじめをなくすことはできないと考えたほうがいいです。

 いじめをなくせると信じている人がいるのはわかります。教育のなかでいじめ問題は避けて通れない道ですが、数十年も前から「いじめをなくそう」と言われていますけど、本当にいじめがなくせるのであれば1000年ぐらい前に撲滅していると思うのです。つまり、人類からいじめをなくすのは無理なんじゃないかということなんですよね。

いじめは、いじめをする人が悪い」は確かにそうなのですが、それを言ってもいじめがなくなるわけではありません。また、「いじめられるほうが悪い」なんて言う人もいますが、「どっちが悪い」と言ったとしても、いじめは根本的解決が難しいし、いじめがなくなるわけではない。治安の悪い海外の地域にお金持ちに見える格好で行って、いままさに襲われてるとき、「襲うほうが悪い」とか「襲われたほうも悪い」とか議論しても無駄ですよね。

 それなら、襲われないようにお金を持ってなさそうな格好をしていけばいい。これと同じで、親がいじめ問題で子供に教えられることがあるとしたら、「いじめられたら大人に相談する」ではなく、「自分がいじめられないようにするにはどうしたらいいか?」ということではないかと思うのです。

ひろゆき
西村博之(にしむらひろゆき)’76年、神奈川県生まれ。フランス在住、たまに日本。2ちゃんねるニコニコの元管理人で、英語圏最大の掲示板サイト『4chan』現管理人。SPA!誌面にて11年間にわたり「ネット炎上観察記」を連載。近著に『自分は自分、バカはバカ』(SBクリエイティブ)など

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